October 29, 2009

マリオ鈴木さんの詩、姉へのクスリとなった

離婚して30年くらいにもなる姉に、ギタリスト・マリオ鈴木さんの詩集「独り言の余韻」を先日送った。昨日電話で、私と同じように感動して読んだと聞きほっとした。

郷里で一人暮らしの姉は、離婚して、別れて来た子供達のことが気になって、ずーっと生きている。病気をした自分を責めたり、子供達との再会を、死ぬ前にもう一度だけでもと願って生きている。

その姉に、両親を知らないマリオ鈴木さんの詩を送ることは、私にとって賭けであった。姉の心を乱し、更に悲しませ、自分を責めさせるのではないかとも心配した。でも、マリオ鈴木さんの詩、命の叫びは、余りにも素晴らしく、私は、姉にも是非読んでもらいたいとも思った。

昨日、夜電話したら、姉が、「心が洗われ、自分の日頃の悩みが、ちっぽけに見えてくるくらい感動した」と云った。素晴らしい詩が、姉の心を浄化したことを悟り、私は、どんなに嬉しかったことか。

人生を変える詩もある。10月4日、たまたま聴いたマリオ鈴木さんのコンサートが、姉の人生に、ちょっとした救いをもたらした。

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October 25, 2009

阿佐ヶ谷ジャズストリート2009

昨日は、阿佐ヶ谷ジャズストリートへ出掛けた。横浜ジャズプロムナード、旭ジャズフェステイバル、本牧ジャズフェステイバルなど、私の楽しみの一つ。運動靴で、気ままに、会場を回るのが好い。

阿佐ヶ谷は、商店街のフェステイバルって感じが、気取らなくて素晴らしい。小さな区民センター、会館、病院、工務店、教会、学校など、如何にも住民の手作りって感じが好い。アーテイストも、色々あって、可能性に溢れている。

"小田陽子とエスタシオン"演奏を聴いて、すぐその場でCDを買ってしまった。スペイン語の"コム・デイセ・ル・ポエット"と云う、底抜けに明るそうな曲に、その裏に、人生の哀愁を感じたり・・・・・。

"峰厚介・フオーサウンズ"と云うのも、すごい顔ぶれの4人だった。ピアノ板橋文夫、テナーサックス峰厚介、ドラム村上寛、ベース井野信義、ジャズ界の巨匠達の共演にしびれた。彼等は友情出演とのことで、還暦前後の悪ガキ中年の友達グループのように見えて、面白く、新鮮に感じた。

阿佐ヶ谷の街は、ケヤキ並木が好い。街中が、ジャズのメロデイーに、溢れていた。

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October 22, 2009

芸術家と云う病い

芸術家に対して、これでもか、これでもかと思うほど、人間の煩悩・執着を描いて、何になると、私は思うことがある。それだけ、バランスを欠いて、生きて、さぞ苦しかろうと思う。

人の持つ煩悩・執着も、バランスを保ってさえいれば、本能として、生きて行くために役立つもの。

相対立する煩悩・執着を、均衡したシーソーのように保っていないと、偏った煩悩・執着は、苦しみの度合いを増していく。自然界は均衡を保とうとする。極端は、均衡に帰ろうとする。

一つの偏った煩悩を、描き尽くしても、それは病的でしかないと思う。

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October 14, 2009

東京オペラシテイー初訪問、男性合唱団コンサート

一昨日は、知人の紹介で、初めて男性合唱団(東京農大OB)"コール・ファーマー"の演奏を聴きに行った。コーラスも、全体として一つの人格のような調和が、心地よく、新たな魅力を感じた。ちょっと、「自他不二」の禅の世界にも通じるような、荘厳な気持ちにもなった。

東京オペラシテイーは、巨大でまた美しい最新の文化施設で、驚いた。今年の夏、書道展を見に行った六本木の新東京美術館にも、その規模の大きさと、最新の高級な建物に驚いたが、このような高価な建築物が次々と出来る現代の豊かさを思った。それは、現代の貧しいワーキングプアーや、増加する低賃金の派遣労働者のことと、奇妙な社会のアンバランス、コントラストを感じた。

初台のオペラシテイー13:30に行く前に、ちょっと先の笹塚駅に初めて下車して探検してみた。笹塚10号通り商店街と云うのは下町っぽく、新宿の高層ビルとのコントラストが、面白く、情緒を感じた。たまたま入ったレストランで、隣の席の、母と20代らしい娘さんとの会話も心地好かった。

笹塚の商店街、初台の東京オペラシテイー、男性コーラスの美、これらが、その日、私の求める"小さな驚き"を運んで来てくれた。

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October 13, 2009

「New Voyage」「新しい航海」

そう云えば、今年の横浜ジャズプロムナードのテーマは"New Voyage"と書かれていた。何故か心惹かれる言葉の響きであった。

毎朝、夜の明けぬ、暗い内から出航準備をして、今日の海を往く。人生を考えると、「そうだなー」と、うなずく。

毎朝、新たな水平線を見て、夕べに、街の灯りを頼りに帰還する。一人の航海でも、生きている実感を感じる時間。

私は、私の人生のCaptain、船長であったことを思う。豪華客船のような船のかっこいい船長ではなく、小さな漁船の、職人のような、親方のような船長。今まで、無我夢中で操船して生きて来たことを思う。

憧れは、日に焼けた、上半身はだかの、海の男のような、船長でありたいと思う。そして、海もまた、神の手の平の上と思う。

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October 05, 2009

中南米の調べ、そして詩、マリオ鈴木さん

昨日は、感動したことがある。ギタリストのマリオ鈴木さんの詩と演奏である。

詩"遠い灯り": 「母を恨むでもなく、父を恨むでもなく、宿命と云う足かせを、天は私につけたのだ。 真っ暗な部屋を 出口は何処かと まさぐりはしても 幼な子に 分かるはずもない。 自分で灯りを ともすしかないことを知らされた幼な子は 一点の針の穴の 灯りでも そこが出口ではなかろうかと さまようのみです 遠い灯りを求めて 」

この詩の朗読の中で、中南米のフォルクローレギターの演奏が流れる。 彼のギターは、その哀愁と生きる力とを、静かに、しみじみと歌いあげている。これは、感動せずには聴けない、精神の奏でる調べであった。

私は、詩集を読み進んで行くと、途切れ途切れに休まなければ、涙で曇って読めなかった。

彼の作品は、自作ばかり。彼は、彼の人生を歌いたく、彼の真実をこの世に残したいのだと思った。彼は、見ることの出来なかった両親を、音楽の中に見出し、彼の詩は両親に語りかけてるのだと思った。昨日のマリオ鈴木さんとの出会いは、何気なく不図訪れた、感動の出会いだった。

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September 22, 2009

芸術家の哀しみ

芸術とは、共感することにあると思う。同じと感じることが芸術の喜び。

それは、人格の向上や完成とは、関係なく、自分の内面を表現すること。

そう思うと、芸術家は、自己表現する喜びはあっても、苦しみから逃れる訳でもなく、さぞ辛いことが多かろうと思った。

表現することは、幸せの第一歩。だが、その表現する自分の内面を向上させる修業の方が、もっと大事なことと私は思う。

世に、不幸な芸術家、精神的に未熟な芸術家の多いことの所以を思う。

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September 18, 2009

テノール、滝賢一郎さんの衝撃

先日、テノール歌手、滝賢一郎さんの歌を聴く機会があった。

彼が、美空ひばりの「りんごの故郷」を歌った時、衝撃だった。一挙に、その津軽の情景の中に、引き込まれてしまった。母と二人、畑のあぜ道を歩いているような気持ちにもなった。

彼の声は、歌の前に精神性の高さが、滲み出る歌であった。

彼の、「ロミオとジュリエット」の歌も、イタリアのベローナの中世の街並みが目に浮かび、ただ憐れむばかりの、病むほどの、純愛の世界を感じることが出来た。

素晴らしい歌手の存在に驚いた。


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September 14, 2009

「時の花」、万葉集の言葉

昨日、朝TVで万葉集の番組をたまたま見た。大伴家持の歌に、「時の花」と云う言葉があり、解説を聴き驚いた。それは、時が咲かせる花のようなひと時を歌っていて、その時、その時の、一期一会的な味わいを詠んでいることを知った。大伴家持が天皇を慰めるために詠んだ歌だと云う。

私は、道元の「春は花、夏ホトトギス、秋は月、冬雪さえて涼しかりけり」と云う歌を想い出した。人生のその時のおりおりに、時の華が咲く。そして、秋は春を羨ましがらず、春もまた秋を羨ましがらず。

それは、時の持つ美学。

生老病死も、時の移ろい。ただその時を、そのものとして、味わえば好い。夫々に真剣な時であり、美しく、また味わい深い。

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September 13, 2009

同郷の画家の個展

昨日、午前中、同郷の友人から紹介してもらっていた、同郷の画家・高田青治展を初めて見に行った。高校時代は、知らなかった同窓の人が、このような素晴らしい画家になっていようとは。驚きであった。

静かに、修業するように、描かれている作品が好い。心地好い静寂を与えてくれる。一人森の中に佇んでいるような感覚にもなる。禅の境地と通じる、世界を感じた。

小冊子には、三池高校時代、私が属した1年8組の担任の先生、鷹尾和敏先生(美術)の言葉が添えられていた。余りにも懐かしい。

高田青治さんの絵を見て、何故か、筑後の画家、青木繁、高島野十郎の絵画も想い出した。

駒沢大学前下車7~8分の、伊佐ホームズのギャラリーと云うのも、不思議な縁であった。伊佐氏は、大学で同じクラスの同窓でもあった。

東京での大学時代の同窓の持つギャラリーに、九州の高校時代の同窓が個展を披いて、両方の同窓である私は、不思議な縁に包まれた。

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July 28, 2009

鎌倉・円覚寺で聴いた川柳

今年の円覚寺・夏季講座でメモした川柳がある。足立老師の講話の中にあって、思わず笑ったり、なるほどと、思ったり、あるいわブラックユーモアとも感じた。

「ほどほどの信仰心で、この平和」

「鎌倉は、聞いて極楽、見て地獄、慈悲無き里の寺の多さよ」

「見てみたい、教祖集めた座談会」

今朝は、雨上がりの曇り空。このような川柳は、俗っぽくて、寧ろ、清々しい。まさに二元に遊ぶ。

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May 03, 2009

"如雨露"と云う当て字の美

昨日、ちらりと見た新聞に、俳句が書いてあり、その漢字に吸い寄せられる想いがした。"如雨露"と云う漢字である。

"じょうろ"とフリガナが打ってあり、"ジョウロ"と云う懐かしい響きと、雨露の如しと云う表現に、何という、詩のような漢字だろうと、そんな漢字の存在を知るだけで豊かな気持ちになった。

「パンジーや 如雨露の水は 風に散り」

如雨露の語源は、もともとはポルトガル語で、"如雨露"とはその発音に真似た、当て字とのことであった。

これは、"当て字文学"ではないか、とその美しさに感銘を受けた。

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April 09, 2009

通訳ガイドの会、ランデル洋子さんのジャズライブ

昨日、会社帰りに、初めて、上野広小路にあるジャズライブの店、アリエスに立ち寄った。

観光通訳ガイドの会・GICCSの会長、ランデル洋子さんのボーカルのライブがある日で、行ってみた。GICCSの総会や、ガイド研修でしか会っていなかった人が、ジャズのボーカルとは、その変化が素晴らしいと思う。

流暢な英語で夢見るように歌うランデルさんの歌声は、ジーンと来るものがあった。「いとしのエリー」の英語版、最近、好きになった曲の一つである。

日によって、チャンネルを切り替えるように、何か全然別のことをやるのは、人生のよい刺激だと思う。

私の、チャンネルはと云えば、会社・座禅・食育・旅・ブログなどであろうか。そのときは、頭の中が切り替わっていることを感じる。それは、小さな驚きの源泉。

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March 27, 2009

江戸末期歌人・橘曙覧(タチバナのアケミ)の歌

先日、伊豆・天城の座禅道場でご一緒した知人(歌人)から江戸末期の歌人、橘曙覧の話しを聴いた。

余り歌は残していない(50首くらい)が、平凡な日常生活を、さらりと、感動的に歌ったところに魅力があると云う。

「楽しみは 昼寝せしまに 庭ぬらし 降りたる雨を 醒めて知るとき」

子供時代を想い出す。昼過ぎに、母とうたた寝をして、突然目が醒めた時に味わった、窓の外の雨上がりの、夕暮れの輝き。

江戸も明治も無いなー。ただ、穏やかな、心地好い人生の驚き。

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March 23, 2009

「冬の花火」

昨日、伊豆・天城山から横浜へ帰る時、座禅に一緒に参加された原田清さん(歌人)と横浜まで普通電車で、のんびり話ながら帰った。

車窓から見える広々とした海から、熱海付近に近づいた時、私は、「熱海は冬でも毎月1回は花火をやってますね。冬の花火ってちょっと合いませんが、人を集めるのにやってるんでしょう」と云った。

原田さんは、「冬の花火」ですか?、、、、、いいですね。歌集の題名になりそうな名前ですねとおっしゃった。

「冬の花火」、確かに、人生の万感の想いが伝わるような響きを感じた。

「冬の花火」、母の人生、父の人生、姉の人生、妹の人生、弟の人生、そして私の人生も、何故かぴったりしそうな気がした。

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February 07, 2009

青木繁、高島野十郎、久留米はすごい

高校の教科書にも載っている絵画、青木繁の「海の幸」には数年前くらいになって、改めて魅せられた。鮫を担いだ荒々しい漁師の中の一人の顔を、恋人だったであろう想い出の女性の顔に描き換えて、作品「海の幸」は輝きを増した。

高島野十郎は、ただ友人・知人にあげるために、「蝋燭」の絵を沢山描き続けた。カラス瓜や桜の名作もあるが、彼の蝋燭の炎の描きかたは、何かすごい訴えるものを感じる。一人静かに、その蝋燭の炎を見詰めたくなる。

この二人の画家は何と、私が生まれ育った大牟田から電車で30分の久留米出身なのだ。久留米はすごいと、改めて思う。

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January 07, 2009

絵画「巴里の朝陽」、1月1日日経朝刊

1月1日の日経朝刊の第3部の一面に、「パリの朝陽」と云う題名で、素晴らしい朝陽の神々しさを感じさせてくれる絵画が、大きく載っていた。

大牟田出身の画家・大津英敏さんの作である。昨年2月パリに行かれた時、朝陽を見たさにコンコルド橋まで行かれたと云う。

柔らかく明るい色彩と水辺の風景に惹かれるのは、有明海に面した故郷の風光と水に親しんで育ったからだと解説しておられれた。

一昨年、高校の大同窓会で、お会いして、私が、弟にそっくりだとおっしゃった大津さん。私も、いつの日か、またパリを訪れた時は、早朝のコンコルド橋から、朝陽を眺めてみたいと想った。

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December 28, 2008

横浜・松坂屋前、路上ライブ

先日、横浜球場で開催の「ゆず」の冬至コンサートの人気振りの報道を見て、興味が湧いた。

彼等の原点は、横浜伊勢崎町通りで、もうすぐ閉店になる松坂屋の前で、路上ライブ を長くやっていた時だそうである。今では、1万人以上を収容する、横浜球場や、横浜アリーナ でも一杯になるほどの人気と云う。

「ゆず」の二人のインタービューを見てると、質素誠実で、すがすがしいなーと思った。普通の若者であるところが好い。TVで、彼等は、閉店する松坂屋を眺めて寂しそうだった。路上ライブをやっていた頃の想い出。

私は思う。路上ライブで、数人の客を前に声を張り上げて歌う「ゆず」と、何万人の前で歌う「ゆず」は同じだと。 どちらでも真実。同じ真実。

何万人の前でも、一人の前でも、自分をどれだけ真剣に歌い上げられるかだと思う。観客の数は幻、ただ波の形態の一部に過ぎない。

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November 12, 2008

「蜘蛛の糸」のエンデイング

芥川龍之介の「蜘蛛の糸」を読み返してみた。地獄から、蜘蛛の糸を伝って天国へ登り始める罪人の話。

最後は、自分の下に次から次から登って来る同じような罪人達を振り落とそうとした瞬間に、糸が切れて、自分もまた、地獄へ逆戻りと云う話であった。

先日、住職から聴いたもう一つの話では、下から登って来る罪人を見て、これでは、大変と思って、自分の重みだけでも軽くしようと、手を離した瞬間に、手を離した罪人は、極楽の蓮の葉の上に座っていたと云う。

芥川龍之介の「蜘蛛の糸」には、芥川龍之介が越えられなかった、何かを感じた。

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November 04, 2008

岡本太郎、茂木健一郎、芸術的人生の魅力

今回の連休、強く印象に残った出合いがある。それは、故・岡本太郎著作の「強く生きる言葉」と、茂木健一郎氏の講演会だった(丸ノ内丸善書店)。

神田古本祭りで見付けた岡本太郎の本の中に、彼の言葉があった。「僕は幸せ反対論者なんだ。つまり、簡単に云ってしまえば、人間が、幸せと思っている時は、一番死が遠ざかった時なんだ。これは生きがいを失った時になる。そんな幸せ、僕は欲しくないね」。彼の絶えまない情熱が伝わって来る。

脳科学者・茂木健一郎氏は、TVマスコミで見る印象とは全然違って、彼は芸術家だと思った。知的探求を彼は、一種の偏愛、果てしない憧れのようなものですと表現した。世間一般の価値とは隔絶した世界を彼は持ち、人生そのものに恋しているよう、なみずみずしさがあった。

連休中の、素晴らしい出会いだった。久しぶりの会社が、もう何年も経ったように感じる。

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October 16, 2008

芸術は、表現は、生きる力?

芸術の力は、すごいと思う。まるで宗教にも似たような力が存在しているように感じる。

表現する歓びを知ると、芸術の世界に入って行くと、人間関係のことは、もはや悩み煩わされる存在ではなく、表現する対象の一部に過ぎないような境地に入って行くのではないかと思う。

芸術は、表現は、歓びも哀しみも、全てを、包み込んでくれる。

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October 02, 2008

「嘘から出たまこと」、「優しい攻撃」

行きつけのジャズ喫茶の御客さんが、先日、東京造形大学の文化祭か何かに行った時、学生の斬新なイラストに、感銘を受けたと云っていた。

親子のイラストに、「嘘から出たまこと」と題が付いていたと云う。・・・・・一瞬、面食らうが、中々の奥の深い表題に感心。暫くして、可笑しくなって、そして納得。

仲の好い女どおしの友達のイラストには、「優しい攻撃」との表題だったと云う・・・、これも面白い。

私なら、親子の動物の絵に、「優しい攻撃」と云う題も好いと思った。親離れしなければならない、野生の動物に、親が、優しい攻撃をして、子が独立するのを促すシーン。私も、母の「優しい攻撃」を想い出す。

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September 07, 2008

遠くの鐘の音

数日前、一緒に伊豆で座禅をした時に参加されていた男性の歌人の方から、一冊の歌集が届いた。「編鐘」と云う題だった。

遠き日の鐘の音のように、歌の調べの、胸のかすかな余韻ともなれば幸いですと書いてあった。

遠くの鐘の音、かすかな余韻か。

何か、人生の素晴らしい情景を、蘇らせてくれるような気がする。

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August 24, 2008

励ましの短歌との遭遇

8月21日、ソウルから羽田へ帰る飛行機の中で読んだ、産経新聞の8月20日版に、芸術と平和の短歌と題する短歌が紹介してあった。

「夜を吹雪く音の聞こえて心寒し、姉よあなたも覚めていますか」

「あふれ咲く花かげに黙せる幹はあり 強風(かぜ)に動ぜぬ母のようなる」

「凍裂の傷瘍をともに幹として 白樺は吹雪に なほ たじろかず」

ただ、じっと、この短歌に、我が人生をだぶらせた。

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July 22, 2008

円覚寺夏季講座・最終日

今朝は、休日明けの出勤日。円覚寺の夏季講座の最終日だけど行けない事が残念。講座のしおりを見ると、今日の足立老師の話の骨子があった。

村田珠光の言葉が最初に書いてある。「花も美しい 月も美しい それに気づく心が美しい」

そして、「今咲きし 花に出合へる 夏の朝」と云う句で結ばれていた。

ただ、ただ、老師の境地に絶句。


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June 30, 2008

薬師寺を詠む

昨日初めて、NHK短歌のテキストを買った。昨日朝、ちらっとTVで聴いた薬師寺の短歌に心惹かれた。メモ出来なくて、もう一度、その短歌を聴きたかったので、テキストを求めた。選者が選んだ優秀作ではなかったが、心揺さぶられた短歌があった。

「塔の影、日時計のごと巡る庭、八月六日蝉の声満つ」

「何の為、生まれいでたるかわからずに、ただ仏前に手を合わすのみ」

「我が病躯、薬師如来の掌にのりて、大和の空にぽっかり浮ぶ」

これらの歌に触れ、雨の日曜日の朝、心は輝いて明けた。


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June 13, 2008

曖昧な主語の、深淵な哲学

日本語は、主語や目的語が曖昧な表現が多いが、素晴らしい思想が隠されていることに気づいた。

欧米の、主語を明確にする発言は、自分を強調する心理効果を生む。

主語を明確にしないことで、自分は他の中に融合して、自己の主張をやわらげる。

私は、自己からどれだけ離れることができるかの距離が、その人の精神的成熟の尺度だとも思っている。

その意味において、主語を、強調しない日本語を、改めて見なおした。

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May 15, 2008

反セレブ嗜好

昨日は、初めて六本木のミッドタウンにあるリッツカールトンホテルへ行き、あるレセプションに出席した。このような、業界の知人・友人に一同に会する機会は、私は大変好きで、殆ど出席する。大変あり難く思う。

今回初めて行ったミッドタウンは、確かにすごいと思った。しかし、今の私には、このような街は、さほど関心は無いことに気づいた。

セレブ志向や、富裕層向けの云々には、今の私は、軽薄さを感じてしまう。それはそれなりにすごいが、それだけのこと。表面的なことにこだわる人達の嗜好かとも思う。

私は、質素な中の、抑制された中の美が好きだ。金にまかせた贅沢には、その精神性に疑問を感じてしまう。

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April 27, 2008

絵画・城山三郎・そしてJazz 

金曜日終業後は、銀座・泰明画廊の大津英敏新作展(最終日)に行った。大津先生もたまたま画廊にいらっして、雑談する機会もあった。「パリの朝」「シテ島と赤いバラ」など新作の絵画を前に、地元大牟田の会話なども楽しかった。私と大津先生が偶然大牟田の延命動物園であった時に、先生が描かれていたホワイトタイガーのポスターも、画廊の入り口に飾られていた。

土曜日は、自宅で、午前中にアラブ訪日団の面談の英文議事録を素早く書き終え、夕方、藤沢で、石油・ガス業界OBの方々と懐かしい懇親会をやった。合併会社の厳しい人事のことや、サラリーマンらしい昔のエピソードが、城山三郎の経済小説のような感じでもあった。

その後、夜は、地元白楽のJazz喫茶で開催中の山本剛(ピアノ)トリオのJazz ライブに直行。夜8時~10時まで、好きなJazzの世界に旅した。狭いJazz喫茶の中で流れる「追憶」のピアノの響きは、私の青春時代の心の揺れを、再現させてくれるようだった。20代に返ったような勘違いに秘かに酔いながら。

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April 15, 2008

大津英敏画伯・日本芸術院会員御祝

昨日は、帝国ホテルで開催された、三池高校の先輩・大津英敏画伯の日本芸術院会員就任祝いに出席した。

作家の辻井喬さんや、著名な、堺屋太一さん、西郷輝彦さん、宮崎緑さんなども出席されていて、素晴らしい御祝の会だった。私にとっては、大勢の芸術関係者の集まりに、とても新しい刺激を感じた。

大津画伯は、娘さんの子供の頃の絵が有名だが、娘さんのモチーフは、岸田劉生以来と来賓の方のコメントがあった。改めて凄い画家なんだなと思った。

辻井喬さんの「終わりからの旅」の挿絵を大津画伯は描いておられるとのこと。これも素晴らしい組み合わせだと思う。昨日は、何だか、とても豊かな気持ちになった。

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April 01, 2008

延命動物園の出会い

昨日、九州旅行(4日間)から帰って来た。鹿児島、山鹿、大牟田、柳川と旅し、沢山の再会や、小さな驚きに感激の旅だった。

子供時代に行った、地元・大牟田の延命動物園のアシカのプールが懐かしく、ちょっと入ってみた時、園内で、大変な驚きの出会いがあった。動物園の園内で、一人で歩いてらっしゃる人が、どこかでお会いした人だと思って、御互いに気づいた。

昨年6月、東京の三池高校同窓会で、名刺交換させて頂いた方だと思い、大津先生ですか?と声をかけた。今度、日本芸術院会員になられ、4月14日帝国ホテルで御祝レセプションが計画されれている、三池高校出身の画家、大津英敏さんであった。今回は、大牟田で、御祝の会が開かれ,帰省されていたとのこと。今度描かれようとしている、ホワイトタイガー(ベンガル虎)を見る為に、ちょっと動物園を訪れたとのことでした。

私は、昨年同窓会でお会いしたばかりだったが、4月14日、帝国ホテルのレセプションに参列する予定をしていたので、この偶然の出会いに、それはもうビックリ。 帰りに書店で、日経ポケットギャラリー「大津英敏」を買って、大津先生の絵を、沢山鑑賞した。

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March 27, 2008

森・星・雪の優しさ

昨日、帰宅後たまたま見たTVで、森・星・雪について、こんなに芸術的に美を表現できるだろうかと思うほど、余りにも感動的なシーンの話に、吸い込まれるようだった。

子供時代に親の離婚で、実の母に虐待された少女の話で、家の中に居場所が無くて、近所のバス停で寝た時もあったと云う。寒い日、もうこのまま死んでしまって、朝、目が覚めなければよいのにと思ったと云う。

その時、目が覚めると、森や星や雪が、とてもきれいで、とても優しく見えたと云う。一人ぼっちでなく、森や星や雪が友達のように思えたと云う。

そして、成人した今、虐待した母親に対して聞かれると、愛憎の憎が悲しみに変わり、悲しみが情に変わったような気がすると云った。私は、この話に、高僧の話を聴く思いだった。

家出をして、少女が、心細い気持ちで見た、森や星や雪が、どんなに美しかっただろうかと、強い共感を覚えた。

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March 08, 2008

歌も旅の情景

昨日は、懐かしい家裁調停委員の懇親会が、大変楽しかった。横浜・馬車道のレストランで会食の後、久々のカラオケの二次会。若者達のグループが賑やかに歌うように、約1時間半、11名のメンバーで、途切れなく、それぞれの持ち歌を、歌い続けた。

何だか、大学時代のクラブ活動時代のような雰囲気だった。

色々な歌の歌詞の意味は、今は何倍も深く感じることができ、歌のメロデイーと詩は、小さな旅の連続のようだった。


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February 23, 2008

文学者に囲まれて

昨日会社の帰り、新宿で開催されている世界ペンフォラムの夜の部の原爆に関する朗読劇を見て帰った。

20時頃終了の後、会場のロビーで、作者の井上やすしさん、大江健三郎さん、浅田次郎さんが、ほんの4m四方くらいの距離の中に、帰る観客の中に紛れて知人達と話しをしていた。

私は、はっきりと、三人を見て、その三人の近くにちょっといた自分が、嬉しくなった。文学者に囲まれてって感じ。その場所は、一瞬だったが、はっきりと違った空気が流れていたように思う。

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February 14, 2008

俳句の絵画

先日NHK俳壇の特集でメモした。

「降るように、触れくるように、虫の声」、「秋の山、四五人の声、一列に」

「校塔の、律義な時計、夏休み」、「産声の、光となりて、白障子」

「苗売りの、明るき声も、買いにけり」

私は、これらの句から、私が描く風景が、それぞれに細かく浮かんでくる。見回して見ると、風も輝いている。

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November 11, 2007

自然の美の訳

「自然全体」「生命」が完璧な自己犠牲の世界だと云う。

住職は、蝉が、虫の状態から脱皮して行く様を例示された。蝉の脱け殻を見なさいと。

吐く息、吸う息を想いなさいと。

自己犠牲と云うと息苦しくなるが、吐く息・吸う息を考えると、蝉の脱け殻を考えると、自然界は大きな自己犠牲の営みを繰り返していることが感じられる。

その自己犠牲が故に、自然は美しいと住職は答えてくれた。

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October 31, 2007

柿の朱色、晩秋の田舎の光景

「熟れ柿や 今もそのまま 鳥屋豚舎(とやとんしゃ)」、長崎の京泊の昔見た半農半漁の母の故郷の村を想い出す。

「花嫁の また振り返る 柿すだれ」、九州の田舎の遠い昔の、姉の嫁入りの頃を想い出す。

「島沈む ほどに成りたる おけさ柿」、佐渡島の山と畑と、海に映えるすずなりの柿を心に描く。

数日前に、NHK俳壇で聴いた俳句を手帖に記録した。

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October 05, 2007

宝塚とシャンソン

先日会社帰りに、大手町の赤レンガ文化サロンと云う行事で、元宝塚の鳳蘭(おおとり・らん)さんの歌を初めて聴いた。歌手って吟遊詩人だなって、初めて感じた。

鳳蘭さんの感情を込めたシャンソン、それは心にグッとくるものがあった。貧しい画家の恋の物語・ラポエム。

愛の賛歌など、馴染みの曲も、今までと全然違って感じた。

宝塚の話もシャンソンも、一瞬にして、会社モードの気分から、別世界に連れて行ってくれた。

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October 04, 2007

自然の移ろいに魅せられて

湘南写楽写真展と云う催しを、先日横浜西口の神奈川県民センターで見た。

棚田の朝、秋色のハーモニー、爽寒の朝、夕照、黄金色の波、稲干し、雪の竹林・・・・など、見終わったあとは、もう表題を見るだけで、くっきりとした、人生の美を彩る情景が浮かんで来る。

そのような光景を求めて、三蔵法師のように、修行の旅をしてみたい。

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October 02, 2007

新聞の俳句が誘う、母との時間

「子雀の巣立ちのあとを見上げけり」

「緑陰にルノアールのごと憩いける」

新聞で見かけた句に、母の人生への想いを馳せた。

また新聞には、作家の遠藤周作氏が、母にいつも「大器晩成です」と声をかけられて育ったことも書いてあった。私の母もよくそう云って私を育ててくれた。遠藤周作記念館のある長崎県・外海町は、私の母の故郷・京泊のそばにある。

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September 17, 2007

驚きを求める画家、堀文子さん

蜘蛛の巣の精緻な造形に感動する境地の画家、堀文子さんのことを昨日TV新日曜美術館で知った。自宅の庭の蜘蛛の巣にちょっと霧で水を吹きかけ、蜘蛛の巣を浮び上がらせ、その美に感嘆されていた。

「人間の人為的にやることなど、この小さな虫のやることの足元にも及ばない。」

確かに、彼女は、宇宙の美を、身の周りに見出している。枯葉の落ちる森の絢爛たる美に対する表現は、私は、禅の住職に聴く話しのように感動した。

秋、冬を向かえる前、死を命じられた葉の、清らかに、ハラハラと舞いながら、絢爛と落ちる様は、確かに素晴らしい。生も死も超越した、宇宙の賛歌ではないか。もうすぐ、紅葉の季節。素晴らしいことに気付かされた想いがした。

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September 09, 2007

建築家・伊東豊雄さんの講演

先日、大手町興業クラブで、建築家・伊東豊雄さんの講演を聴いた。彼は、現代社会の経済・情報の効率の為の幾何学的形状の建築、即ちビル・マンションに、対峙するかのような、自然の持つ経済・情報的には極めて不効率な、自然を模した建築に憧れている。

新幹線は目的がはっきりしている乗り物。時間・目的地・スピードなど。だが、彼の話を聴いている内に、人生や自然は、何だか分からない漂うような時間・空間があると確かに私は思った。

自然界には無いまっ平らな平面の床のオフィスや、自宅の床に住み、角ばった間取りに住み、慣れて来たが、遺伝子は、洞窟や、木の上の家に憧れる人間。地面も丘のようななだらかな曲面も楽しい。ウサギみたいだ。洞窟から灯りを見るような、隠れ家のような棲家にも憧れる。

伊東豊雄さんの建築には、自然界の中で、外にいるのか中にいるのかが分からなくするようなものがあると云う。仙台のメデイアテイークと云う市民集いの施設?、表参道のトッドハウス?と云う靴屋さんのビル とかあると云う。

台湾台中に2009年?完成予定か、彼のコンサートホールは、圧巻だ。彼の説明に、彼の芸術的な建築における表現力に驚いた。私にとっての印象は、モグラの穴の集合体のようなものの大建築で、世界でも歴史に残る、不思議な建築になると思う。そして、彼も、禅の修行のように、自然・宇宙についての悟りに近づいて行くのだろうと想像する。建築家の幸せは、自分の心の変遷・高揚など自分の人生を、建築として後世に残せることだと思う。今後、私は、彼の建築を見て回ろうと思った。

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September 03, 2007

西行と芭蕉

武士出身の西行は、始承4年(1180年)、63才の時、伊勢二見が浦に草庵を結び、心澄むような質素な生活をしたと云う。くぼみのある石を硯にした西行を、芭蕉は敬慕したと云う。

奥の細道の旅のあと、二見が浦を訪れた芭蕉は、「硯かと拾うや くぼき石の露」と詠ったと云う。

昨日の日経の朝刊の文芸欄に牧内さんと云う編集委員が、この句を紹介しておられた。

私は、歴史を超えて、この二人の競演に、心しびれる感動を覚えた。

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August 24, 2007

圧倒的な夜空の句

「名曲を、夜空へ解(ほど)く、天の川」

「牛舎の灯、消せば圧(お)し来る、銀河かな」

数日前、朝のNHK俳句でメモした。

圧倒的な夜空。そんな夜空を時々、見たい。 

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August 17, 2007

歌は人生の必需品?

TVのアラビア語の講座の中で、エジプトの貧しい農村出身の詩人が話してくれた。彼は、貧しい農民に伝わる労働歌を、方言で詩に詠う。

ロバに押された荷車のあとから、麦の落穂を拾って歩く貧しい子供の情景も浮ぶ。綿花を摘んだり、麦踏みをする農民達の情景も。

農民達は、辛い労働をしながら、その労働の辛さを分かち合うかのように、歌を唄ってきたと云う。そして子供達も、誰に教えられるでもなく、親達の歌を覚えてきたと云う。

それは、深い人生の歌であり、人生の必需品だと云った。方言で詠われる詩に、生活の重みや、深い想いが伝わり、ほのぼのとした気持ちになった。

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August 03, 2007

一言文学

一言で情景が浮ぶような一言文学がある。

"貧しくて、行けなかった修学旅行"

"母と共に行ったキャバレーの面接"

"上京の日、工事現場の母がくれたクシャクシャの千円札"

"人生の最期に選んだ、子供達とのデズニーランド"

言葉には、密度がある。もうそれ以上云わないで下さいと頼みたくなるほどの、人生の傷みが伝わって来る。

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August 02, 2007

「あめんぼう」

「あめんぼう」が、長い足を巧みに動かして、水面の上を滑るように歩く様を、子供時代にはよく見た。

何だか、夏らしく、アニメの世界、お伽話の世界に誘われるような光景。

カエルが、水面から目だけ出してる光景も最高。ポチャンとまた、水音を立てて潜る。

人生が、美しい色取りの大自然の中で、アニメの中で展開している。


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July 09, 2007

へぎ板の美、漆工芸

昨日、日曜美術館で漆工芸家、角偉三郎のことを知った。

家庭のまな板よりちょっと小さめの大きさの、自然にたわんだような、歪んだ木の板を皿替わりにして、その上に寿司をのせてある光景をTVで見た時、思わず、「わっ」すごいと思った。のっている"にぎり"が何十倍も美味しそうに、将に"和の美"を見る思いがした。

軒下に捨てられているような、ぼろい歪んだ木の板に、美を見いだし、漆を塗り、寿司を載せる"へぎ板"を創った芸術家。自然の木の板に、透明っぽく、かつ茶色っぽく塗られた漆が、和の品格を醸し出し、将に感動であった。

これを"へぎ板"と云うことも初めて知った。真っ直ぐのまっ平らな、機械的な寸法の木の板なら、感動は無かっただろう。 新たな美の世界に気付かせてくれた角偉三郎に感謝した。

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July 07, 2007

不易流行、芭蕉

昨日、嵐山光三朗さんの不良定年の薦めとか本を読んだ人から、芭蕉が「不易流行」と云う言葉を弟子に教えたと云う話しを聴いた。

不易とは、自分の主張を持つと云う意味らしい。つまり、「頑固にかつ流行に乗る」と云ったニュアンスの言葉と云う。自分独特の深い人生観を持ちながら、かつ世間と調和して生きる生き方である。

そして、「古池や蛙飛び込む水の音」の句に、深い人生描写があるとの説も聴いた。静寂の水面に、蛙のポチャンと云う波が起き、そして水の波紋は広がり、また静寂の水に帰って行く。宇宙に、ポチャンと云う水音と波紋を残すことを人生に例えてている。

"蛙飛び込む水の音"に人生を描写か。ちょっと芭蕉への理解が深まった想いがした。

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July 01, 2007

東急線8000系との別れ

今日の昼、東急線の白楽駅の踏み切りを渡るときに、沢山の鉄道マニアが、駅や踏み切りそばに集まっているのを見た。近寄って、何が通るのですか?と聞いてみたら、「8000系の車両が通るのです」とのことだった。

私は、鉄道マニアの気持ちは余り分からなかったが、目の前で、熱心に車両を待つ人達を見ていたら、急に知りたくなり、一緒に車両を待ってみた。10年くらい走り続け、これで姿を消す車両に、最後のお別れを、最後の勇姿をカメラにおさめているのであった。

日常乗る電車の車両のことなど、ほとんど漠然としか見ていなくて、気にもしていなかった車両も、これが、最後と思うと、確かに、一期一会のような緊迫感や愛着感が湧いてくる。慣れ親しんだ人生の光景が、今一つ消えて行くと思うと、確かに、この人達も芸術的な感性で、車両を写真にとどめているのだと思った。

8000系の車両は、角ばって、心なしか弱々しく疲れたような銀色の車体を表し、渋谷方面と消えて行った。車両を写真におさめる人達は20代から30代の男性が多いが、彼等は、消え行く車両の持つ、哀愁や栄枯盛衰、美などを
身体で直感して、カメラに向かっているのではないかと思った。 突然の日常で出遭った何気ない、8000系との別れであった。

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May 13, 2007

江戸小唄・端唄

昨日午後、初めて愛宕山古典芸能祭に行ってみた。550年前に大田道灌により建立された愛宕の青松寺の境内や、愛宕神社の境内で、江戸小唄、端唄、三味線、落語、踊り、狂言、能などを聴いたり、見て回る事ができた。

小唄、端唄は、江戸や上方の粋を感じさせて、へー、江戸時代の人は、こんな事を考えたり楽しんでいたんだと、改めて気づいた。 野村万作・萬斉の狂言「彦一ばなし」は熊本の方言を使った、河童、天狗の話で、狂言は、とても面白かった。

午前中ガイド研修に訪れた水天宮は九州久留米からの由来の歴史や、河童の話もあり、東京にはロマンに満ちた日本文化の世界も同時に広がっている事を想った。

職場で見慣れた愛宕の森タワーの脇で、歩いている姿を偶然見掛けた和服美人が、何と上方端唄の藤原ふく葉さんだった。後で、ステージやパンフレットで見て、やっぱりと関心したり、昨日は、まったく非日常に飛び込んだ1日だった。


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April 30, 2007

~ちゃんのお父さん

アラブでは、子供の名前の前にボ(Bo)をつけて、゙ボ・アハメッド゙(Bo Ahamed) とか呼びかけることがある。 これは、親しい友人どうしで使う、呼びかけの言葉。

「アハメドちゃんのお父さん」と云う意味。「~ちゃんパパ」とか「~ちゃんママ」と云う感覚。

これが、アラブ人どうしのE.Mailの中で、よく見かける表現。自分の名前でなく、子供の名前を使って間接的に当事者に呼びかける。何か、ほのぼのとする、名前の呼び方だと思う。

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April 23, 2007

壮絶な和歌

JR東日本の"トランヴェール"と云う車内雑誌の4月号の冒頭に、内館牧子さんのエッセイがあり、壮絶な和歌を紹介してあった。

「吾れ死なば、焼くな埋(う)むな、野にさらせ、痩せたる犬の腹肥せ」。”私が死んだら、焼く事も埋葬することもするなと云っている。野晒しにして、腹を空かせた野良犬に食べさせてくれ”と云っている。この歌の作者が小野小町ということで、また仰天した。 

クレオパトラ、楊貴妃と共に世界三大美女とたたえられた美貌の歌人の歌である。「花の色は移りにけりな・・・」の歌人が、このような歌も詠んでいたことに、どのような人生だったのか、はかり知れない人生を思った。

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April 10, 2007

"時"を描く、福田平八郎の絵

雨が降り始めた屋根の瓦を描いた絵に何故か心惹かれる。一昨日のTV日曜美術館でも紹介された福田平八郎の"雨"と云う題の絵である。

降り始めの雨の水滴の様子を黒い瓦の上に描くことで、彼は"時"を描いている。

自宅のベランダから見える近所の家の屋根の瓦を見る度に、この絵と"時"を想う。

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March 05, 2007

"積極的に美味しい"

昨日、東京シテイーガイデド 9人で、馬込文士村を見学した時のこと、歩きながら、初参加の米沢出身の男性と、質素な日本食も美味しいと云う話になった。美味しい様を"それは、積極的に美味しい"とおっしゃった。

"積極的に美味しい"とは、考えもつかない、曲芸的表現、アニメ的で、また意思を持った美味しさの表現だと思った。思わず、聞き返すような斬新な表現に感じた。

高級な食材でも、雰囲気が悪いと、"消極的に美味しい"ですねと、私も切り返した。

積極的に美味しいものを、積極的に大切な人と一緒に、「美味しいね」と云って食べられたら、どんなに幸せだろう。

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December 17, 2006

初めての歌声喫茶

昨日、人生で初めて、新宿の歌声喫茶"ともしび"に行った。東京シテイーガイド文学グループ有志7名。歌声喫茶は、何十年も噂に聴いていたが、敢えて無理してまで行くほどの場所ではないと思っていた。

行ってみると、私が上京した1970年ころの東京の雰囲気があり、美しい歌のオンパレード。昔聴いたメロデイーに、またその歌詞に、深い人生の味わいや芸術性を感じた。歌っていたら、何か民話を聴いている時のような、穏やかな好奇心が心地好かった。

私が大学卒業後、新潟で勤務、二人部屋の寮に住んでいるころ、九州の母がくれた手紙に、幾山河隔てても心は繋がっていますとの文があったことを想い出した。ロシア民謡”灯火”に「♪海山はるかに隔つとも、二人の心に熱く燃える、こがねの灯火とわに消えず」の歌詞を見つけ、母が確かにこの歌を愛唱していただろうことを想った。

「♪帰れ帰れもう一度、命かけたあの夢」、山の娘ロザリオのメロデイーの懐かしさ。そして、最近この歌声喫茶でも最高の人気になっている、「千の風になって」のCDを買って帰った。沢山の人生への想いを反芻させながら、歌声喫茶を後にした。


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November 13, 2006

空のポケット

先日、運動会をテーマにした俳句を手帳にメモした。

「玉入れは、空のポケット運動会」

「運動会、転がって行く ゆで玉子」

快晴の空と、地面にゴザやシートを敷いた上に座っての弁当の情景が浮かぶ。

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October 31, 2006

庭に宿る神

30日、宗教学者・山折哲雄さんが、京都おこしやす大学(半蔵門FMホール)で講義をしてくれた。

山折さんは、京都を訪れる人々が、何時間も庭を見て過ごす人も多いことに気づき、人々は、庭のかなたに、神々の気配を感じているからではないかと説く。それは、100年や200年で培われたものではなく、人間の心のDNAみたいなものではないかと云う。

仏像に惹かれるのではなく、庭に惹かれるのも、確かに自然への信仰心に他ならないかも知れない。

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October 25, 2006

空蝉(うつせみ)

昨日夜、平安時代に着た十二単(じゅうにひとえ)の着付けを、銀座ヤマハホールの「京都おこしやす大学」の講義で初めて見た。十二単と装束姿の当時の男女を見ると、幼い時代に見た雛人形を想い出した。一緒に父母の顔も浮かんできた。古い汚れた小さな雛人形だったが、何十年も昔の雛人形の顔まで想い出した。

十二単は着るのは大変だったが、脱ぐのはまとめて脱ぐので簡単だったと云う。十二単が重ね着のまま、優雅に脱ぎ捨てられている様を、宮内庁出身の方の説明では「空蝉」とも云ったと云う。

フェリス女学院、三田村雅子図書館長の説明で、源氏物語の世界を覗いてみた。

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October 10, 2006

"梁塵秘抄"

平安時代末期、後白川法王は、当時の流行歌・今様を集めて、"梁塵秘抄"と書いたと云う。日本の歴史で馴染んだ名前でも、名前の由来は、これまで知らなかった。

中国古代の歌手の歌声が、思わず落涙する程の美しさとであったことを表現した由来だと云う。

梁(うつばり)に溜まった細かい塵(ちり)、声の響きに乗って舞い立ち、三日間も落下沈着しないほどだ。梁の塵が舞い上がるほどの美しい歌を集めた大切な本であると云う名前の由来とのこと。

一昨日の合唱団のコンサートの曲名に"秋来ぬと"と云うのがあり、"梁塵秘抄"よりと解説があった。

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October 09, 2006

"空の名前"、"結い立て"

暁、夜明け、東雲、朝焼け、筋雲、羊雲など、"空の名前"が、ピアノと女性コーラスで流れてきたらどうだろう。辿ってきた人生の情景が、想い出され、神秘的な空間に入り込む。 曲の信長貴富氏の解説に、多彩な空の表情を鮮やかな音のパレットで描いたような曲にしたいとあった。私は、故郷の裏山で夕暮れに母と見た空、姉と見た空を想い出した。

昨日、日本女子大の卒業生の方々が1964年に結成された伝統ある合唱団の定期コンサートに初めて行ってみた。確かに、素晴らしいものであることがわかった。

混声合唱に"ゆったて哀歌集"(五木宏之 詩)と云うのがあった。"結い立て"とは、会津地方の言葉で、山道などの立ち木に「私は今ここに来ています。あなたとお会いできずに」と結び残しておく置き文のことらしい。人生には、このような哀切な場面がある。多くの"ゆったて"は、相手に届かず、空しく残されたままになっている。その哀しみを歌うと解説にあった。

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October 04, 2006

柿本人麻呂

JR西日本の奈良旅行のパンフレットに、東大寺の頭上に輝く秋の月の写真が載っている。

そして、「天の海に、雲の波立ち 月の船 星の林に 漕ぎ隠る見ゆ」と云う歌がポツリとある。 柿本人麻呂の作。

月を舟に見たてる心が風流で、しびれる。

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August 13, 2006

母の短歌

「今日こそは 死なんと思い 不図みれば ラジオに合わせ 踊るおさな子」

大正6年生まれの母が、満洲で2才の男の子と二人、ロシアの捕虜になり、畑の労働させられていた頃の歌と弟から聞いた。日中は子供と引き離され、結局子供はジフテリアで死んだ。前の夫との間の子供だった。前の夫は、結核で、終戦直前に内地の病院に送られ、母と幼子が満洲ハルピンに残されている時に終戦、地獄の日々が始まった。

その母が逃亡を経て、生きのびて、日本に帰って来てくれたが故に、日本で、同じ満洲(鳳城)からの引き揚げ者の父と知り合い、私が生まれた。弟によると、夫婦が死別したものどうし、短歌の同人誌のような会で知り合ったと云う。

亡くなって13回忌に知る母の短歌。そのころのハルピンの情景を想う。必ずハルピンを訪れたいと想う。

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August 05, 2006

若冲と江戸絵画展

米国の日本美術コレクターのジョー・プライス氏の収集品の公開「若冲と江戸絵画展」が上野の国立博物館で開催中である。プライス氏は、独自の審美眼で、江戸時代の無名の奇想の画家の絵を買い求め、「若冲を蘇らせた米国人」とも云われる。

今回の展示で驚いたのは、プライス氏の光の演出。屏風絵に朝のような柔らかい光を当てたり、光の度合いを上げたり弱めたり、角度を変えたりすることで、その、屏風絵を実際に見ていた人が、1日の中でどのように見ていたか、四季折々の中でどのように見ていたかがわかる演出である。

同じ絵が、光の状況で、色々な表情を見せてくれる。動かない絵画でさえもこのように光の加減で変化することを想うと、人間と云う、変化している生きものが、毎日どれだけ激しく変化する様を外に見せているのだろうと想う。

雪の舞う山道に、2人の従者をつれた貴族が馬に乗り立ち止まっている屏風絵(酒井抱一作)に当たる淡い光の変化の中で、「駒とめて 袖うちはらうかげもなし 佐野の渡りの雪の夕暮れ」と云う藤原定家の歌が幻想的であった。

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July 06, 2006

民話 & 星空

麦藁屋根の家の囲炉裏を囲んで、飴色の木の色を見ながら、村の長老から民話を聴く。 外はプラネタリウムのような星空。 そんな光景は、経験したことはないが、想像するだけで、豊かな気持になれる。

自分にも語れる民話を、何か覚えたくなる。去年、雲仙を旅した時に知った民話も好いな。覚えて、親戚の子供に話してみようかとも思う。

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June 22, 2006

静けさの感動、ノーテレビデー

もとNHKデイレクター清川輝基さんの講演を聴いて、現代の電子メデイア漬けの子供達の脳や心が壊れて行く危険を感じた。

日本の小中学生は1日6時間以上、TV ビデオ パソコン等の電子メデイア に時間を使っていると云う。即ち年間2200時間。 一方、授業は50分授業を1時間とみて計算しても1100時間と、電子メデイアの半分。

電子メデイアは、脳の前頭前野を使わないから、思考や人間らしい反応がなくなっていくと云う。視線が合わせられない無表情の子供達も増えていると云う。子供達の心が壊れていく。

昨日朝から、私も試しに、TVつけない生活をしてみた。何とも云えない、静けさに、小鳥の声、雨の音など、感覚が鋭敏になるような感じがした。静けさの感動もあることに気づいた。

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June 19, 2006

画家・高島野十郎の衝撃

今、三鷹美術ギャラリーで、高島野十郎と云う画家の没後30年展が開催されている。彼は今思えば凄い才能でありながら、生前無名だったことが不思議でしょうがない。画壇に属さず、清貧に甘んじた生涯であった。生前は無名であったが、1986年福岡県立美術館での個展、1993年のTV日曜美術館等で世に知られるようになったと云う。

彼の絵は、初めて見た時、まさに衝撃を受けると云った感じだった。彼は、描くことを、まさに生きている証のように描いた。 彼の絵には、人生を厳しい修業にとらえた様な凄い緊張感が漂う。

蝋燭や月、桜を好んで描いた。彼の絵を見ていると、人生の深い味わいが、押し寄せる波のように迫ってくる。私の故郷福岡県大牟田市のそばの久留米出身に、このような画家がいたとは衝撃だった。同郷の有名な画家、「海の幸」の青木繁に優るとも劣らない迫力であった。

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June 18, 2006

違うと感じる力、感性

「違う」と感知するのが感覚の力。動物は感覚が鋭い。自然の中にいると感覚が磨かれる。現代人は、感覚を縮小していく世界に住んでいる。

「同じ」と感じるのが社会生活、都会生活。「同じ」の感覚を発展させるのが科学。同じの感覚の象徴が「言葉」「お金」。

「お金で買えないものは無い」と云う人の発想は、お金で買えるものしかみて来なかった人生。そこで、私は思った。お金で買えるものしかみて来なかった心には芸術は存在しない。

昨日夕方、新潟から横浜ヘの帰りに、東京で養老猛先生の講演を聴いた。 「違いがわかることが感性」との彼の言葉に、自分の考え・芸術論が整理された。

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March 25, 2006

花見ならゴザで

まもなく、桜のピンクの列島になる、美しい国、日本。心ゆくまで、その色を味わいたい。

ある人が、桜の名所等でよく見かける青いビニイルシートを敷いての宴席に興ざめするので、せめて花の下では、茣蓙(ゴザ)にして欲しいと云っていた。

確かに、桜を愛でる行動にも、人々のなかでも大差がある。サラリーマンの職場の花見は、花を愛でるより、仕事の延長で、美の鑑賞には縁遠い観がある。それが周りの、真に桜を愛でたい人には、興ざめになることも多いだろう。

芸術や美を、真に味わうには、一人静かに、その芸術や美と対峙できる環境が大切だと思う。そうすれば、桜の名所ではなく、自分が、こっそり見つけた、名もない近所の桜が、最高の美かも知れない。

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March 16, 2006

萌えいずる春

「岩ばしる、垂水(たるみ)の上のさわらびに、萌えいずる春になりにけるかも」、昨日訪れた友人の家の和室の掛け軸に書かれていた万葉の和歌。 障子を開けると、庭には白い梅の花。

「そうだ、京都ヘ行こう」とJRのポスターみたいなことを口走りたくなる気持になった。

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March 15, 2006

横浜駅西口建築の名所

JR横浜駅西口のTower of Winds(風の塔)を見たいと、ノルウェーから日本の建築を勉強に来たゲスト(友人の娘さん)に云われ、横浜の住人の私は、何のことだかわからなかった。

調べてみると、タクシー乗り場の前にある、伊藤豊雄設計の地下駐車場換気塔のことであった。1986年、設置当時は、内臓された各種センサーに反応し、光がダンスを踊る仕掛けがあったそうだが、現在は、電気代や維持費の問題で稼動していないとのこと。有名な建築なのに、人知れず埋もれてしまった感じである。

何気なく、通り過ぎる街の光景のなかに、知らない出来事が、沢山詰まっている事がわかった。

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February 12, 2006

冬の情景

昨日の朝のTV番組の短歌・俳句で、心に残る句をメモした。 冬の情景の寒さに、人の暖かさが映える。

「こうこうと鶴の啼く声かなしけれ、いずれの空や恋い渡るらむ」 ー昭和2年の岡本かの子作ー

「民話でも 読もうか 雪が深いから」

「オリオンの かぶさってくる 寒夜かな」

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January 14, 2006

相田みつを、金子みすずの言葉

「もう安心、あなたの顔が見えたから 」・・・・ この相田みつをの言葉は、母の顔、父の顔など心の支えになる人の顔を想い出させる。 何も云わなくても、存在するだけで 励ましてくれる存在、心に描くと幸せな気分になる。

そして、金子みすずの言葉も想い出す。 「私が淋しい時、母はやさしい。 私が淋しい時、仏さまは淋しい。」

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December 29, 2005

押し花のメルヘン

横浜の神奈川区役所のロビーで、小さな美術館・押し花展に足を止めた。 「おむすびころりん」「森の小人」などの題で、小さな押し花が集まって、リス、ウサギ、森、フクロウなどを造っていた。切り株、小人、落ち葉、空を飛ぶ雁、蝶などもあり、お伽話しのようなメルヘンの世界を造っていた。

作品を見ていたら、急に人生の可愛らしさのようなものを感じた。"花こころ・詩こころ"と副題がうってあった。区役所での幸せな驚きだった。

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December 26, 2005

イサム・ノグチの人生

新日曜美術館で、彫刻家イサム・ノグチのことを詳しく知った。 彼は1904年米国生まれ、日本人の父、米国人の母を持つ彼は、戦争に翻弄され、日本にも米国にも居場所がなく、抽象彫刻・建築に自分の表現の灯りを見出した人でした。

実力は世界的に認められながらも、想いを込めた広島の平和記念碑の設計は、米国人だからと拒否され、米国でも、平和のモニュメントが真珠湾攻撃をした日本人だからと拒否されて来た。 彼は、芸術で国境を超えたかった。

その彼が、84才の生涯を終える一年前に、札幌のモエレ沼公園のデザインを完成させて、その想いを実現させた。札幌のモエレ沼公園は、空へと続く石段がある。 11月、初めてモエレ沼公園を訪れた時は、まだ詳しく彼の人生を知らなかった。 今度、また、じっくり彼の作品を味わいたいと想った。

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November 30, 2005

演奏は恋愛?

28日の朝日新聞の時の墓碑銘欄に、カナダのピアニスト、グレン・グールド(1932~82)の言葉が書いてあった。「演奏は競技ではない。 恋愛です。」

彼にその場の興奮に身を任せる闘牛場の観衆は不要で、静かにピアノと向かうくつろいだ密室こそが必要だった。 との解説。

"演奏は恋愛"とは、何と素敵な表現かと思った。 人生のひとときも"生命との恋愛"と感じられたら幸せだろうと思った。

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November 25, 2005

青木繁"海の幸"

九州(大牟田)から帰る途中、久留米、初めて石橋美術館ヘ立ち寄った。 そして、青木繁画伯、坂本繁二郎画伯の絵をみた。 青木繁の人生には、ずっと惹かれる。そして、"海の幸"は、もっとも心惹かれる。

彼は、千葉館山の布良の海岸で、この"海の幸"を着想した。 その布良の海のそばに、私がよく訪れる坐禅道場、能忍寺が在る。 なんだか、青木繁の研究をしたくなって来る。

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November 02, 2005

蛍の墓

昨日、23時に帰宅した時、TVで"蛍の墓"をまだやっていた。 21時からあることは知っていたが、私はこの物語が、哀しくて見るに耐えられず、見ないつもりでいた。 それでも、家にいると、終りの部分をやはり見てしまった。

幼い妹、節子を栄養失調で亡くす兄の気持が耐えられないのだ。 亡くなる節子の楽しい時や病気の時の表情、言葉、仕草がたえられrない。 人生の過酷さ、人の愛しさを、これでもかと云うほど感じさせる。

節子の表情に、私はS59年生まれの娘、S36年生まれの弟、S27年生まれの妹、そして大正6年生まれの母のことも想い出す。

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September 10, 2005

美の航海

初めて、桂離宮を見て、「泣きたくなる程の美しさ」と表現した、ドイツの建築家ブルーノ・タウト(1880-1938)の事を知った。 1933年、敦賀港に着いた翌日に桂離宮を見学し、日記にそう記したと云う。 日本建築の世界的奇跡と絶賛したと云う。

そんな、桂離宮を、私はまだ見た事がない事を恥じた。

「美の航海者」ブルーノ・タウト。 晩年はトルコのボスフォラス海峡を見下ろす自宅で亡くなったと云う。 人生を、美の航海であったと云える人生に、・・・・・ 感服。

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September 04, 2005

朝日俳壇

先日、新聞で見た 俳句が とても心に残った。 ー8月29日の朝日俳壇からー

「煤(すす)けたる、梁(はり) 縦横に土間 涼し」

「田を走る 風 美しき 帰省かな」

「我一代 鳴く蝉 四十五代かな」

私が、選んだ特別な思いの句です。

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June 20, 2005

"新日曜美術館"の魅力(蕪村)

昨日、TVで"新日曜美術館"を見た。 蕪村をやっていた。 学校で習った蕪村にはない、蕪村の魅力に触れた。

京都の北村美術館所蔵の、蕪村の「鳶、からす図」が心に残った。 降りしきる雪にじっと耐える2羽のからす、風の方を向き風に立ち向かう鳶の絵です。 静と動。 深い人生の味わいを感じさせる絵だと思った。いつか 本物を見てみたい。

絵画のような俳句と云われる蕪村の句。 13才の時 死別した母の故郷、丹後の国を訪れた時の感動を、「夏河を越す うれしさよ 手に草履」 と詠んでいる。 水の音が聞える。

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April 11, 2005

桜は5日間の客人

桜が咲いたら、もう桜と云う客人を送りだす時になった。 桜は5日間の客人、梅や桃も、小鳥も、虫も蝉も 人生の客人。 色々な客人を、心を込めて、もてなしたい。 自分も自然界の一部なら、そのような印象に残る客人になりたいものだ。 人の心に、鮮やかに残る、味わいのある客人になりたいものだ。 桜は5日間の為に、残り360日がある。 鮮やかであるためには、長い準備の期間がある。 鮮やかな人生の為に、コツコツと何かを準備できる自分になりたいと思う。

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April 04, 2005

IQと EQ(心の知能指数)

IQ(知能指数、intelligence quotient)は、EQ(心の知能指数、emotional quotient)に含まれると云う。 勉強するにも、心を育てるのが先か。 科学は客観性が命、芸術は主観性の産物だが、人間にとっては、科学にも入口は芸術。 今朝、布団のなかで、そんな事を考えながら、降りしきる雨の音を感じながら、目が覚めた。


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April 03, 2005

坂村真民 の詩

今日は、町内会の花見に行く予定。 そんな花見の朝、素敵な詩の一節に出逢った。

「一輪の花にも、季節の心を知り、 一片の雲にも、無辺の詩を抱き、一碗の米にも、労苦の恩を思い、一塊の土にも、大地の愛を感じよう。」

「あかあかと日は昇り、あかあかと日は沈む。 何億回と云う繰り返しなのに、その新鮮さ。」

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