August 01, 2019

アラブ人に日露戦争・日英同盟の講義、

昨日、会社のアラブ人から、日本の観光について聞かれて話してる間に,横須賀の「三笠記念館」の話になった。

1905年の日本海海戦の時の旗艦・戦艦「三笠」のことを解説してあげた。

日露戦争当時の日本をめぐる国際情勢,日英同盟の背景があってからこそ、日露戦争も早い段階で講和に持ち込めたことなど、私の歴史観も、彼に話した。

アラブ人に、私が、近代日本史の講義をした感じ。ちょっと嬉しくなる。




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May 01, 2019

陛下の歌に送られて、そして八木重吉の「雨」の歌、

昨日は、平成を送りながら、陛下の歌に痛く感動した。「語らいを重ねゆきつつ気がつきぬ、我が心に開きたる窓」。

昨日は雨、今日も雨模様、八木重吉の歌が心に沁みる。

「雨の音が聞こえる、雨が降っていたのだ。雨の音のように、そっと、世のために働いていよう。雨が上がるように、静かに死んでゆこう」。

今朝、令和の始まりの朝、また陛下の歌が新聞の載っていた。「笑み交わし、やがて涙のわきいづる、復興なりし街を行きつつ」。

陛下の歌と八木重吉の歌に誘われて、令和の朝を迎えた。

 

 

 

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April 17, 2019

1163年、1345年、1804年、日本史チェック、

昨日は、世界遺産のノートルダム寺院の火災事故のニュースが流れた。

1163年に着工し、1345年に完成、1804年にはナポレオン皇帝の戴冠式も行われたと云う。

私は、それぞれの頃の日本史をチェックしてみた。

ノートルダム寺院が着工した頃、1156年保元の乱(崇徳上皇讃岐に流される)、1159年平治の乱。

ノートルダム寺院が完成した頃、1339年、足利尊氏が征夷大将軍に、室町時代が正式に始まる。

ナポレオン皇帝の戴冠式がノートルダム寺院で行われた頃、1804年、ロシア使節ロザノフが長崎に来航した。

ノートルダム寺院から見る世界、日本史のイメージを想った。

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March 28, 2019

11才、イラクのクウェート侵攻の体験の意外な想い出、

昨日のビジネス会食の時、1990年8月のイラクのクウェート侵攻の時の体験の話になった。

当時11才のクウェート人の同僚曰く、子供だったから詳しいことはわからず、「学校が休になって嬉しかった」と云う想い出に、一同笑いに包まれた。子供の視点の意外な想い出は、驚きである。

中東では、深夜明け方に始まったイラクの侵攻は、私のいたアブダビには、伝わるのは遅く、朝、私は、日本の本社に、カラオケマシンの到着が遅いとか、電話で話始め、日本の本社からは、「何?」こんな一大事に何を云ってるのかと、その後のお笑いエピソードを作ってしまった。

歴史の現場には、かくも、意外なエピソードが隠れているものだと想う。

 

 

 

 

 

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March 03, 2019

壁でなくて橋を、『心の時代』、植松誠司教

今朝の5時からの『心の時代』は、聖公会の植松誠司教の話だった。

和解、謝罪、平和の永遠の道のりの荘厳さを想った。

謝罪は、永遠なもの、言葉や条約で解決するものではない。そして、人は全て悔い改める存在、全て謝罪する存在。

終わりなき『平和への巡礼』、平和とは、自分の心の中の平穏。『壁ではなく、橋をかけましょう』と云う言葉に、私は、どっと涙がこぼれた。

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February 27, 2019

フランス革命からナポレオンの独裁へ、革命は独裁へ、

今朝の100分で名著『大衆の反逆』で学んだこと。

民主主義の理想を目指したフランス革命の後、反対派を処刑しあう時代が訪れ、遂には独裁者(ナポレオン)の時代に入って行った。

大衆の熱狂の怖さを想う。少数派を抹殺して行き独裁を生んで行くポピュリズムと云う怖さ。

人間の未熟さをいつも自覚し、革命の熱狂でなく、微調整を重ねて行くことこそ、民主主義の理想。大衆の熱狂は、他者を排除して行く独裁の道だと私も想う。

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February 25, 2019

クウェート解放記念日レセプションの日、

今日は、1991年2月のクウェート解放記念日レセプションの日、クウェート大使館主催のレセプションに出席予定。

1990年8月のイラク問題クウェート侵攻の時、私は、家族と共にアラブ首長国連邦のアブダビに駐在していた。

侵攻のニュースが伝わった後の緊迫と混乱を想い出す。

私は確かに、世界史の中に身を置いていた。

当時小学1年生だった娘に、いつか詳しく、話してみようと想う。

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December 03, 2018

1930年台湾原住民武装蜂起事件、霧社事件、

1895年から50年間続いた日本統治の時代、1930年に台湾内陸部の狩猟民族セディック族の武装蜂起事件が起き、約300名が1ヶ月にわたり、日本の台湾総督府の警察と戦い鎮圧された事件があった。

中国映画を見る会が、昨日、王子の中央公園文化センターの会議室で、霧社事件を映画化した「セディックバレ」と云う映画を見た。

初めて知る台湾総督府時代の台湾の反日蜂起事件。私は、秩父事件(1884年)の貧しい農民の一揆の歴史を想い出した。アイヌのことも。

知らなかった歴史のこと、知ることは、何か世界観が広がる。何かのメッセージがある。

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October 11, 2018

東工大OB、湯川秀樹博士、福島原発吉田所長、

昨日、会社帰りに立ち寄った行きつけの居酒屋でアルバイトしている大学生は東工大生。

彼に東工大OBで尊敬する人は?と聞いたら、「湯川秀樹博士」と「東京電力福島原発の吉田所長」だった。私は、二人が東工大出身だったことを知った。確かに、二人は、すごいなぁと想う。東工大の誇りだと想った。

彼は、来月、AI(人工知能)を使った研究の発表をシンポジウムですると云う。

私も発表を聴きに行ってみたくなる。

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September 21, 2018

ミッドウェー海戦の大敗北を知らなかった東条英機?、

昨日、会社帰りに、「大日本帝国、失敗の研究」と云う講演を聴いた。

講演の後の質疑や懇親の時間で、「東条英機はミッドウェー海戦の大敗北を半年以上知らなかった」と云う情報に、信じられない衝撃を受けた。

その後、今朝もインターネットで調べると、陸軍(東条英機首相)と海軍の対立激しく、かなり長い期間、海軍は、東条英機にミッドウェー海戦の大敗北(1942年6月)を知らせていなかったことが、事実のように想える。

誰が戦争の日本を率いたのか?、益々、疑問や探求への熱意が湧く。

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