May 04, 2018

「睡眠」即ち再生、復活、

「睡眠」の持つ神秘的なエネルギーを想う。

睡眠の後、またエネルギーが補給されていることの神秘。

眠っている間に、色々な、補修工事や点検を内部で、こびとのような細胞が働いているのだろうと想うと、感謝に絶えない。

整備された身体が、目が覚めて、朝から活動を始める。

操縦士は「こころ」、身体は、一日を動き回る。

一日を終えて、寝床に帰還して、また、整備の人(神様)に任せて眠る。

睡眠は、整備の人(神様)の時間。眠る前に感謝し、眠りから覚めた後にも感謝。

「睡眠」は、神様の時間、再生、復活の時間。

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April 25, 2018

サタン(悪魔)と神は種類が違うのではない、

「サタン(悪魔)と神は、種類が違うのではない。程度が違うだけ」

この哲理は、すごいと想う。

あらゆる対立が、ちょっと緩やかさの糸口が見つかる。

個がどんどん、全体の中に吸収されて行く。

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March 08, 2018

泣いてお母さんについて歩く女の子の姿に、

昨日、東京で船会社のレセプションに出た後の帰り、夜9時くらいに駅から自宅へ帰る途中、声をあげて泣きながらお母さんについて歩く3才くらいの女の子を見た。近づいて来るお母さんの表情は、女の子を突き放したような無視して、大人が普通に歩くスピードで歩いていた。

泣いてる女の子は、お母さんの歩くスピードに合わせるのに時折走るように、小さな足を小刻みにバタバタ動かして、お母さんを追って歩いていた。

私は、すれ違った後も、その母と子の姿を、振り返って、暫くのその後ろ姿を眺めた。私は、その女の子が哀れで、その心細さと恐いほどの悲しみが伝わり、私も、その突然襲って来た悲しみに当惑した。

その女の子は、今日は冷たく無視する母親の元で、泣き疲れて寝るのだろうと想うと、耐えられない気持ちになり、私は神に祈った。暗い夜道で、合掌して神に祈った。

お母さんが、優しくなるように、女の子に平穏が来るように。

時にジャングルの中に放り出されたような、心細い人生の場面を想った。

私に不図、人生の深い哀しみを想い出させ、祈ることしかない人生を想った。

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February 25, 2018

エゴの放棄、磁石と金属の喩え、

昨日の、住職の法話の中で、エゴの放棄の喩えが、大変心地よく心に残った。

私が船として、突然磁石の岩(神)に近づくと、船の金属(エゴ)は全部吸い寄せられて行く。金属(エゴ)がなくなった船は、バラバラになって自由に大海に浮かぶ。これが「大死一番」。

神の恩寵(うずき、法悦)が魂を縛っている金属(エゴ)を抜き、自由になって行く。

放棄には、厳しさは無く、冷たさも無く、苦闘も抑制も抑圧も無い。

光(神)に近づくことの心地よさを想う。

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February 22, 2018

人と組織の持つ個性との距離の意義、

毎日、意識して違った関心ごとのセミナーや、色々な仕事の人と会うと、目まぐるしくそれぞれの際立った個性や世界観があるごとを感じる。

人も組織も、同じところばかりに付き合っていると、飲み込まれて行く。

人や組織の持つ強烈な偏った個性が、他の人には違和感を与えて行く。心地よい違和感もあれば、落ち着かない違和感もある。

一つのことに熱心過ぎる人、夢中になってる人は、生き生きして幸せそうに見えるが、同時に病的な執着を感じてしまう。

真理を友とする、人や組織に流されない自己を持った生き方が私の安らぐところ。

人や組織に飲み込まれてしまっては、宇宙や真理からは遠ざかる。人や組織は、それ自体が「個」だから、「個」には安らぎは無いと想う。

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February 11, 2018

幸せの原因は不幸、

数日前、何げない時に、ただ通勤に歩いている時に、「幸せの原因は不幸」と云う私の中の哲理が現れて、嬉しくなった。

闇があるから光があるのと同じ。ないから渇望が生まれる。

満たされた中では、行動は生まれない。

ただ、没頭するものがあって夢中で生きている人は、幸せも不幸もないただ没頭して生きている。幸せに見えるが、幸せを味わっていると云うより、ゲームのように時を忘れて夢中になっている。

あっという間に終わらない人生とは、立ち止まり、幸せを味わう人生。すなわち、不幸が幸せをもたらすことに気付き、毎日、立ち止まる余裕のある人生だと見つけたり。

没頭(渇望)する時間と、ボッ-とする時間、ギャグのような組み合わせが、私の目指す人生かと想った。

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January 17, 2018

100兆個の腸内細菌を抱えた孤独、

先日TV番組で約100兆個の腸内細菌が司る人体の免疫機能の勉強をした。

腸内細菌は食物繊維をエサにして生き、免疫力を高めている。栄養やカロリーのない食物繊維が、人体の免疫力を司っている。

60兆個の細胞から成ると云われる人体は、毎日毎日3000億個の細胞が死に、また生まれていると云う。

そんなおびただしい数の細胞や腸内細菌を抱えて、人間は、毎日毎日、てんてこ舞い、孤独を味わっているなんて滑稽な表現。

極大と極小の無限の広がりを想う。

人間の持つ最大の勘違いは「孤独」かと笑う。

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January 15, 2018

因果一如の示唆、

昨日は、住職に習う気功の日、気功の時、「動的平衡」の福岡伸一(生物学者)の西田幾多郎(哲学)論の一部をさらりと聴いた。

心臓から血液が排出される時、同時に血液は心臓に吸収されている。

始めと終わりの同時であること。

上がることは同時に下がること。因果一如を想う。

昨日は、正月のしめ飾りを、近くの八幡神社のお焚きあげの場所に納めた、2018年の松の明けの頃。


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January 02, 2018

お正月のひとりの時間の啓示、

正月は社会が止まったようで、ひとりを感じる時間。ひとりの時間が際立つ機会、神秘的な時間でもある。

宇宙と向き合う時間、宇宙と一体感を感じる時間が、お正月のひとりの時間の中にある。

私は亡き両親を通して宇宙と繋がる。人間の二大尊厳と云われる慈悲と智恵、母から慈悲を、父から智恵を。

亡き両親との繋がりは、正月のひとりの時間を孤独にさせない。兄弟は親友。娘も親友。親友とは、いつも一緒にいる必要はない。お互いのひとりの時間を尊重できるのが親友。

正月に親鸞上人の言葉が浮かぶ。

法(真理)は修行しなければ現れず、証しなければ(実行しなければ)得ることなし。

法(真理)を証し、もて往く人生への憧れを想う。

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December 28, 2017

自分と向き合う時間、

今年の年末年始は、会社のアラブ人の休暇に先を越されたり、切符の確保もせず、結局、横浜の自宅でじっーと過ごすことにした。

今まで、年末年始は必ず旅したり、何か予定を入れないと気が落ちつかない私であったが、今年は、敢えてなるべくスケジュールは入れずに、静かに、自分と向き合う時間が楽しみになった。

そんな時間を持つことが、むしろ、懐かしく愛おしい気持ちにもなった。

子供時 に感じた、好奇心いっぱいの世界、孤独感なども、想い出して、懐かしい世界に旅するようなもの。

昨日、夜、帰宅する時、電車の駅を降りると、住宅街に続く道を、「火の用心」 の町内会の人達が子供連れで可愛い声を出して、通りを歩いていた。

空には綺麗な月が。

私が、私と向き合う時間、愛おしい人生を味わう時間。

ひとり、もぞもぞと、年末年始。これも私の小さな驚きを求める生き方。

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