August 17, 2019

小田原の田園風景の中で、

昨日会社帰りに、品川から新幹線で小田原に来た。小田原郊外の開成に住む妹の家に泊まり、今日は小田原ガイド協会の行事に出て横浜へ帰る。

開成の田園風景は、私が好きな田園風景、山の形が故郷の三池山にそっくり、水路の水のせせらぎ、虫の声、水田の香り、私は、しばらく、木陰で佇む。

絵はがきのような美しさ、宮崎駿のアニメのような風景。

チィチィ蝉の声。道ばたの小さな草花にも、何げない石ころにも、しばらく目が行く。夏の、田園に吹き渡る風を味わう。私の忘れていた時間。



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August 16, 2019

西亀真さん、「すいません」の力、

昨日は、カリスマ会の、近況報告で、「西亀真さん」と云う人の存在を知った。

1957年生まれで、1995年に病気で失明されて、絶望から、むしろ幸せの扉を開かれた人。(障害は壁でなく、幸せの扉だったと云う生き方)

ひとりで旅して、すぐ駅前とかで「すいませ-ん」と大きな声で、周りに声をかけると、必ず人が集まって来てくれて、助けてくれると云う発見。神様が集まって来ると云う。

私は、衝撃的な「人生の示唆」を受けた。

彼は「幸せの入口屋」当主と名乗り、「心眼塾」を開いていると云う。

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August 14, 2019

元住吉の行きつけの居酒屋の閉店、

私が、会社帰りに、ひとり、フラリと入る行きつけの居酒屋「瓢箪」が、今週末で40年の営業に幕と知り、昨日は、マスターに最後の挨拶に立ち寄った。

女将さんは、ガンで去年秋に、突然亡くなった。マスターも、その後、店を切り盛りしていくのが、大変のようだった。

カウンター越しに、私は、演歌を聴きながら、焼酎のお湯割りを、いつも2杯。寡黙なマスターから、出身の北海道の話を聴くのが楽しみだった。

女将さんは、「最近どうだい?」とか云いながら、お湯割りを作ってくれた。

北海道の調理師免許「澤田興市」と、カウンター越しの壁メニューの横に書いてあった。

私は、カウンター越しに、マスターに、私の個人名刺を初めて渡して.笑顔で握手を交わして、私の憩いの隠れ家だった店を後にした。

真夏のセミの鳴く頃の出来事。

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August 13, 2019

キリスト教、禅、良寛さん、

昨日の夜、新潟への旅から帰宅した。

アンリ神父との、深い語らいの中で、数々の学びや気付きあがった。

神父に禅を紹介したのは、小浜の原田祖岳老師に学んだイエズス会のユーゴ・ラサール神父(愛宮真備・えのみやまきび神父)であった。

原田祖岳老師は、原田湛玄老師の師、湛玄老師は私が学んでいる山口博永先生の師。

禅とキリスト教の融合、禅とキリスト教を超えた世界への憧れが広がる。

アンリ神父と家には、良寛さんの本や書も飾ってあった。「焚くほどに風がもて来る落ち葉かな」、今回私は、この句をメモした。

私の、新潟の旅。私の人生の縁。





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July 22, 2019

言友会(吃音)バーベキュー大会、

昨日は、横浜言友会の行事のバーベキュー大会(ジョイナスビルの屋上、ジョイナスの森)に初めて参加してみた。

吃音(どもり)や、吃音に悩んだことのある人達の集まりは、私にとっても大切な交流。

私も、子供時代、吃音の悩みは大きかった。言友会との交流は、私のどうしても切り離せない私の一部を想い出させてくれて、また安らぐ。

言友会の人10人と、人生を語るバーベキュー、これも私の人生の一場面。



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July 20, 2019

「1%の力」、

先週図書館から借りてきた本に、「1%の力」(鎌田實著)と云う本があった。

パラパラとページをめくると、気が楽になる。

1%くらいなら、力まずに何でも、踏み出せる気がする。

どんどん、なりたい自分へのハードルが低くなる。

毎日毎日、1%を心がける生き方。

カメやカタツムリのノロノロ歩きが愛おしくなる。

あの世からの手紙や、未来の自分からの手紙、それに、一昨日学んだ自分史からの手紙などに、耳を傾けて、1%だけ、毎日を新しくしてみる。

植物を水が活き活きさせるように、「1%の力」が、人生をみずみずしくしてくれて、夢に近づけてくれる。






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July 19, 2019

「生き下手」人生、自分史、カリスマ会、

昨日の会社帰りの「カリスマ会」は、「自分史」がテーマだった。

各自が、自分史を物語る1枚の写真を持参して、その写真に付いて語った。

色々な人の自分史の例も見せてもらった。

中でも、「生き下手人生」と云うネーミングの自分史にも興味惹かれた。

私も、年代別に私の人生を振り返ったり、俯瞰したり、そして、何が強調したいところか、などあれこれ考えてみたくなった。

「生き下手・上手」なんか、好い響きのテーマだななど、考えて微笑んだりした。




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July 15, 2019

棚橋弘至、プロレスラーの言葉のすごさ、

今朝のTVで、たまたま見た「ここから」と云うインタビューは、プロレスラーの棚橋弘至さんだった。

「他人の喜びは無限のエネルギー」、

「他人の喜びを自分の喜びとする人が一番強い」。

想いがけない人から、想いがけない境地を聴いた。

私の受信機が聴いた神からのメッセージ。



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July 13, 2019

後輩商社マンの通夜、

昨日は、会社の帰りに、商社マンの友人の通夜に出た。

快活で前向きで仕事も出来る素晴らしい後輩の商社マンだと思っていたが、ガンでこの半年くらいの闘病の末の旅立ちだったと云う。

会場には、大好きだったスキーの板が3セット飾ってあり、写真も。キリスト教の通夜で、彼の好きだった軽音楽のメロディーの中、献花した。

彼は、私の知らなかったくらいの型破りな、素晴らしい男だったことを、友人や家族の人達から聞いて知った。奥さんは、「私を型にはめずに、好きなことをやらせてくれた」と挨拶で云っていた。奥さんは、好きな居酒屋をやっていて、これからもやって行くようだ。

家族3人での最後の3日間の会話、18才の息子や奥さんへの、これからのことを書いたファイルと引き継ぎみたいな説明。葬儀は週末に、ドンチャン騒ぎをしてくれとの遺言。

私も、故人を偲び、通夜振る舞いの酒に、周りの人とギャグがでるほどの気分になった。故人の奥さんは、私が以前云った、私のギャグまで、想い出させてくれた。

不思議な、何か、力強さが、湧いて来るような葬儀だった。因みに、通夜の参列者も、500人は遙かに超えていたと想う。想い出に残る商社マンだった。

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July 12, 2019

芭蕉の句碑、川崎八丁畷、

昨日の朝、会社に行く途中、川崎八丁畷にある川崎警察署に、私の定期券の落とし物の受け取りに行った。

八丁畷は、京浜急行の川崎駅から一つ横浜寄りの駅、初めて降りる駅だった。川崎警察署に行く道に、芭蕉の句碑があった。

1694年5月、芭蕉が深川の庵から故郷の伊賀へ帰る時、見送る弟子達と川崎宿で別れたと云う。「麦の穂をたよりにつかむ別れかな」、別れの悲しさを紛らわせるようにつかむ麦の穂が、私には痛いほど心にしみた。

その年の10月、大阪で、「旅に病んで夢は枯れ野をかけめぐる」と云う辞世の句を残し芭蕉は51才の生涯を閉じたと云う。


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