February 20, 2018

数日後にジワリと感慨、娘の結婚、

娘の結婚式の2日後の昨日、披露宴の時に紹介された子供時代の娘の写真や、読み上げられた両親へのメッセージ、結婚式の色々なスナップ写真などが、ジワッとフラッシュバックして来て、一大イベントだった実感がした。

披露宴で紹介された子供時代の写真を、娘からメールで送ってもらって、忘れていた当時の人生のシーンをほのぼのと想い出した。

結婚式の日が娘が生まれた日のように、2月の快晴の日だったこと、横浜のベイクォーターの景色も、心に刻まれた。

会社の若いアラブ人の夫妻も出席してくれたこと、親しいアラブの友人からのビデオメッセージもインターネットで届いたことも。

娘の結婚式は、人生の心遺産に登録。

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February 19, 2018

大役を果たした翌日の日常、中華街では正月、

昨日は大役を果たした翌日、緊張から解放された穏やかな日常を味わった。

朝は体育館で毎月1回の気功の後、昨日の貸衣装を返し、桜木町の行きつけのジャズ喫茶で、いつもの自分に返った気がした。

夕食は、九州からの弟家族4人と、昨日結婚式を終えたばかりのふたりを中華街に呼んで、7人の会食。みんな、リラックスして、一昨日の結婚式の面白いエピソード話に花が咲いた。

娘夫婦のリラックスぶりに、それを眺めて安らぎ。弟一家も、横浜中華街の正月に旅気分いっぱいに楽しんでくれた。

人生のジャズのような調べ、そして、いつしか、人生のシンフォニー。

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February 18, 2018

無事、ヴァージンロードを歩く、

昨日、快晴の横浜のベイクォーターで、1445から娘の結婚式に、初めてモーニング姿の父親として参列した。

新郎新婦の友人達約70人の人前結婚式、ヴァージンロードを父親として歩く自分を、不思議な感覚で想い出す。

娘がちっちゃい時の写真、娘から両親へのメッセージ、映画やTVでは泣く場面だが、意外としっかりしていた自分に小さな驚き。

若い娘夫婦のように、私も、無事大役を果たすことに緊張をしていたのだろう。

ウェディングドレス姿の娘の姿と、ふたりの姿がはっきりと私の脳裏に刻まれた。

子供時代によく遊んだ、幼児の時の娘の表情も、同時に私の脳裏に刻まれている。

あぁ、人生の一大イベントを無事終えたんだなぁと云う感慨が、翌日の朝に訪れた。

多分、娘夫婦も同じ想いだろうと想う朝。

人生の忘れ得ぬシーン。人生は、いつも初舞台。

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February 17, 2018

特攻隊の手紙、銀座アートホール、

昨日は会社を休み、今日の娘の結婚式のための貸衣装のモーニングを受け取りを朝の内に済ませホッとした。

2月13日~18日、銀座アートホールで開催中の「特攻隊の記録」展を想い出した。

今をおいて、この特攻展を見る機会はないと想い、昨日の午後行ってみた。

穴澤太尉は、飛行服のスカーフの内側に恋人のマフラーを巻いて出撃したと云う。

穴澤太尉と智恵子さんの手紙のやりとり、日記のひとつひとつを、ゆっくりと、ふたりの気持ちを想像しながら読んだ。ふたりの人生の葛藤からほとばしり出る言葉に、、、

穴澤太尉が出撃の時に見た開聞岳と、共に行った智恵子さんのマフラー。

そんな情景に浸って、娘の結婚式の前日。

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February 14, 2018

インパール作戦で部下800名を救った水上少将の自決、

数日前に、TVでインパール作戦の遺族達の放送が、心から離れない。

インパール作戦で2000名の兵士を率いた水上少将は、戦死者が続出する苦戦の中、残り800名で、ミートキーナと云う拠点を死守せよと命令が下った。ミートキーナは、もはや全滅の見込みの中、水上少将は、命令に背き、800名の部下達を退却させて、自らは、自決したと云う。

インパール作戦の生き残りの兵士の子供さんが、最近、亡くなった父親の遺品の中に、「水上少将自決」と硬い紙に書かれた位牌のようなメモを見つけた。意味は、分からないままだったが、最近、水上少将の遺族への取材で、浮かび上がって来た歴史の真相。

水上少将の自決で生存できた人達がいた。

当時の水上少将の苦悶、覚悟が迫って来る。

水上少将の自決前数ヶ月、家族に送られて来た写真は、穏やかな表情の写真だった。

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February 07, 2018

2月は誕生日の月、母、弟、娘、

昨日は、不図、2月は、私に関わりの深い誕生日の多い月だなぁと想った。

昨日は私の母の誕生日だった。同じ日は、私の真理探究の扉を開いてくれた住職の誕生日でもある。

今週末は娘の誕生日、既に、プレゼントは娘とラインで話して、合意済み。

今月末は、弟の誕生日。娘や弟は、同じように、私にとっては、未だに幼児のように想える。

母の長崎での誕生日の日を想像してみると、京泊の海の光景が広がる。

弟が生まれた日、大牟田の家の近所の産婆さんの家で生まれた頃のシーンも。

娘が生まれた市川の国府台病院に生まれたばかりの娘を見に行った日、快晴の冬の日、川がキラキラと輝いていた。

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February 04, 2018

昭和20年代~のニュース映像を見たり、

昨日の私の「小さな驚き」のメニューは、初めて訪れた昭和館(九段下)、昭和20年代~30年代~のニュース映像を見たこと。

子ども時代に父親に連れて行ってもらった映画館で、よく見た白黒のニュース映像が再び。視聴覚資料では、水原弘の「黒い花びら」を何十年ぶりに聴いた。

地球創成期のように、自分の人生が始まった頃の風景を想い、眺める。

想い出すことは過去の自分の人生への供養であり、希望でもある。何故ならば、想い出すことは、懺悔や感謝や、人生への畏敬があるから。

想い出すことは、死ぬこと、そしてまた再生すること。

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January 29, 2018

生き急いでいるようで?、そんな気はないのだが、

昨日、夜、高校の同窓達9人で、新宿で新年会をした。同世代の気の合う仲間たちは人生の関心事が同じで、何ごとも参考になる。

私は、毎日マグロ回遊型の人生を送っているので、生き急いでいるようにも見えるとも云われ、そんな気はないのだが、ジッと家にいるのが、時間がもったいなく、何か小さな驚きを求めて、ウロウロと出歩いている。

昨日は、同窓の一人の女性が自宅で5年くらい介護中のお母さんが急逝され、昨日の同窓懇親会は欠席した。出席の他の女性達からも、介護が長く続いて行く時の色々な体験の話も聴いた。幼児のように見えて行く親との時間、介護の時間の神秘的な時間、泣き笑いの哀しさの時間などを想った。

昨日は、朝は、珍しく、スケジュールを入れずに、NHKののど自慢を聴いて、懐かしい故郷の時間も想い出し安らいだ。

午後は、近くの大倉山の公会堂で開催の子供達のダンス発表会(幼児から高校生まで)を見て、可愛さに、見とれてしまった。

私の娘の幼稚園の発表会の時に踊ったウサギのダンスを見た時の感動が蘇って、涙するほど。

毎日、ウロウロして出歩く生き方も、感動に引きつけられるからだと想う。

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January 27, 2018

ビジネス会食の付き合いも箸休めか?

私は、ビジネス会食の付き合いも夜は、なるべくしたくないと宣言しているが、たまには、会社のアラブ人が、色々な日本のレストランへの興味から、時々、彼らが顧客を招待してホストする会食に付き合わされる。

東京に駐在している間に、行ってみたいレストランに、ビジネス会食を理由に、体験したいのだろうと想う。30代後半のアラブ人だから、私のアブダビ駐在時代を想い出すと、しようがないとも想う。

昨日は、アラブ人が探して来た、西麻布の住宅街の中にある隠れ家的な和食のレストランだった。こんなビジネスマン達の会食の席に同席するのも、たまにはいいかと想った。

ヒッポクラブで子ども達と付き合い、会社のOB会などで年配者達と付きう。各世代とまんべんなく付きうことの面白さを想う。

世代がもたらす関心事の変化が面白い。

今日も、マグロ回遊型人生の私は、色々な場所を、色々な世代を回遊する。

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January 01, 2018

年越しの瞬間、私の感慨、

紅白も余り見ず、カウントダウンイベントも特に参加せず、ちょっと離れて、私なりに静かにひとりその年越しの瞬間を味わって就寝。

年越しの瞬間は、消費する時間ではない。世間とかけ離れて、私なりの人生の感慨に耽った。

今年の年賀状には、良寛さんの句を書いた。「盗人も取り残したる窓の月」。

「終わりから始まる終わり無き縁」、年を経て、色々な「終わり」があっても、大丈夫の世界がある。

そして、私の目の前に2018年の真っさらなスペースが広がる。

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