December 27, 2009

宇宙の営みの"ゆりかご"の中で。

運が良い訳じゃない。運が悪い訳じゃない。ただ私がそこに居合わせただけ。

それが私の人生。

私が見ているものは、宇宙の一つの現象に過ぎない。大した事じゃない。

大きな宇宙の営みの一つを、私が演じているに過ぎない。

宇宙の営みの全体が見えれば、どうって事ない。どちらでも好い事。

ただ宇宙の営みの"ゆりかご"の中で・・・・・。

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December 26, 2009

1年単位で生きる

人生を、1年単位で区切り、生きてみる発想は、何か充実するようで楽しい。

その1年は、その1年で完結させる。成功も失敗も、幸も不幸も。年末で時間切れ、引き分け。ゲームセット。

今年の心残りは、何だったっけ?来年の課題はこれだ?新たに、これにチャレンジだな等、色々浮かんで来る。

そして、生きた年数分だけ、全く違う人の人生を送ったと思えば好い。そう云う勘違いは、新鮮でいいなー。

先祖から、そのように、世代の区切りで、私の人生は生じているようなもんじゃないのか?先祖からの世代の区切りを、1年と置き換えて、見てみれば好い。

そうすれば、お正月の朝日も、格別に輝く。よし、それで行こう。

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December 24, 2009

サンタクロースを、ついに発見

子供時代にサンタクロースが居ないことに気づいてから、もう何十年たっただろう。でも、また私は、今、サンタクロースがいたことに気づいた。

心の中で、私は見える。今頃、私の両親は、ヒソヒソ話で、あれこれ相談して、ごそごそと何かを用意しているように思う。騙された振りして、寝た振りをしておこう。

去年のクリスマスにくれたプレゼントの箱には、その後、色んな小さな驚きのプレゼントが入っていた。高価なものではなく、両親が私に気づかせてくれた、人生の小さな喜びの数々。今年も、また、一杯、私を喜ばそうと思って、用意している母の表情までわかる。

生まれてからサンタクロースを信じ、そして信じなくなる時代を経て、やっと本当のサンタクロースが空にいる姿が見えるようになれる。それが、人生の修業なのだと思う。

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December 21, 2009

親父との二人の酒

私が親父と二人、静かに酒を飲む姿を、そんなことが無かっただけに、私の想像の世界がある。

お互いに、押し黙って、親父は、何か話そうと、戸惑う心理も手に取るようにわかる。

でも、親父は、内心、嬉しくて、嬉しくて、一生の中でも、一番美味しい酒の部類に感じただろう。

簡単に実現することだったろうけど、やれなかった親父へのプレゼントのひと時。

お互いに、愛おしくてしかたなかったのに、出来なかったこと。

でも、それを、心残りと云うのは止めよう。出来なかったが故に、激しく、今でも、想像の中で、その場面が輝きを放ち続けている。

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December 19, 2009

仕事・健康・家族の重み

働き盛りのサラリーマンは、時に、自分の仕事に適度に自信もあり、ある程度健康、家庭も大丈夫と考え、人生は何とかなって行くと考えがちである。中高年に進むに連れて、どうも、それらが、怪しく、頼りないものであったことに気づく。

仕事・健康・家族の三方向からの反乱のような問題の噴出は、人生の戦いを一気に逆転させてしまう。電車の中で、サラリーマンの表情を見てると、何だかその苦悩のようなものを感じてしまう。

仕事は、成功と云われなくても、衣食住が出来る程度の自立のため基盤のようなものがあればよい。健康は、医者と薬にお世話になりっぱなしにならないように、自己管理が必ず必要。家族・友人関係の心の支えは、ちょっとした自己犠牲の気持ちが無いと保て無い。

案外と、穏かな幸せな人生には、技術がいるのだと思う。

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December 15, 2009

所有される不幸も、所有する不幸も同じ

他に所有されるような奴隷のような存在は辛い。身勝手な人の言いなりにならねばならぬ時、とても辛く感じる。

所有する方も、所有することは、気楽では無い。心は軽くはならない。所有する側も、ビクビクして心は穏かでは無い。

所有を主張することは、宇宙の理に反しているように思う。所有は不自然で、危なっかしく、醜い。

「所有せず、所有もされず」、唯、坦々と存在する。これが、穏かな、満ち足りた人生の極意だと思う。

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December 12, 2009

天国と地獄は背中合わせ

天国へ近づけば、地獄へも近づく。天国と地獄は背中合わせ。

天国へも、地獄へも近寄らず、身はいつも微妙に中間にいて、天国の方を想像出来るのが人生の達人だと思う。

1センチ天国に近づいたら、1センチ中間へ戻す、そして微妙に中間点のバランスを取る。

ちょっと幸せを感じたら、ちょっと不幸で、バランスを取る。不幸の味付け無しには、穏かな幸せは保てない。

幸せだけでは、貪りに、心が乱れて行く。

天国にも、地獄にも、近寄らず、サーカスのように中間点のバランスを取り続ける。

そんな人生哲学を、私は考える。

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December 11, 2009

一芸に秀でても、たいしたことはない

若い頃は、一つの道を極めた人は、どんな世界でも凄いとよく思っていた。一つの道を極めることへの憧れや尊敬の念があったから。

でも、最近はつくづく思う。大したことはない人が多いと。

一つの道を極めても、幼児のような未熟な、病んだ精神の人もが多いと思う。憐れにも思う。

タイガーウッズ事件、朝青龍の性格異常、自殺する文学者など。今、事件を起こしていない、有名人も、その幼児性、未熟さが表面に見えてないだけかも知れない。

バランスの取れた穏かな幸せには、極端な成功など要らない、寧ろ害毒だと思う。

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December 10, 2009

この世に舞い戻って来た気持ち

この世に舞い戻って来たと思えば、1日が全く違って見える。

もう既に自分は死んだ存在と仮定してみて、透明人間のように、もう他人からは見えない存在だと仮定してみる。

そして、自分も周りを、キョロキョロと見廻してみると、周りが静かに、キラキラと輝いて見える。雨でも曇りでも、嵐でも晴れでも好い。

ただ、周りの光景に、自分も溶け込み、宇宙を成している感じになる。

人生そのものが崇高で十分に豊かで、殆どのことはどうでも良よかったこと。人生ではどうでも良いことに惑わされている。そう云う気持ちになれる。

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December 09, 2009

天井の木目の模様

子供の頃、風邪とかで寝込むと、私は一人、家の二階で寝かされ、寂しさを紛らすために、よく天井の木目を見て、アミメーションのような動物を想像していたことを想い出す。

楕円形の池があり、ワニがいたり、ヘビがいたり、むき出しの木目は、私を混乱させる程の色んな形を想像させた。熱を出して苦しんでた時のことや、一人の部屋で寂しく、ジーと天井を見て過ごした時間のことなどを想い出す。

そんな時、母は下の階で、店の仕事や家事をして忙しかった。私の様子を見に、たまに、二階に上がって来てくれるのを、どんなに心待ちにしていたことか。

先日、TVで難病で26歳で他界された佐賀県の坂井宏之さんと云う人の短歌の紹介の番組を見た。彼の歌に「天井と私の間を 各駅停車が往復する夜」とあった。15歳から26歳まで、自宅の部屋で寝込まれ、どれだけ、寂しく天井を眺められたことだろうかと思った。

私は、何故か、あの頃の木目の模様を鮮明に想い出す。それも、私の人生の光景。

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