October 01, 2020

会社帰り品川宿散策、

京浜急行の北品川から新馬場にかけて、旧東海道の品川宿の商店街の風情は中々のものである。

明治維新の頃の志士達や、幕府の重臣達のゆかりの場所がいくつもある。

私は、老舗蕎麦屋で、会社帰りに一杯飲むと云う私の観光コースを開拓した。

北海道厚岸漁港直送の牡蠣や魚介類も楽しめる店も見つけた。

北品川商店街の薄明かりは、旧東海道のなごり。人生の旅。

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September 17, 2020

中東の予期しなかった変化、

最近の中東の予期しなかった変化は、イスラエルとアラブ首長国連邦の国交。バーレーンやオマーンも続く動き。

パレスチナ問題へのアラブ諸国の対応が、揺れている。

その時、その時の力学で、国際政治は動く。

私が3年駐在したアラブ首長国連邦、アブダビ。

中東史の中の光景が、私の人生の中のシーンにもある。

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September 07, 2020

1953年の映画「ひろしま」を見た、

昨日、赤坂の貸会議室で上映の映画「ひろしま」を初めて全部見た。

暫く、上映を禁止されていた古い映画。

原爆を知る貴重な映画だと想う。

広島、長崎、アウシュビッツ。改めて、人類の闇を想う。

激情は激情を生む。

政治的な激情には、気を付けねばならない。

戦争につき進む激情は、止めねばならない。

第二次世界大戦に導いた、戦争当事国は全て、学ばねばならない。経済的な利害に翻弄されて、戦争しか選択肢がない状況など陥ってはならない。

広島、長崎の意味を、私の人生に問う。

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August 25, 2020

久しぶりにネクタイスーツ姿、

昨日は、バシッとネクタイスーツ姿になってみた。

オフィスに石油会社の幹部が、挨拶に来所すると云う事情でのスーツ姿。

会社には、スーツの上着、ネクタイは置いてあり、来客を迎える時だけのことだったが、久しぶりのスーツネクタイ姿を懐かしく想った。

戦争が終わって軍服姿を懐かしく想うようなものか?とも感じた。

作家・城山三郎は、戦前の滅私奉公は、戦後サラリーマン社会に残ったと評した。

自由な勤務に道が拓けて、満員電車の出勤は、懐かしい昭和・平成の遺物的シーンになるだろう。形式主義は、大きく、転機を迎える。

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August 11, 2020

八百屋お七の墓、本郷、

一昨日、操体法(快医学)と云う健康法のセミナーに、本郷に行った。

都営三田線の白山駅から、会場まで歩く時、浄心坂と云う坂を上る。その坂に、八百屋お七の墓が建てられていた。1682年とかの16才のお七の事件。

しげしげと、説明文も読んだ。

浄心坂はまた別名を「お七坂」とも云うらしい。

思いがけず、そんな江戸の情景に出会った日でもあった。

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August 10, 2020

第3の原爆予定があった、原爆の候補地のリスト、

昨日は、長崎の原爆の日だった。

今朝インターネットで、当時、アメリカは第3の原爆投下を計画していたと云う。

具体的に原爆投下を検討された候補地は17箇所あった。

東京湾、川崎、横浜、名古屋、大阪、神戸、京都、広島、呉、八幡、小倉、下関、山口、福岡、熊本、長崎、佐世保だと云う。

3月10日の東京大空襲では、10万人が死に、7月までに日本各地で60箇所以上が空襲を受けていたが、日本が降伏する様子はなかった。

候補の各地のことを、原爆の日の頃、想う。

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August 03, 2020

1990年8月2日、イラクのクウェート侵攻から30年、

昨日は、イラクのクウェート侵攻から30年だった。

当時アラブ首長国連邦のアブダビにいた私、初めて、戦争が現実に身近にあることを知った。

テキパキとやるべきことをやり、急遽家族も日本に帰国させ、1週間後、本社の指示に従って、私はとりあえず、シンガポールへ避難した。

半年後、クウェートが解放されて、91年春、再びアブダビのオフィスを再開した。

私の人生の、忘れ得ぬシーンが蘇る30年前の夏。

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July 19, 2020

三島由紀夫、田中角栄、Youtube.

昨日今日、Youtubeで、三島由紀夫、田中角栄のことを詳しく知った。

激しく生きた人生だったんだなぁと想う。

これも、在宅勤務時代になって、初めて、このように、Youtubeを見るようになってからの恩恵。

当時、私が気づかなかった人物像が、今はっきりと、見えて来た。

私が生きて来た時代のことを、今、また改めて知る。

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July 15, 2020

昨日はフランス革命記念日、シャンソンを聴く

昨日は、フランス革命記念日(パリ祭)、会社帰りに、雑司ヶ谷でシャンソンライブを聴いた。

1789年の7月14日、民衆はバスチーユの牢獄を攻撃した。

スローガンは、自由平等博愛、民主主義の時代の到来。

この大事件に、日本の浅間山の大噴火(1783年)が、アイスランドのラキ火山の噴火(同じ1783年)と呼応し、火山灰で世界的な天候不順になり天明の大飢饉をもたらしたという。

何と、このことが、フランス革命のきっかけになったと云う説が、世界史にある。

シャンソンを聴きながら、世界史のつながりを想う。

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June 25, 2020

「青葉の笛」、文部省唱歌、

「青葉の笛」と云う曲は、平敦盛の笛の物語の歌だった。

平忠度は、都落ちして行く前に、歌の師である藤原の俊成に、歌を託したと云う。

織田信長が、舞ったのは「敦盛」、人生50年云々と云う有名な歌。

私の母の実家は、長崎の外海町近くの「京泊」と云う村だった。姓も平子といった名前だった。

Youtubeで森繁久弥や美空ひばりの「青葉の笛」を聴く。雨降りしきる横浜の6月の朝。

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