June 27, 2017

「振り出しに戻る」 生き方、

毎日、朝、「振り出しに戻る」と、想えば、心が軽くなる。

子供の頃やったスゴロク遊びで、振り出しに戻るとは、また最初からやり直し、今までのことがゼロになること。

大失敗と想えても、また、新しい人間として生きる。

無一物で、また始める人生が、とてもみずみずしい。

毎日めくられる日々の人生のページ。

今日もまた、振り出しに戻る。

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June 26, 2017

戦争体験を聴く会、浅草公会堂に て、

もう間に合わなくなる。そう想って、昨日も戦争体験を聴く会に出かけた。

戦争で両親や兄弟を亡くした80代の人たち5人が浅草公会堂のホールの各テーブルで、戦争体験の語り部をやって下さった。

地獄を見た人たちは、「私たちのような苦しみをもう誰にも味わせたくない。皆さん何卒よろしくお願いします。」 と涙ながらに訴えていた。

今でも、赤ちゃんの泣き声を聴くと、栄養失調で死んで行った3ヶ月の妹の声を想い出されると云う。次第に、かすれて行った赤ちゃんの泣き声が忘れられないと云う。

無間地獄で世の中の平和を支える人とは、こんな人たちだと想った。

想い出したくない戦争体験を、力を振り絞って語る方々の、遺言を私は、目頭を熱くしながら聴いた。

私も、この方々の遺言を、世の中に伝えて行く。

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June 25, 2017

「毎日母さん」(漫画)の世界を知る、

主婦に人気だった「毎日母さん」(西原理恵子さん作品)と云う漫画が、最近打ち切られることでニュースになっていた。

子育て期を終えた主婦が、子育て期を振り返って、「掃除も後回しにして、料理も店屋物にして、もっと、抱っこしてやれば好かった」と、述懐する場面が、私は共感でジーンとする。

私も、何度も、ちっちゃな娘に街で抱っこをせがまれて、疲れてできなかったことなども想い出した。

娘は私の膝に抱きついて、私を見上げて、「ゴマすり、ゴマすり」と云って、ゴマすりポーズをしていた。

もっと、もっと、抱っこしてやれば好かった。

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June 24, 2017

沖縄戦72年、姉と弟、

沖縄戦の時、9才の女の子が8ヶ月の弟を背負って防空壕に避難した時、泣き声でアメリカ軍に気づかれるのを恐れ、防空壕のみんなから出て行けと追い出された話を知った。

防空壕にいたおばあちゃんもお母さんも無言だったと云う。

9才の女の子は、8ヶ月の弟を背負って防空壕を出て行ったと云う。それから栄養失調で亡くなった弟を、逃げ惑う時に放置して逃げたと云う話を上原美智子さんと云う人がTVで証言していた。

9才の女の子と8ヶ月の弟、その姿を想う。

私の姉も、私が赤ちゃんの時、私を背中におんぶしていたと云う。

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June 22, 2017

あっと云う間に終わらない人生を目指して、

私は、あっという間に人生が終わる人生がイヤで、一旦希望退職で会社を辞めた。

想い出が残らない人生では納得がいかない気持ちであった。

会社を辞めて、旅や人に会うことが驚きの元であり、人生があっと云う間に終わらないことに大事なことだと実感した。

そして今、あっと云う間に終わらない人生を送りながら、あっと云う間のように我を忘れる境地も素晴らしいと想う。

我を忘れる境地こそ、永遠なる安らぎ、あっと云う間に終わろうが、終わらなかろうが、我を忘れるくらいの感動を味わうことが、人生の素晴らしさだと、ハッと気付いた。

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June 21, 2017

「事前指示書」、哲学カフェにて、

昨日、新宿の哲学カフェで、九州の若い外科医で東京の大学院大学で勉強中の人に出会った。彼の昨日のテーマは、「事前指示書」(延命治療に対する意思がある内にする意思表示)に対する参加者の反応を聴きたいことだった。

地方自治体で導入(勿論任意の記入)が進んでいるところと、反発する団体の多い地域があるのが実態らしい。現場の医師には、患者の意思に関わりなく、延命治療がなされることへの疑問があることを私は、初めて医師から聴いた。

今は「終活」が、多くの人の関心を引く時代、「事前指示書」 は、「終活」ノートの中の一部ではないかと想った。

死について、患者や家族に向き合う医師が、患者や家族に死の予告をどう伝えるか、どう医療はあるべきか?を、昨日の哲学カフェで私に問いを投げかけた。

ある参加者から、医師として貴方自身の生死観は、と問うことも、素晴らしい対話であった。

「終活」ノートは、より良く生きて行くための安らぎのノートだと想う。

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June 15, 2017

災害・事件・事故を想う、

昨日発生のロンドンのビル火災の惨劇の模様に驚く。ロンドンのノッティンハムゲートと云う場所もロンドンで地下鉄で動き回って来たばかりなのですぐ場所のイメージが湧いた。

ロンドン橋のテロ現場もイメージが湧くし、改めて、人生を襲う事件・事故・災害などを想う。

自分の右手が怪我した左手をかばうように、全てが自分の身体の一部のように感じる力が、成熟であり、修行の道、仏道だと想う。

生きる力強さ、歓びに感謝しながら、いずれ死に行く我が身をねぎらう、そして明日への祈り。

朝にあっては、夕日も想い。夕方にあっては、朝日を想う。

災害・事件・事故は、何かのメッセージを伝えている。

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June 14, 2017

時間無かったり、あったり、

昨日、会社そばの青松寺の門に、書かれている言葉が気になった。

「いくら忙しくても時間が無くなる訳でもない.いくら暇ても、時間が余る訳でもない。」

確かに時間は、誰にとっても、ただ淡々と同じ時を刻んで行く。

やることが多過ぎると考える人には時間は少なく、やることが無い人にとっては時間はあり余る。

時間は、その人が感じることで決まる。

1年を100年分くらいに感じて、生きることだって出来る。若くても年をとっても、人生の過ごし方感じ方で、十分に時間は長くも短くも感じることが出来る。

いくつになっても、いつも新鮮なみずみずしい時間がある。

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June 02, 2017

「おかん」写真展、行ってみたい写真展、

インターネットで知ったニュース。自らの「おかん」の日常を撮った写真展が、京都で5月31日から6月4日まで開かれていると云う。

普通の人の「おかん」を撮った写真、大阪の「おかん」 の感じらしい。

「また、そんなん撮ってー!」と毎回のように云いながら、「おかん」は時々ピースマークで応えたと云う。

息子にとって、「おかん」は、謎多き存在。

私も、時折の母の表情や、日常の何げない場面を、想い出す。

まるで動物園の動物を見るかのように。

「母ちゃん」の、心の中の写真展、自分の心の中のギャラリーに展示してある。

愛すべき「母ちゃん」、時折想い出しては、励まされる。

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May 16, 2017

失敗に見えたり、成功に見えたり、そして、どちらでもない安らぎ、

失敗を想えば、人生の数々の場面が想い出され、成功を想えば、人生の数々の場面が想い出される。

全ては、失敗も成功もなく、表裏一体のものを、その人が、どちらか一方を見て、どちらか一方にとらわれて見ているに過ぎないと想う。

失敗と想いたがるクセ、成功と想いたがるクセ、それぞれの人の好み、趣味のようなもの。

ただ、全ては、あるべくようにあるだけ。

成功でもない、失敗でもない世界の安らぎ。

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