November 19, 2019

拘置所の塀の外から流れるクリスマスキャロル、

昨日、死刑囚のYoshi君を支える会のプシキオン(パン屑)15号が送られて来た。

「例年通り、12月25日(水)2030名古屋の聖マルコ教会に集まって、聖堂で祈りを捧げた後、拘置所の周りに行って、堀の外から、歌声を届けます」と書いてあった。

塀の外から聞こえ来るクリスマスキャロルの歌声、私は、そのシーンが浮かんで、、、

ちょうど、フランシスコ教皇様が来日される頃に、名古屋の聖マルコ教会のYoshi君を支える会から、プシキオン15号が届いた。

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November 08, 2019

諸縁の展開、「随流去」(ずいるこ)

毎日の展開を考えると、不思議と想う。予期せぬ展開があり、想い通りにならないことも多いが、それでも、何か神からのメッセージのように想う。

私の日々の行動も、諸縁が作り出している造形のようなものだと想う。

諸縁の流れに従って、私も流れて行く。

子供のころに見た「水玉坊やの冒険」の旅の絵本。雨が天から降ちて、川を流れてまた海に帰る冒険の旅。

流れに身を任せ、大安心の世界を生きる。「随流去」(ずいるこ)、禅語の意味を探る。

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November 04, 2019

ふるさとの山に向かいて.

今朝は、故郷の実家(弟の家)そばを、早朝散歩して、子供時代の風景に触れ、感無量になり、清々しい涙に浸る。

まるで、母親の胸に抱かれているような想い。

三池山の稜線に朝日が昇る。

私の人生が、神の恵みに包まれて、どんな苦難にも耐えていける力が、静かに湧いて来る。

故郷の風景の励ましに泣く。

今日、夜、横浜へ帰る。

逞しい別人になって。

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October 30, 2019

「安心して苦しむ」、西田幾多郎、

今朝の100分で名著は、西田幾多郎。

「安心して苦しむ」、「安心して悲しむ」、と云う表現が共鳴した。

「絶対矛盾的自己同一」、即ち「永遠の今」

「生物的生命」でなく、「人格的生命」を感じることは、永遠の世界で生きていること。

安心して、思い通りにならないことも楽しんで生きる気持ちを味わう。

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October 16, 2019

英語で仏教、本郷、

昨日会社帰りは、久しぶりに、本郷三丁目の東大仏教青年会の会場で開催の「英語で仏教」に出席した。

講師はケネス田中先生、横山紘一先生、(二人ともNHKの「心の時代」に出た人)。

昨日は、縁(Inter~dependance)について学んだ。

縁を深く感じる先には、無我がある。「有り難い」と云う日本語と「ThankYou」とは、大きな違いがあると感じた。

有り難いとは、所縁の不思議さに感じる感謝の念の言葉であると想う。

横山先生と、他の2人の受講者の方と4人で、懇親会をして帰った。それも有り難い「縁」。

横山先生曰く、所縁を考えたら、人は、操り人形のような物とのこと。これが、欧米の人にとっては、わからない世界だとも聞いた。

昨日は、不図、何げなく訪れた「縁」を考える時間となった。

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August 06, 2019

貴方の夢は何ですか?と云われても、

あるセミナーで、「貴方の夢は何ですか?」と云う問いを、云われ、はっと、すぐに答えられないことを体験した。

それでも、日頃の禅やインド哲学からの、1分くらいの思考の結果、私は、「苦からの解放」と云うことを想った。

究極的な夢は、「苦からの解放」ではないか?と私は、私の心を整理した。

「苦からの解放」を求めて、「自他一如」の世界が展かれ、「個」が薄れて行く。

「個」として求めるものが薄れて行くプロセス。

心地よい修行の道のり。安らぎへ向かう。





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July 14, 2019

作家・辺見庸さん、今朝の「心の時代」、最も弱き者の視線、

今朝の「心の時代」は、作家・辺見庸さん(再放送)だった。

彼の、最も弱い者の視線は、忘れていたものを想い出させて心を打つ。

社会に根強く潜む優生思想、与死の思想(死刑など)などへの疑問。

存在に意義を付けたり、意義を剥奪したりすることは、宇宙や大自然にに対する挑戦、人間の無知、傲慢さを想った。

不図気付けば、最も弱き者のメッセージの美。大自然の美。宇宙の美。





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April 14, 2019

起きていて熟睡の境地、

昨日は久しぶりの坐禅の会、住職の最近の中国訪問の話なども聴いた。中国では、華南TVの取材も受け、「禅と太極拳」について話されたと云う。

昨日の住職の話は、阿吽(あうん)、サンスクリット語由来の意味に付いて、初めて聴く深い意味を知った。

Aの音「あ」は「起きていること」、すなわち「生」、

Uの音「う」は「夢」、すなわち「維持」

Mの音は「熟睡」、すなわち「死」「破戒」

太極(無分別智、神、真理)とは、これらを超えた世界、すなわち「起きていながら熟睡」の境地。

ずしりと私の心に刻まれる言葉。

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February 12, 2019

禅と太極拳の境地、森田療法との出会い、

昨日は、館山自然村の能忍寺を訪問した米国豪州の精神科医師団7名の座禅体験に同席した。

座禅体験の後、住職は、座禅と太極拳を通じた修行と真理探究の道を、熱っぽく法話した。禅だけでは分からなかった世界.太極拳だけでは分からなかった世界を。森田療法の医師団に紹介した。

通訳は住職の太極拳の生徒、日本在住の米国人32才の若者が務めた。彼の禅や太極拳を伝える英語にも、大変好い刺激になった。

住職の現在の境地が、館山の地から、世界に発信された日。

帰りは、船で帰りたくなり、東京湾フェリーで、浜金谷港から久里浜経由で横浜へ帰った。

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January 27, 2019

自然と人間、

「人間には頭を下げないが、自然には頭を下げる」。都会の生活から無人島に移り住んだある人の短い言葉を知り感動した。

植物学者の牧野富太郎さんの言葉、「朝夕に草木を吾の友とせば、こころ淋しき折節もなし」の境地にも憧れる。

今朝は、朝5時からの「こころの時代」を見て、一日の始まり。

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