April 28, 2017

これでいいのだろうか?、と云うブレーキの意味

幸せの状態は、何かに没頭している時だと学んだ。過去も将来の不安も飛んでいる時、それが人に役立つことであれば、その幸せは、益々確かなものになる。

毎日の時間で、没頭できる時間が多い人ほど幸せとも云える。

しからば、不安は、不幸かと云えば、そうではないと想う。不安を感じる時は、没頭などしてない時に不図想うこと。「これでいいのだろうか?」と云う不安。それは、車の運転と云う人生の中で、ブレーキやハンドルの役割を果たす。

ブレーキやハンドルは、無くてはならないもの。没頭と云うアクセルだけでは、人生も暴走する。

不安や不幸を感じる力も毛嫌いしちゃいけない。それが、静かな幸せに導いてくれると想う。

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April 16, 2017

終わりから始まる、終わりなき縁、

昨日は、無事23名の参加者で、順教尼の映画の自主上映会を開催した。

映画に出て来る順教尼も、弟子の南正文さんも、私が知ったのは、ふたりとも故人になられてから。まさに、「終わりから始まる、終わりなき縁」

私に、自主上映会を是非やりたいと云う想いを起こさせた映画であった。

順教尼と南正文さんの生き方が、死して尚、私に自主上映会と云うチャレンジの気持ちを起こさせた。

私は、順教尼も南正文さんも、生前会ったことも無いが、心の中では繋がっていた。

私が憧れる法(真理)の世界の道しるべであった。

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April 15, 2017

幸せの条件、不幸の条件、

今日、横浜・綱島地区センターで、1300から、順教尼の映画の自主上映会を開催する。昨日は、実際に会場で、事前に機器や上映の点検をしながら、映画をすべて上映してみた。

ひとり静かに、上映しながら、改めて、順教尼の光の衝撃を受けた。

弟子の日本画家も子供の頃の事故で両腕が無い。南正文さんがニューヨーク講演の時に色紙に書いた好きな言葉「禍福一如」。彼は問う。「幸せの条件は何ですか?、不幸の条件は何ですか?」 と。

幸せの条件も、不幸の条件も無い。「禍福一如」の衝撃的な光に打たれる。

今日、私は、順教尼と南正文さんと一緒に法を伝える役割に感激する。

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April 11, 2017

1990年イラクのクゥエート侵攻、人質事件、クリスマスプレゼント

一昨日、TVで、27年前のイラクのクゥエート侵攻の時の人質事件のエピソードが報道されていた。

1990年8月2日に起きたイラクのクゥエート侵攻、当時クゥエートにいた日本人はイラクの人質となった。その後、女性子供は解放され、男性だけ人質として長く監禁された。

当時、私はアブダビにいて、時々クゥエートで会っていた商社マンの池田龍三さんの家族のエピソードがTVで報道され、私は27年目にして初めて池田龍三さん家族の当時のドラマを知った。

イラクの人質として残された池田龍三さんが、短波ラジオで聴いた家族からのメッセージ。幼い女の子の娘は、クリスマスプレゼントを問われて、「お父さん」 と答えたと云う。

その後、多国籍軍の軍事行動の前に、アントニオ猪木さんの行動で、池田龍三さん達は、イラクに迎えに来た奥さん達と共に、戦争開始前に無事帰国を果たせた。

クリスマスプレゼントに、「お父さん」と云った女の子。その気持ちが、当時、サダム・フセインにも届いたのだろうか?

27年目にして知るエピソード。

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April 10, 2017

「ありがとう集会」、

土曜日夜~日曜日朝で参加した多言語クラブ・ヒッボクラブ(金沢八景の野島青少年研修センター)の合宿は、私が、沢山の小さい子供達や高校生・大学生などと交流が出来る機会。

土曜日夜は、研修センターの食堂で、夜遅くまで、懇親会も素晴らしい刺激だった。

あるお母さん曰く、9才の女の子と6才の男の子のふたり兄弟が、可愛い茶目っ気があり、家の中で、「ありがとう集会」 を開き、お母さんを喜ばせたエピソードを聞き、余りにも素敵で参った。約1時間の行事で、式次第があり、縦笛の演奏などもあったと云って、お母さんは笑って話してくれた。

家の中の家族だけの小さな「ありがとう集会」 の話。

子供達が走り回る。9レンジャーの中で紫レンジャーが一番強いと私に一生懸命に説明してくれる男の子。二段ベッドで寝た研修センター。

私の人生に、何か、メッセージが伝わる。

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April 03, 2017

通行人として人々を眺める、里山ガーデン、動物園、

昨日は、初めて、緑化と花祭り中の横浜里山ガーデンを訪れてみた。横浜郊外のズーラシアと云う動物園の隣にある里山一帯が、花々でいっぱいになっていた。

誰にも知り合いとも会わず、まるで私は、透明人間にでもなったかのように、里山と、人々の様子を眺めて安らいだ。一日中、誰とも知り合いに会わないことは千の風になった時の世界とも想像してみて楽しむことが出来た。

人々の声や会話が、内容に関わらず、愛おしい。

動物園にも、入ってみると、子供時代や、娘とふたり来た時の会話を、口ずさんで、微笑んだ。

私は、透明人間のように、まるで、存在していないかのように、過ごして、それも心地よかった。

通行人として生きる。人々を眺めながら。

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March 29, 2017

現役バリバリの連中と渡り合う姿、

昨日、アラブ人2人を交えて、アジアのLPガスの市場分析について、会議をした。

30代の現役バリバリのビジネスマン達の質問攻めに対し、半ばまくしたてるように、しゃべる私に、不図、時を超えた私の夢中さに苦笑したくなった。

アラブ人は、自己主張が強く、議論好きで有名。宗教と家族のこと以外は、どんな口論しても大丈夫と云う。

私は、先輩面して、彼らの質問に、まくしたてるように答え、ちょっとブレーキが要るほどであった。

若いバリバリのビジネスマン達と、ガンガン渡り合う自分に、その向こう意気の強さは、母親ゆずり。

私の母親のDNAを想う。

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March 28, 2017

人生の泣き笑い、ギャグ脳、

ギャグを考える時は、ある言葉で当然イメージされていることと、全く違うことを、その言葉から関連付けて導き出すことをやっていると想う。それは勘違いと同じ。

ひとつのことに集中したり、囚われている時の、気分が一変する驚きがあり、笑いにつながる。

それは、呼吸にも似て、集中したり、分散したり。

悲しみや苦にあっても、全く違う視点を持つことも、ギャグ脳のおかげ。

私の両親は、人生は泣き笑いだと教えてくれた。

悲しい時にも、笑える材料がいっぱいあると。

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March 14, 2017

神様に囲まれて、

「おさなごの、しだいしだいに知恵づきて、仏に遠くなるぞ悲しき」、と云う古歌がある。私は、最近、いつも、小さな子たちを見ると心がなごみ、神様に囲まれているような安らかな気持ちになる。

幼い時の神様が、色々邪念が出て来て、学んで、学んで、また、神様に帰って行くプロセスが人生だと想う。学んだ後の神様は、また菩提心に磨きがかかり、何世代にもわたり、確固たる揺るぎなき神に成長して行く。

もうひとつ、一休和尚の句も素晴らしい。

「死んだとて、呼んでくれるな、返事はせぬぞ、どこにも行かぬ、ここにおる」、

大切な人との繋がりは、生死を超えてある。

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March 12, 2017

戦争を想い出す日、震災を想い出す日、そして光へ、

3月10日は、東京大空襲の日、数日前に東京大空襲の地獄のような絵を、記憶を元に描かれた吉野山隆英さん(昭和4年生)から、東京大空襲展(浅草公会堂)の案内をもらい、昨日の午前中に出かけた。

彼は、70才の時に、同期生達から、お前は、絵がうまいから、あの東京大空襲で見た地獄をぜひ、将来世代のために描いてくれと懇願され、やっと描く気になり描いた絵が3点。子を抱き抱えて焼死した母子、燃えないビルに逃げこもうとしてビルの前に山のように重なる黒焦げの死体、川に溢れ漂う死体。これらの絵のひとつひとつについて、その子供ながらに見た情景を解説して下さった。彼は、この人達の無念に、残された我々は、何が出来るか?と訴えておられる。この人達の無念の上に、平和が70年以上続いて来たと。私は、吉野山さんと握手した手を固く握った。

午後は、九品仏でいつもの坐禅会、3月11日だから東日本震災の特別な想いを込めて座った。住職からは、生死一如と云う話を聴いた。

ロウソクの例えが、強く心に響いた。ロウソクは、自らを滅しながら光を放つと。滅することは、同時に生まれる(光を放つ)こと。

私は、今日も肉体の沢山の細胞を滅しながら、生きている。生きること(光を発すること)は、沢山の細胞が滅しているからこそ。生死一如。

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