March 04, 2026

日々緊張の世界情勢の中で、マイペースも、

イランとの米国イスラエル紛争は、日々緊張の展開だ。

その中東での石油に携わる仕事を今もしてる自分に、あらためて中東との縁を感じる。

緊張の世界情勢の中で、毎日通勤して、石油ビジネスの対応をしてる自分を、我ながら、頼もしく想う。

興味が失せないで、石油のビジネスをしている自分にも驚き。

そして、プライベートな時間も、十分確保して、人生として全体を味わっている。

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March 03, 2026

弾き語りのシャンソン歌手の逝去を悼む、

この15年くらい、弾き語りのシャンソン歌手、上原英里さんの各地(浅草、藤澤、四ツ谷、草加、神田など)の小さなライブに時々出かけて、いつも、すごい歌手だなぁと想っていた。

最近病気で急に悪化して、亡くなって、ショックだった。

歌の真髄みたいなものまで感じさせてたもらった。

技術を超えた、表現の世界でもあった。

性格もよく、沢山の長年のファンがいた。

何だか、しばらく何か、大きく欠けた感じもする。彼女の人生に感謝し、彼女の旅立を悼む。

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March 01, 2026

戦争の時代を生きて、

戦争は遠い世界の話だったが、2022年のロシアのウクライナ侵攻から、2023年ハマスのイスラエル攻撃と、2026年今回の米国とイスラエルのイラン攻撃と、とうとう、戦争に慣れてしまう時代に入った観がある。

世界史の中の、戦乱の時代に、自分も生きてると云う感覚を覚える。

戦乱は、歴史に対する学びを、刺激する。人類は、どのような新しい世界を作るのか!?

自分も人類の当事者として、どう生きるのか?が問われている。

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February 15, 2026

昨日、宇宙力を語る会(3人)発足、

昨日、禅の師と、仏教を探求する友人と3人で、仏教談義をして、大変高揚した。

母心、宇宙力、

数々の聖人達の言葉の意味を探る作業や、解釈の話は、大変、心地よい衝撃であった。

社会に、何かしようと云う意欲も湧いて来る。

法(真理)を学ぶ、縁の深さに、あらためて感謝した。

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January 20, 2026

何となく友達との時間の安らぎ、

先日、前の会社の同期生で千葉の軽い認知症の施設に入ってる友人を訪ねました。

何十年ぶりの再会、ただ同期生達(約30名)の名前を、ひとりひとり、二人で想い出し、声に出すだけで笑い合う時間、

穏やかな1時間でした。

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January 14, 2026

年頭所感、2026年

不図、ブログを想い出すと、今年はまだ、ブログ書いてなかった。

1/14になり、何が驚きだったか振り返ると、1/4の館山への旅、海紅豆から観る富士の綺麗だったこと。

仕事始めは、原油やナフサ市況の分析も順調に進んだ。ベネズエラ政変には驚いた。今進行中のイランの大規模デモも新たな政変の予感。

年賀状の長年の友人達との、久しぶりの懇親会のアレンジも進めている。

Chat GPTの威力には、仕事のはかどりに驚き。

活き活きとページをめくる2026年の日々。

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December 28, 2025

生涯現役の有難さ、

少し前まで、会社の定年は55才だった。今では65才で当たり前。

私が前の会社を辞めたのが50才の時(依願退職)。

もう、あれから20年以上。

転職したが故に、今でも現役。しかも、プレッシャーは、殆どない、むしろ世界のエネルギー情勢に生々しく関われることも幸せなこと。

有難いご縁だと想う。

そして、今、まだまだ、ワーク、ライフバランスを健康的に保ち、人生を味わって生きることができて幸せに想う。

そんな感慨の、穏やかな年末。

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August 23, 2025

給料500円(住み込み)とは、昭和35年頃、

近所の床屋さんのおばちゃん、住み込みで床屋さんの見習い時代(3年)は、給料がたったの500円だったことを、今日も理髪の時聴いて驚いた。

しかも、女将さんからこき使われて、ひどいパワはらだった話にもらい泣きするほど。

風呂も時々しかいれてもらえず、洗濯も洗濯板で、住み込み先の家族の分も、食事の世話も。しかも、自分の食事はほぼオカズ無し。ある時、台所にあったネギを味噌汁にいれて食べたら、「誰の許しで、そのネギを入れたのか!?」とこっぴどく叱られた話。、

こんな辛い住み込み時代を3年経てからの人生は、幸せが拡がったと云う。

石の上にも3年、3月後、遂に、飛び出して、別の床屋さんては、同じ住み込みで、1万円以上の給料も貰えて、住み込み先の御夫婦の優しかったこと。

想い出の話に聴き入りました。

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August 11, 2025

人生ドラマ、いくつかのシーン、

私が、悲しくて耐えられないシーンが、映画である。

ひとつは、「蛍の墓」

妹が、お兄さんに、何か食べるものを探しに行こうとするお兄ちゃんに、背中で弱々しく「行かんで」と云うシーン、もう死期が近いと悟った妹は少しでもお兄ちゃんの背中にいたかった。

もうひとつは、「ああ野麦峠」、女工として働き病んで、故郷に、お兄ちゃんに背負ってもらい帰る時、峠で、故郷が見えた時、「兄さ、飛騨が見える」

と言った時のシーン。

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August 09, 2025

原爆への想い

そう云えば、広島が08時15分、長崎が11時02分とは、最近改めて意識した。

B29がテニアン島を離陸した時間も、8月6日の01時45分.、当日の朝、同じ頃、起きてみた。当時の広島の朝の光景を想った。

ただ、それだけのことだけど、原爆への想いが、これまでと違って感じられた。

広島の死者14万人、長崎の死者が7万人、

その後の原爆症の人のピークが40万人、

そんなことを想う、8月。

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