August 21, 2018

錦糸町駅前の魚屋さん、

先日、すみだジャズ祭りで訪れた錦糸町駅前(東口)は、魚屋さんが目立つ町であることが気に入った。

駅の通りを隔てた大きな魚屋さん「魚寅」の前には、客が並んでいて、覗いてみるとマグロやタコのぶつ切りのグラム売りだった。

駅前すぐの魚屋さんは、魚料理の惣菜が店頭いっぱいに並べられていた。私は、魚料理の惣菜の買い物をして、わくわくしながら帰った。

ジャズのメロディと魚屋さんの想い出。


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July 31, 2018

台湾の友人の来日観光コースへの興味、高校野球予選、

先週の週末に来日した台湾の会社関係の友人は、高校野球の予選観戦と隅田川花火大会がメインテーマだった。28日(土)の神宮球場の高校野球予選も隅田川花火大会も台風で1日延期にはなったが、無事目的を達して昨日、台湾に帰国した。

私も、29日(日)の午前中に、神宮球場に行き、東京の高校野球予選決勝を観戦してみた。都立小山台高校vs二松学舎大付属の一部分を無事観戦した。

高校野球の熱気ぶりに感動。外野席まで埋まる程の人気ぶりにも驚いた。

私の地元の三池工業高校が、全国優勝した時の大牟田の熱気も、私の青春時代の空気も蘇った。

東京に居ながら、甲子園の夏だった。

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July 27, 2018

更に暑いアラブへ一時帰国のアラブ人同僚、

今日の夜から、会社のアラブ人同僚が、1ヶ月間アラブ本国へ休暇で一時帰国する。

気温は45度の国へ、時には50度もあるアラブへ。

7才5才3才の子供たちは、おじいちゃんやおばあちゃん達が会うのを待ち構えていて、暑くても本国に帰るのだと云う。

親戚付き合いが多いアラブ社会では、ちっちゃい子供たちは、親戚縁者がとても会いたがっているらしい。

3人の子供たちは、私にも懐いていて、子供たちの日本滞在の間、まだまだ、一緒に遊びたい。

アラブ人同僚は、日本に来る前から、大の日本ファンで、日本の演歌や歌謡曲をよく知っていて驚いた。「池上線」「どうぞこのまま」など、

彼らの日本滞在の間、日本の魅力を沢山紹介しようと想う。

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July 26, 2018

帝国ホテルと地元商店街食堂の日、

昨日午前中は日本サウジアラビア協会、日本クウェート協会の総会が帝国ホテルであり出席した。

総会後、商社の顧客との会食を同じ帝国ホテルでアレンジして、しばらく帝国ホテルにいて、午後から丸の内の石油元売りを訪問。まさに、効率的なスケジュール組み立てに満足。

その後、オフィスに帰り、オフィスで他の石油会社の来客を応対して、すぐに1800の終業時刻となった感じの一日。

会社帰りの夕食は横浜・白楽の地元商店街の、昭和的な食堂に立ち寄った。サバの文化干し定食、焼酎を一杯。店は、高校生のような娘さんがお母さんを手伝っている店、三丁目の夕日のような店。

その時その時が、前後裁断されて、新鮮な時が流れて行く。私は、そんな一日が好きだ。

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July 22, 2018

箱根は火山観光、カルデラの中の箱根、

箱根は、南北11km東西8kmの周囲20km、山手線の内側くらいの面積のカルデラの中にある。

カルデラとは、地下のマグマが噴出し、地下が空洞化し、山が陥没して起こる陥没した場所のこと、周りには外輪山となる。カルデラとは、外国人にはCrator(クレータ)と云えばわかると云う。箱根火山は40万年前から3000年前まで噴火を繰り返し、今の箱根が出来たと云う。

箱根火山の凄い噴火は、6万5000年前、東京も灰の海になり、「東京軽石」と云う石も命名されている。

3000年前の神山の山体崩壊で川がせき止められ芦ノ湖が出来た。

こんな勉強をしたのが、昨日の、小田原箱根ガイド協会のジオパークグループの研修会。

火山の勉強は、雄大な地球の勉強。

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July 21, 2018

AI革命の事例集、ソフトバンクセミナー

昨日、芝のプリンスパークタワーに行くと、2000人くらいの熱気溢れる若いビジネスマン達か集まり、ごったがえしていた。様々な、新しいビジネスの勃興ぶりに、目を見張るばかり。

経済活動の欠くべからざる資源が「石油」の時代から、今後は「データ」こそ全ての産業の欠くべからざる資源であるとの言葉(経済誌の言葉)に、産業革命前夜、情報革命前夜を感じた。

例えば、「Handy」と云う新興の会社(観光業)は、世界中のホテルの部屋に無料のスマートフォンを置き宿泊客に利用してもらい、様々な観光の情報も観光の利便性を提供するサービス。外で食事しても、チェックアウトの時、一括精算も可能、電話は国内海外もただ。

既に、世界中82ヶ国で65万室、2500万人のユーザーがいると云う拡大ぶり。日本でも既に、24万室(日本のホテルの約3割)にスマートフォンを置いていると云う。

情報革命のセミナーに出て、石油や観光との関連を想起したリも、ただただ驚きの産業革命を感じた。

「データは、全ての産業を再構築する」と云うセミナーのキーワードであった。

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July 13, 2018

パリ祭の頃、うらやす音楽ホール、

7月14日のフランス革命の記念日に因んで、シャンソンのライブ「パリ祭コンサート」が、今頃、いくつか開かれる。

昨日は、会社を休んで、新浦安の音楽ホールで開催の「うらやすパリ祭」に行った。約20人のセミプロの歌い手のシャンソンを聴いた。

1300~1700までのライブの前後に、浦安在住の懐かしい友人達との会食のスケジュールを入れ、よい「うらやすパリ祭」になった。

ランチを共にした友人は、最近船会社を退職したギャグ仲間、新しいギャグをドンドン飛ばして、お互いのギャグの進化振りを披露。私も思わずメモするネタもいくつか。退職後の人生の解放感が伝わった。

夕食を共にした友人は、大学時代の下宿が同じだった同郷の友人。体育会だった彼は、3年前に退職後、大学のクラブの世話など、彼も退職後の解放された人生を送っていた。

たまたま、行くことにした「うらやすパリ祭」コンサートの縁は、友人達との再会の縁になり、人生の豊かさとは何かを考える小さな旅になった。

退職は、人生において価値感と生き方が変わる革命のようなものだと想う。

季節は、パリ祭の頃。

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July 03, 2018

クマ蝉の声、大蛇山祭りの音、九州の旅、

昨日夜、2泊3日の九州帰省の旅を終えて、横浜の自宅に帰った。

30日(土)昼に大牟田に着き、昨日の夜までに、日頃会えない友人達とも沢山会えて旅の目的の達成感があった。

姉のいる施設には毎日顔を出して、姉との静かな時間も過ごせた。施設に暮らすと、姉の、身内の訪問の嬉しさと、別れる時の寂しさが伝わって来る。

弟家族、従兄弟、同窓生、色々な友達、7つもの約束をして、昨日の夜のフライトぎりぎりまで、友人達と会った。大牟田駅前のレンタサイクルを利用することの便利さを改めて感じた。

懐かしいクマ蝉の「ワシワシワシワシ」と云う鳴き声が、聴けて、故郷に抱かれた気がした。

大牟田は、7月28日~29日の大蛇山祭りを控えて、街の公園では祭り囃子の練習の太鼓や鐘の音が、聞こえて、また、故郷らしさの音の中に抱かれた。

会った友人達のそれぞれの人生も感じながら、今回の九州の旅を振り返る横浜の朝。

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July 02, 2018

同窓生から見た私、同窓生の両親の人生、

昨日は、午前中も午後も、施設の姉との時間が中心だったが、昼は、大牟田駅前の観光センターのレンタサイクルを借りて、従兄弟の家も訪ねた。従兄弟夫婦の仲人でもあった私の両親の想い出話を聴けて、両親の晩年の様子をまた一つ、新しく知れて嬉しかった。

夜は、私が高校を留年した後の同窓生ふたりと、高校時代以来初めての再会と懇親が実現した。店は、同窓生自身が経営する「白亀会館」で、高校時代以来なのに、彼は私の名前を云って 、お互いにしげしげと眺めて、再会を喜んだ。私は、留年した後の同窓生達は1級下なので、その後も、 余り付き合ってなかった。

それが、今年の春、広尾のアラブ人の同僚の住むマンションのバーベキューの時に、マンションの管理をしていたのが、高校生以来の再会の同窓生だった。彼との再会の縁で、仲間が、故郷の同窓生達にもつながった。私は高校時代、いつもニコニコしていたと云う。英語が得意であった印象も同窓から聞い て、 「 そうだったのか」と高校生の私が浮かんだ。

二次会の居酒屋のカウンターで、同窓生の両親の人生のことも、しんみりと聴いた。高校時代、そんなに話した訳じゃないのに、同窓生の両親の人生の生き方に感動して涙した。

旅と人が与えてくれる感動をかみしめながら、故郷の旅。

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July 01, 2018

ふるさとの山に向かいて云うこと無し、

昨日、1330博多天神発、西鉄大牟田線の特急で大牟田へ向かう。筑後川を越え、久留米、柳川を越え、ふるさとの三池山が見えて来る時の感動は変わらない。

大学時代や30代の頃まで、母は、私の好物の鯨を用意してくれていた。
今でも、三池山を見ると母の顔が浮かぶ。

今回の2泊3日の帰省は、施設の姉、弟家族、同窓生、父の属した満州の会の人(玉名)、従兄弟などちょっとづつ沢山の人達と会う。

昨日は、早速、姉、弟と会い、夜は、何と東京で名刺を拾った人と初めて会い、居酒屋から2次会のバーまで行き、旅館に帰ったのは、11時過ぎと云う盛り上がり。私が今年3月末に、偶然、東京の国会議事堂前で拾った、落ちていた名刺の人。大牟田の住所の会社の人だったので驚き、メールしてみたら、帰省の時は声をかけて下さい。飲みましょうと返事が来ていたので、昨日は、そんな面白い展開の日だった。私より8才くらい若い人で三井鉱山のOBの方で、炭鉱の色々なエピソードも聴けて、改めて、故郷を知ることが、好い刺激だった。

18才で上京した私は、大牟田てバーに入るのは、初めてで、それも面白い展開だった。

これも、私の「小さな驚き」の生き方。


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