July 24, 2017

野生の遺伝子、恩を仇で返されても感動、

先日TVで見た、七面鳥の赤ちゃんを育てた西洋人の男性の話を想い出した。

育てた七面鳥の赤ちゃん達が、全部成長して、野に帰って行ってから寂しくなったある日、その中の一匹のオス(ターキーボーイ)が偶然彼の元に帰って来た時のこと。

彼は、親友との再会のように嬉しかったと云う。ところが、彼が後ろを向いている時に、突然、親子のように育てたオスの七面鳥が彼を本気で攻撃して来て、彼は、血だらけになって棒切れを持って防戦し、やっとで追い払ったと云う。それが、愛するターキーボーイを見た最後だったと云う。

動物界の中に、生き物の中に流れる、時限爆弾のようなDNAを想う。

成長したオスの種の自分で縄張りを持つ宿命を想う。

ターキーボーイに襲われた彼は、それでも立派に成長したオスの七面鳥、ターキーボーイを嬉しく想っているように見えた。

恩を仇で返されても、愛は、変わらないように想えた。そんな教えの、七面鳥のターキーボーイの物語。


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July 21, 2017

関心ごとの滑稽さ、

昨日の夜は、海運関係のパーティーに出て、パーティーの後、赤坂の喫茶店で、友人と3人で、お互いの近況や関心ごとについて話しあった。

政治や経済や旅や健康や、それぞれの人生の関心ごとの違いに面白さを感じた。

自分も、自分の今の関心ごとに囚われて、みんな、それぞれの視界を見て生きているのが可笑しく感じた。

政治家は、一つの関心ごとに囚われていれば、一方で杜撰なことをしてしまう。人は集中できることに限度がある。

だから、政治家の宿命は責任追及されて、非難される職業だと想う。

自分のこだわり、人それぞれのこだわり、時に滑稽に想うのは、安らぎ。

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July 19, 2017

日野原重明先生の言葉、

105才で亡くなった日野原重明先生の最後の言葉は、「ありがとう」だったと云う。そのことを知っただけで、昨日は一日が安らいだ。

日野原重明先生と云う素晴らしい先生と、私の人生が、オーバーラップした時期があっただけで、ありがたいことだったと想う。

日野原先生の表情や言葉に、沢山のメッセージを頂いた。

「野球で云えば、私の人生は、9回から」と云うのも、いいなぁと想う。

日野原重明先生、人生への沢山の暗示をありがとう。

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July 12, 2017

極端の危険さを想う、

新聞の広告に「好きなことだけして生きなさい」とか云う本が紹介してあったり、極端な価値観や生き方に、大きな不安定さや危険さを感じる。

好きでもないことも、好きでも嫌いでもないこともやることができてこそ、精神が強くなれる。

好きなことと、好きでも嫌いでもないこと、嫌いなことでも、何からでも学ぶ姿勢が無ければ、穏やかな人生とは云えない。

好きなことだけしかやらない人には、他への思いやりがなく、冷たく感じる。

極端な生き方に憧れるのは、精神の未熟さか、若さ故かと想う。

好き嫌いを超えて、事象を観る力こそ、人生の味わい。人生の静かな安らぎ。

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July 11, 2017

健康との縁を想い出しながら、人生の不思議さ、

想えば、2002年、前の会社を辞めていなければ、健康との縁に出会えず、今頃は、生活習慣病で死んでいたかも知れない。

今より10キロは太り、心臓病、高血圧、喘息など、毎日薬を飲んでいた。海外出張の時にニトログリセリンの錠剤を持って行ったことも。

会社を辞めて、時間がてきて、健康のセミナーにも出てみて、俄然として、「食と健康」の関係に衝撃を受けた。長年、姉がやっていたミキプルーンとの出会いも。

今では、何も薬は要らない生活になれた。

想えば、今頃、死んでいたかも知れないと想うことは、時々想い出し、諸縁に感謝する気持ちになれる。

ただ、よく無事に、生きて来られた縁に感謝する気持ちになる。

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July 10, 2017

静けさを求めて、

静けさは、人生のテーマ、静けさを求めて生きる。

それでも、自然災害や事故や病気や経済的問題など色々な問題は起こる。

その時にも、いち早く、静けさを取り戻せるかが、修行の度合い。

静けさには、サーカスの安全ネットのように、神に、宇宙に守られている実感が必要。

住職は、どちらに転んでもよい世界を求め出家された。


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July 05, 2017

人権弁護士に仏法を説く、

昨日、会社帰りに、新宿で大学のクラブの同窓会を約10人で行った。

大学時代の1~2級違う世代も、私は今では、もう一緒に感じる。

弁護士になった先輩と、話してる間に、いつしか、私は禅との出会いの話しをした。

先輩は、人権弁護士として社会派の活動をされてると噂を聞いていた私は、私は思い切り、仏法の私の感動を伝えた。

先輩とは帰りの電車の中でも、静かながら話しが盛り上がった。

何より嬉しかったのは、先輩が仏法に関心を持つてくれたこと、また弁護士と云う社会への影響力のある人に、私が仏法の感動を伝えられたこと。

住職との縁、仏法を教えてもらった縁、そして、私も、仏法を伝える縁に、何か嬉しい。

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July 02, 2017

静と動、得ると捨てる、

今日は家のクーラーの故障を見てもらう日。

そのこともあり、昨日は、家で、部屋の掃除や、倉庫の本の整理などもした。いつも出歩いてる私には、このような時間も新鮮に想う。

このような時間も、一種の終活かとも想う。いつでも身辺かが、スッキリしていたら、さぞ日々が心地よいだろうと想う。

いつも何を得、何かを捨てて行くのが新陳代謝、即ち生きること。

静と動、得ると捨てる、そんなことを想いながら休日の味わい。

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July 01, 2017

無駄な時間の使い方、効率的な時間の使い方、

目的がはっきりしていない時は、無駄な時間の使い方になって当然。

日々、目的をはっきりさせて生きることは、さほど無い。ならば、想えは、よく無駄な時間を過ごして生きて来たものだとも想う。

だが、それは、その目的から見てのこと。

ただ、生きることへの感動があれば、無駄な時間の使い方などは無い。

目的を意識することは、周りの景色が見えなくなること。他が見えなくなること。他が無駄に見えて行くこと。

目的などなく、ただ日々を生きる歓び、それは、周りの景色が一番綺麗に見える歓び。


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June 27, 2017

「振り出しに戻る」 生き方、

毎日、朝、「振り出しに戻る」と、想えば、心が軽くなる。

子供の頃やったスゴロク遊びで、振り出しに戻るとは、また最初からやり直し、今までのことがゼロになること。

大失敗と想えても、また、新しい人間として生きる。

無一物で、また始める人生が、とてもみずみずしい。

毎日めくられる日々の人生のページ。

今日もまた、振り出しに戻る。

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