January 15, 2020

3つの鏡、「貞観政要」

今朝の「100分で名著」、は唐の大宗の「貞観政要」(じょうがんせいよう)であった。組織運営の学びの書。

私は、知らなかった名著、好奇心が刺激される。

3つの鏡の大切さを説く。銅の鏡とは、怒った時は自分を鏡で見よ。落ちつかせる。

歴史の鏡は、いろんな場合の展開を教えてくれる。

人の鏡は、貴方自身の現在地を教えてくれる。

628年くらいの唐の時代の書が、今、私に、訴えかけるメッセージの縁。

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January 05, 2020

新しいマフラー2020年、

昨日、新婚の娘夫婦と、横浜みなとみらいのホテルで夕食をした。

元旦に羽田空港に初日の出を見に行った時にマフラーを忘れて来たことを娘に話して、私の誕生日プレゼントはマフラーがいいとメールした。

そして、昨日、娘夫婦からのプレゼントに、マフラーをもらった。

2020年の想い出になるマフラー。娘からもらったことが嬉しい。

みなとみらいの夜景を見ながら、娘の子供時代を想い出したり、娘とのジョークのやりとり。

今日は、小田原の妹の家に行く。私にとっての心の故郷へ行くようなお正月。

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December 17, 2019

逆転人生、Rogue.奥野敦士さん、

昨日、たまたまTV(逆転人生)で、車椅子のロックシンガーの人生の番組をやっていて、のめり込んで、壮絶な人生を見た。

大スターのロックバンドRogueの全盛期を経て、自分の実力を過信して独立没落、アルバイトの家屋の解体作業中に転落事故で下半身マヒで車椅子生活、そして、仲間との再ステージ。

まるで、世界的な大ヒット映画「クィーン」にも劣らない、感動のドキュメントであった。

失ってから、見えてくる世界は、神の世界。

失わないと見えない世界がある。

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December 15, 2019

エゴの崩壊は、磁石に破壊される船が如く、

昨日の住職の法話で、エゴの崩壊の例えをメモした。

仏性は巨大な磁石のようなもの、人は船、巨大な磁石に吸い取られて船のあらゆる金具が無くなって、船はバラバラになる。

それがエゴの崩壊。

巨大な神の光に触れればよい。

ガンジーや、中村哲さんも、巨大な磁石、巨大な光に遭遇した人。

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November 19, 2019

拘置所の塀の外から流れるクリスマスキャロル、

昨日、死刑囚のYoshi君を支える会のプシキオン(パン屑)15号が送られて来た。

「例年通り、12月25日(水)2030名古屋の聖マルコ教会に集まって、聖堂で祈りを捧げた後、拘置所の周りに行って、堀の外から、歌声を届けます」と書いてあった。

塀の外から聞こえ来るクリスマスキャロルの歌声、私は、そのシーンが浮かんで、、、

ちょうど、フランシスコ教皇様が来日される頃に、名古屋の聖マルコ教会のYoshi君を支える会から、プシキオン15号が届いた。

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November 08, 2019

諸縁の展開、「随流去」(ずいるこ)

毎日の展開を考えると、不思議と想う。予期せぬ展開があり、想い通りにならないことも多いが、それでも、何か神からのメッセージのように想う。

私の日々の行動も、諸縁が作り出している造形のようなものだと想う。

諸縁の流れに従って、私も流れて行く。

子供のころに見た「水玉坊やの冒険」の旅の絵本。雨が天から降ちて、川を流れてまた海に帰る冒険の旅。

流れに身を任せ、大安心の世界を生きる。「随流去」(ずいるこ)、禅語の意味を探る。

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November 04, 2019

ふるさとの山に向かいて.

今朝は、故郷の実家(弟の家)そばを、早朝散歩して、子供時代の風景に触れ、感無量になり、清々しい涙に浸る。

まるで、母親の胸に抱かれているような想い。

三池山の稜線に朝日が昇る。

私の人生が、神の恵みに包まれて、どんな苦難にも耐えていける力が、静かに湧いて来る。

故郷の風景の励ましに泣く。

今日、夜、横浜へ帰る。

逞しい別人になって。

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October 30, 2019

「安心して苦しむ」、西田幾多郎、

今朝の100分で名著は、西田幾多郎。

「安心して苦しむ」、「安心して悲しむ」、と云う表現が共鳴した。

「絶対矛盾的自己同一」、即ち「永遠の今」

「生物的生命」でなく、「人格的生命」を感じることは、永遠の世界で生きていること。

安心して、思い通りにならないことも楽しんで生きる気持ちを味わう。

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October 16, 2019

英語で仏教、本郷、

昨日会社帰りは、久しぶりに、本郷三丁目の東大仏教青年会の会場で開催の「英語で仏教」に出席した。

講師はケネス田中先生、横山紘一先生、(二人ともNHKの「心の時代」に出た人)。

昨日は、縁(Inter~dependance)について学んだ。

縁を深く感じる先には、無我がある。「有り難い」と云う日本語と「ThankYou」とは、大きな違いがあると感じた。

有り難いとは、所縁の不思議さに感じる感謝の念の言葉であると想う。

横山先生と、他の2人の受講者の方と4人で、懇親会をして帰った。それも有り難い「縁」。

横山先生曰く、所縁を考えたら、人は、操り人形のような物とのこと。これが、欧米の人にとっては、わからない世界だとも聞いた。

昨日は、不図、何げなく訪れた「縁」を考える時間となった。

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August 06, 2019

貴方の夢は何ですか?と云われても、

あるセミナーで、「貴方の夢は何ですか?」と云う問いを、云われ、はっと、すぐに答えられないことを体験した。

それでも、日頃の禅やインド哲学からの、1分くらいの思考の結果、私は、「苦からの解放」と云うことを想った。

究極的な夢は、「苦からの解放」ではないか?と私は、私の心を整理した。

「苦からの解放」を求めて、「自他一如」の世界が展かれ、「個」が薄れて行く。

「個」として求めるものが薄れて行くプロセス。

心地よい修行の道のり。安らぎへ向かう。





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