May 16, 2017

失敗に見えたり、成功に見えたり、そして、どちらでもない安らぎ、

失敗を想えば、人生の数々の場面が想い出され、成功を想えば、人生の数々の場面が想い出される。

全ては、失敗も成功もなく、表裏一体のものを、その人が、どちらか一方を見て、どちらか一方にとらわれて見ているに過ぎないと想う。

失敗と想いたがるクセ、成功と想いたがるクセ、それぞれの人の好み、趣味のようなもの。

ただ、全ては、あるべくようにあるだけ。

成功でもない、失敗でもない世界の安らぎ。

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May 13, 2017

現金書留封筒、仕送りの甘い想い出、

私は、1974年に大学を出て就職した時から、約20年間、郷里の両親に毎月3万円の仕送りを、自分から云い出して続けた。結婚する時も、この送金は、家計と別にすることを条件に結婚した。

昨日、NHKの連続T V小説「ひよこ」 で、集団就職みたいに東京の工場に就職した主人公のみね子が、緑色の縁のあるような現金書留封筒に初給料を入れて母親に送るシーンがあり、私は、突然、懐かしい現金書留封筒を見て、感情がどっと溢れた。

私が、東京の大学に進学する時、私には何も言わずに、自宅の裏山の土地の一部を売って学資とした両親を知っている。

私は、大学を出て、日本石油に入り、最初の赴任地は、新潟で、独身寮に入った。

緑色の縁のある現金書留封筒にお金を入れて、九州の両親に送った時の歓び。家族に役立つことの歓び。

それは甘く切ない想い出、私の人生でとても幸せの想い出であることに気付いた。

親に恩返しのひとつも出来たと云う想い出。

それでも、両親が亡くなっ時、私からの仕送りの大半は、貯金に残していた両親。それがまた泣けたなぁ。

久しぶりに目にした現金書留の想い出。

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May 09, 2017

仕事と休日のリズム、一生現役が好い、

昨日の連休明け初日の感覚は、さほど大変じゃなかった。むしろ、平常に返る安心感があった。

毎日が休日より、会社があって、休日があることのメリハリが好い。

会社では、適度に、私らしい仕事が出来て、適度な負荷がちょうど好い。

会社勤めを辞める時が来ても、私は、一生現役で、私に合った仕事をし続けたい。

一生現役の人生のために、まず、健康と云う人生のインフラ整備が大事と想う。

一生現役のつもりで、人生をテクテクテクテクと歩いて行く。人生の旅は、小さな驚きに満ちて、学びや知る歓び、それは静かな人生の賛歌。

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May 07, 2017

自然観察の歓び、そして知る歓び、

「ターシャチューダー静かな水の物語」.と云う映画を見た。スローライフの母と云われたターシャチューダーの92年の、身の回りの自然観察にときめきや安らぎを感じて生きたひとりのアメリカ人女性の物語。静かな水のような人生を憧れ、実践出来た人生だった。

四季折々の自然を、感動して感じる歓び,自然観察は、幸せの基本なのだと改めて感じた。

それから,連休中に、ふと知ったことの楽しさ、地球の自転の影響で赤道に近い方が遠心力が大きく、人の体重も軽くなると云う。沖縄で計ると北海道より100gくらい軽くなると云う。

また、勉強したくなる楽しさ。

自然観察や知る歓びには、「私の幸せ」を忘れる世界がある。

今日も道端の草花を鑑賞し、そして新しい何かを学びたい。


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May 01, 2017

両家の初顔合わせ、横浜元町にて、

昨日は、娘の結婚相手の家族(ご両親と妹さん)との初対面の会食を横浜元町でした。
リラックスして、これからよろしくお願いしますと云う気持ちで、談笑した。

娘も、結婚相手も、気を使って、ホスト役をしていた。

これも、結婚する時に経なければならない儀式。

娘夫婦も、私も無事顔合わせが済みホッとした。

娘は、私のことをギャグ好きな「旅人」のようなお父さんと紹介した。こんな時にも、確かに私は、時折ギャグを云って一同を笑わせた。

今年の連休中の大切なイベントが無事終了。娘夫婦の幸せを願う。

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April 28, 2017

これでいいのだろうか?、と云うブレーキの意味

幸せの状態は、何かに没頭している時だと学んだ。過去も将来の不安も飛んでいる時、それが人に役立つことであれば、その幸せは、益々確かなものになる。

毎日の時間で、没頭できる時間が多い人ほど幸せとも云える。

しからば、不安は、不幸かと云えば、そうではないと想う。不安を感じる時は、没頭などしてない時に不図想うこと。「これでいいのだろうか?」と云う不安。それは、車の運転と云う人生の中で、ブレーキやハンドルの役割を果たす。

ブレーキやハンドルは、無くてはならないもの。没頭と云うアクセルだけでは、人生も暴走する。

不安や不幸を感じる力も毛嫌いしちゃいけない。それが、静かな幸せに導いてくれると想う。

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April 16, 2017

終わりから始まる、終わりなき縁、

昨日は、無事23名の参加者で、順教尼の映画の自主上映会を開催した。

映画に出て来る順教尼も、弟子の南正文さんも、私が知ったのは、ふたりとも故人になられてから。まさに、「終わりから始まる、終わりなき縁」

私に、自主上映会を是非やりたいと云う想いを起こさせた映画であった。

順教尼と南正文さんの生き方が、死して尚、私に自主上映会と云うチャレンジの気持ちを起こさせた。

私は、順教尼も南正文さんも、生前会ったことも無いが、心の中では繋がっていた。

私が憧れる法(真理)の世界の道しるべであった。

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April 15, 2017

幸せの条件、不幸の条件、

今日、横浜・綱島地区センターで、1300から、順教尼の映画の自主上映会を開催する。昨日は、実際に会場で、事前に機器や上映の点検をしながら、映画をすべて上映してみた。

ひとり静かに、上映しながら、改めて、順教尼の光の衝撃を受けた。

弟子の日本画家も子供の頃の事故で両腕が無い。南正文さんがニューヨーク講演の時に色紙に書いた好きな言葉「禍福一如」。彼は問う。「幸せの条件は何ですか?、不幸の条件は何ですか?」 と。

幸せの条件も、不幸の条件も無い。「禍福一如」の衝撃的な光に打たれる。

今日、私は、順教尼と南正文さんと一緒に法を伝える役割に感激する。

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April 11, 2017

1990年イラクのクゥエート侵攻、人質事件、クリスマスプレゼント

一昨日、TVで、27年前のイラクのクゥエート侵攻の時の人質事件のエピソードが報道されていた。

1990年8月2日に起きたイラクのクゥエート侵攻、当時クゥエートにいた日本人はイラクの人質となった。その後、女性子供は解放され、男性だけ人質として長く監禁された。

当時、私はアブダビにいて、時々クゥエートで会っていた商社マンの池田龍三さんの家族のエピソードがTVで報道され、私は27年目にして初めて池田龍三さん家族の当時のドラマを知った。

イラクの人質として残された池田龍三さんが、短波ラジオで聴いた家族からのメッセージ。幼い女の子の娘は、クリスマスプレゼントを問われて、「お父さん」 と答えたと云う。

その後、多国籍軍の軍事行動の前に、アントニオ猪木さんの行動で、池田龍三さん達は、イラクに迎えに来た奥さん達と共に、戦争開始前に無事帰国を果たせた。

クリスマスプレゼントに、「お父さん」と云った女の子。その気持ちが、当時、サダム・フセインにも届いたのだろうか?

27年目にして知るエピソード。

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April 10, 2017

「ありがとう集会」、

土曜日夜~日曜日朝で参加した多言語クラブ・ヒッボクラブ(金沢八景の野島青少年研修センター)の合宿は、私が、沢山の小さい子供達や高校生・大学生などと交流が出来る機会。

土曜日夜は、研修センターの食堂で、夜遅くまで、懇親会も素晴らしい刺激だった。

あるお母さん曰く、9才の女の子と6才の男の子のふたり兄弟が、可愛い茶目っ気があり、家の中で、「ありがとう集会」 を開き、お母さんを喜ばせたエピソードを聞き、余りにも素敵で参った。約1時間の行事で、式次第があり、縦笛の演奏などもあったと云って、お母さんは笑って話してくれた。

家の中の家族だけの小さな「ありがとう集会」 の話。

子供達が走り回る。9レンジャーの中で紫レンジャーが一番強いと私に一生懸命に説明してくれる男の子。二段ベッドで寝た研修センター。

私の人生に、何か、メッセージが伝わる。

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