December 25, 2009

年賀状締め切り対策、新作戦

12月25日までに年賀状を発信するために、昨日は、変わった対策をやってみた。

通勤電車に座っている時に、年賀状を書いた。会社の昼休み、銀行ATMで並んでいる時にも年賀状を書いた。交差点の信号待ちの時にも書いた。夜、立ち寄った地元のジャズ喫茶でも、ジャズを聴きながら書いた。帰宅後も深夜まで書いた。

これで、年賀状は正月配達のための25日締め切りに、大体間に合った。安心して、28日午後からの九州への帰省の旅に出れる。去年は年末の帰省の旅の途中にも、まだ年賀状を書いていた。今年は大改善。

昨日ほど、いたるところで、時間を惜しんで、年賀状を書いたのは初めて。交差点で信号待ち中にも書いたのは、我ながら、笑った。自分の行動が漫画みたいで、愉しくも思った。

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December 17, 2009

病める医師達への驚き、そして会社帰りの気分転換

昨日夜は虎ノ門で、医療関係の政治家の講演を初めて聴き、最近の医療現場の荒廃に驚いた。新人の研修医の約2割がウツ状態で、医療の厳しい現場に適応出来ず、精神を病んでいると云う。病人を、そのような病んだ医者がどうして治療出来るのだろうか?医療現場の深刻な危機に、唖然とした。そして、医師はもっと栄養学も勉強して、病気にならない予防の医療に力点を置くべきだとも思った。

その医療講演会の帰りに、銀座の行き付けのスナックへ久しぶりに一人顔を出した。昨日は会社で、英語で激しく議論し疲れたので気分転換に立ち寄った。

そこで、初めて会った、隣の中年の男性と、話してるうちに、私の人生哲学を話していたら、「九州の男は気骨があるねー」と云われて、何故か嬉しかった。

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December 08, 2009

レセプション&居酒屋

昨日夜、"日本・アラブ経済フォラム"のレセプションに参加し、初めて直島経済産業大臣の挨拶を聴いた。12月6日~9日、アラブ、日本の政府・企業・経済・メデイア関係の人達が今後の協力関係を考える国際会議が目白フォーシーズンホテル椿山荘で開催中。レセプションでは、顔馴染みの中東関係者も多く集まり、大体の中東に関する、ビジネスの近況を垣間見ることが出来た。

私は、ちょっと、フォラムがどんな雰囲気なのか知りたいのと、また、椿山荘が学生時代の外人観光バスの添乗員でよく行った場所で懐かしく、レセプションに参加した。

レセプションには30分くらいいて、すぐ、友人との待ち合わせの新橋の居酒屋へ向かった。新橋の居酒屋では、時を忘れる程、酒を飲みながら談笑した。目白でレセプションと、新橋の居酒屋のハシゴ、そんな組み合わせが、私には、新鮮だった。

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December 04, 2009

銀色の月、朝焼け、富士山が見える朝

今朝、6時頃、新聞受けに新聞を取りに玄関を開けた時、もう明るかったが、西の空に銀色の月が大きく、くっきりと輝いていた。東の空は、太陽が昇る前のオレンジ色の輝き。そして、おまけには、西の地平に富士山も見えた。

ひんやりとした冬の朝の空気が、ピリッとして、妙に子供時代に感じた冬の朝を想い出させてくれる。

「もう、参ったなー」と思う程、新鮮な、雨上がりの朝。

新たな一日の始まりとしては、申し分無し。そして、ところで今日は、何をする日だったっけと、予定を確認した。

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November 25, 2009

大学同窓・家裁調停委員の有志の会参加

昨日夜は、以前勤めた家裁の調停委員の、大学同窓の集いがあり参加した。今の私の日常には無い、新鮮な刺激を感じる集いであった。

翌日の調停のことが気になり、深夜2時頃、目が覚めることもあったとか、ある調停委員OBの方の発言は、何故か生き生きとした、頼もしい責任感を感じた。8年間の調停経験で、離婚を取り止めた夫婦は2組だけだったとかの発言にも驚いた。

私が調停を経験したのは2年半、私の意外な人生体験だった。私が関わった約100組の離婚調停の夫婦は、今頃、どうしているのだろうと想い出した。

私の人生はあっと云う間に終わらないように、色々な体験をする生き方に変えた。それが、7年前のことだった。想い出に満ちた人生になるように、生き方を変えた。調停委員の人との交流は、私の人生の転換点を想い出させてくれる。

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November 11, 2009

路上で、手旗信号を振る人との遭遇

昨日、朝、神奈川区役所に立ち寄るため、東神奈川駅前を歩いていたら、交差点の信号付近で、道路の反対側へ向かって何度も、右腕を上下に振り、何か手旗信号で合図をしているような、80歳前後の男性のご老人がいた。

ちょっと精神を病んでらっしゃる昔の軍人さんなのかとも思った。その雰囲気が、誰かを助けようと、手を振ってらっしゃるようにも見え、何か、有難くも、哀れにも見えた。

また、その光景が、私の想像で、周りの人々や風景に、最後のお別れに手を振ってらっしゃるようにも見えた時、何故か胸が熱くなった。

もし人生の終わりが迫ったと感じた時、この人のように、周りの風景や、人々に、堂々と素直に、サヨナラ、サヨナラと手を振ってお別れが出来たら、何と気持ちが晴れ晴れとすることだろうと思った。そんな時は、この人のように、子供が新幹線に手を振る時のように、人目をはばからず堂々と、好きな風景に、有難う、サヨナラと、大きく手を振れば好い。

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November 02, 2009

土日の小さな驚きのハンテイング

一昨日、午前中、恒例の神田古本祭りにでかけた。慶應大学・西岡秀雄先生の「気候700年周期説」を久しぶりに発見、懐かしさのあまり、即購入した。

昼は、満洲・鳳城会の関東地区の方々数名で銀座で会食。戦後生まれの私は、満洲で育った方々の話を聴くのは、とても嬉しい。父母の暮らした満洲を知ることは、私自身の人生の一部のように感じ、何故か心休まる。

夜は、綱島で、座禅とヴェーダンダ哲学の勉強。住職のヴェーダンダ哲学の話は、まるで、素晴らしい演奏を聴くようだった。

そして、昨日の午前中は、地元神奈川大学の文化祭。大学1年生のジュニア・バンドのジャズも、何故か、すごーいと感動した。若さの輝き。

午後は、ヒッポクラブの行事で先週に続き、東大駒場で、「言語と脳」に就いて、酒井先生の講義を聴いた。

沢山の小さな驚きは、2日間の休日を、2ヶ月くらい長ーく、感じさせてくれる。これが、私の、好きなパターンの生き方。健康と、小さな驚きを与えてくれる人生の日々の事象・出会いに感謝する。

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October 12, 2009

2009年・横浜ジャズプロームナードの頃、

昨日は毎年行ってる、横浜ジャズ・プロームナードに出掛けた。快晴の中、運動靴を履いて、山下公園付近や、みなとみらいの会場を、気ままにジャズのハシゴをして周った。道の脇にはベンチが並ぶ、海の見える歩道を歩きながら、この場面は、人生の大変な幸せなひと時であることを思った。

昼から、開港記念館、県民ホール、レンガ倉庫、ランドマークホール、みなとみらいホールと渡り歩き、夜21時に、秋吉敏子さんのピアノで終わった。もう横浜ジャズプロムナードに通って、10年くらいなる。私の、人生の、季節のアクセント。

ジャズプロムナードから帰って、不図TVをつけると、永山則夫死刑囚(1997年死刑執行)の人生を、ドキュメンタリー風に描いている番組の途中であった。極貧への糾弾の書、「無知の涙」のことも知った。どう生きて行くか判断も出来ない子供が、極貧の中で、感じる心理が痛いほど分かった。彼の獄中の心理、精神の変遷は、私が学ぶ、禅の修業にも似ていた。

ジャズプロムナードでは、ミュージシャン達が、生命の喜び・哀しみを歌いあげていた。そして、その日、私は、偶然、永山則夫死刑囚と云う、僧に出遭った気がした。全てが"私"であることを想う。 

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September 12, 2009

雀(すずめ)っ子

昔、中東勤務から帰任してすぐ、新子安に1年くらい住んだ時がある。娘が朝、子安小学校に通う時、私も通勤途上、一緒に歩いた。

集団登校の集合場所に小学生達が集まって来る。その中に、「すずめっ子」と、娘と二人であだ名を付けてた子がいた。今でも、付近で、集団登校の小学生達を見ると想い出す。

本当に、すずめみたいなイメージの子だった。娘と二人、今日は「すずめっ子」は、どうしたかなーとか会話しながら歩いた。娘と私だけしか通じない言葉の一つだった。

「すずめっ子」、何か、とても好い響きの言葉。あの時の「すずめっ子」は、今、どうしてるかなー。

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September 05, 2009

小さな善行の愉しみ、木枯紋次郎みたいに

昨日、通勤電車の席にやっと座れて、メモに目を通していたら、電車に妊婦さんが乗って来た。私は、ちょっと、気付くのが遅れたが、まだ座れたばかりの席を、即座に譲った。席を譲られた妊婦の方は、喜んで会釈して座った。

そして、私は、恩着せがましくならないように、また照れくさいので、わざと遠くに移動して立った。善行をして、さっとその場を立ち去る、すがすがしさ。「通りすがりの者でござんす」とか、木枯紋次郎みたいに思った。

そして、私は思った。あの妊婦さんは、きっと、「世間も優しい人がいる」と思ってくれただろうと。そうすると、穏かな、元気な良い赤ちゃんが生まれる。それで、日本の将来も安泰だとか・・・。

電車に乗りこんで来て、一瞬、誰も席を譲る気配は無かった中、私が席を譲って、妊婦さんにとっては私が神様に見えたかもしれないと思うと、内心、微笑んだ。大人げなく、クレヨンしんちゃんのように、「それほどでもー」とつぶやいた。

席を譲って、立ったままになっても、結局、気持ち晴れ晴れ。二宮尊徳の言葉、「譲って損なし」を想い出した。通勤電車の中で、一人芝居の大ヒーローって感じだった。好い一日の始まりだった。


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