February 11, 2018

幸せの原因は不幸、

数日前、何げない時に、ただ通勤に歩いている時に、「幸せの原因は不幸」と云う私の中の哲理が現れて、嬉しくなった。

闇があるから光があるのと同じ。ないから渇望が生まれる。

満たされた中では、行動は生まれない。

ただ、没頭するものがあって夢中で生きている人は、幸せも不幸もないただ没頭して生きている。幸せに見えるが、幸せを味わっていると云うより、ゲームのように時を忘れて夢中になっている。

あっという間に終わらない人生とは、立ち止まり、幸せを味わう人生。すなわち、不幸が幸せをもたらすことに気付き、毎日、立ち止まる余裕のある人生だと見つけたり。

没頭(渇望)する時間と、ボッ-とする時間、ギャグのような組み合わせが、私の目指す人生かと想った。

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January 17, 2018

100兆個の腸内細菌を抱えた孤独、

先日TV番組で約100兆個の腸内細菌が司る人体の免疫機能の勉強をした。

腸内細菌は食物繊維をエサにして生き、免疫力を高めている。栄養やカロリーのない食物繊維が、人体の免疫力を司っている。

60兆個の細胞から成ると云われる人体は、毎日毎日3000億個の細胞が死に、また生まれていると云う。

そんなおびただしい数の細胞や腸内細菌を抱えて、人間は、毎日毎日、てんてこ舞い、孤独を味わっているなんて滑稽な表現。

極大と極小の無限の広がりを想う。

人間の持つ最大の勘違いは「孤独」かと笑う。

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January 15, 2018

因果一如の示唆、

昨日は、住職に習う気功の日、気功の時、「動的平衡」の福岡伸一(生物学者)の西田幾多郎(哲学)論の一部をさらりと聴いた。

心臓から血液が排出される時、同時に血液は心臓に吸収されている。

始めと終わりの同時であること。

上がることは同時に下がること。因果一如を想う。

昨日は、正月のしめ飾りを、近くの八幡神社のお焚きあげの場所に納めた、2018年の松の明けの頃。


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January 02, 2018

お正月のひとりの時間の啓示、

正月は社会が止まったようで、ひとりを感じる時間。ひとりの時間が際立つ機会、神秘的な時間でもある。

宇宙と向き合う時間、宇宙と一体感を感じる時間が、お正月のひとりの時間の中にある。

私は亡き両親を通して宇宙と繋がる。人間の二大尊厳と云われる慈悲と智恵、母から慈悲を、父から智恵を。

亡き両親との繋がりは、正月のひとりの時間を孤独にさせない。兄弟は親友。娘も親友。親友とは、いつも一緒にいる必要はない。お互いのひとりの時間を尊重できるのが親友。

正月に親鸞上人の言葉が浮かぶ。

法(真理)は修行しなければ現れず、証しなければ(実行しなければ)得ることなし。

法(真理)を証し、もて往く人生への憧れを想う。

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December 28, 2017

自分と向き合う時間、

今年の年末年始は、会社のアラブ人の休暇に先を越されたり、切符の確保もせず、結局、横浜の自宅でじっーと過ごすことにした。

今まで、年末年始は必ず旅したり、何か予定を入れないと気が落ちつかない私であったが、今年は、敢えてなるべくスケジュールは入れずに、静かに、自分と向き合う時間が楽しみになった。

そんな時間を持つことが、むしろ、懐かしく愛おしい気持ちにもなった。

子供時 に感じた、好奇心いっぱいの世界、孤独感なども、想い出して、懐かしい世界に旅するようなもの。

昨日、夜、帰宅する時、電車の駅を降りると、住宅街に続く道を、「火の用心」 の町内会の人達が子供連れで可愛い声を出して、通りを歩いていた。

空には綺麗な月が。

私が、私と向き合う時間、愛おしい人生を味わう時間。

ひとり、もぞもぞと、年末年始。これも私の小さな驚きを求める生き方。

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December 25, 2017

ニコニコニコニコ、未熟なくせに(笑)

自分を無にして行けば行く程、人は祝福を受ける。

徹底的な懺悔は、無条件の歓喜をもたらす。

住職の修行の体験から感じたことと云う。

ある時、寺で徹底的に仏像に悪態をついて、仏像を睨みつけてやった後、徹底的な懺悔が起き、ニコニコニコニコした体験を住職はしてくれた。

寺の師匠は、「まだ未熟なくせに、ニコニコニコニコするな」 と言われるほどに。

2017年、クリスマスの頃の法話から。

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December 23, 2017

ひと息、ひと息が生死、

昨日、会社のそばの青松寺の門に禅の教えが書いてあった。

ひと息、ひと息が、生死と云う境地が書かれていた。

瞬間瞬間に生死を感じて生きることの安らぎ。

消えること、滅びることへの毛嫌いがなくなる。

瞬間瞬間に滅することを「生」と云う。


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December 19, 2017

ひとりの時間を楽しめれば、修行の証明、

ひとりの時間の安らぎの安定感はすごい。

孤独ではない安心感の中に、ひとりの時間があっても、寂しくはない。

誰かといつも一緒でなければ幸せでないとは、恐怖と共に生きること。

誰かと一緒の幸せを目指すのは修行の入り口、いつしか、ひとりの時間の圧倒的な安らぎを見出して行く。

内なる充実は、外の世界を必要としなくなって行く。

ひとりであっても、全ての存在と共にある境地を目指す。それは神と共にある境地。


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December 15, 2017

寂滅をもって楽となす、

昨日から来た大牟田の駅前に、長く親しんだ店「松本」がある。両親が生前に、姉ともよく一緒に行くことを楽しみにしていた和食の店、松本定食は、1000円で、刺身・天ぷら・茶碗蒸しが付いていて人気だった。施設に居る姉を見舞った後、昨日の夜、「松本」を訪ねてみると、今月いっぱいで店を閉めると云う。板前でもある経営者の人が、もう年で後継者がいないような感じであった。

最近、中東のアブダビに電話したら、1989年に私が設立した某石油会社のアブダビ事務所の場所を1ヶ月前に移転したと聞いた。想い出のオフィスが消えた。

大牟田の弟の家に立ち寄ると、16才の犬、ゴールデンリトリバーは、介護が必要な老い迎えていた。強烈な歓迎のじゃれつきはなく、静かに横たわっていた。

故郷のレストラン「松本」、「アブダビ事務所」、弟の家のゴールデンリトリバー「ケイ」、消えゆく姿を想う。今ここ、今ここ、と消えて行く時。

今ここ、今ここ、と生まれて行く新鮮な時。そして、いつしか、生も滅も気にならなくなる。

生死は仏の御いのちなり。生滅滅し止んで、寂滅をもって楽となす。

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December 10, 2017

釈迦の悟りに因んで、

帯津良一医師とも交流のある住職は、昨日、帯津良一医師の境地を紹介して、「健康とは大自然の摂理に則って生きる」こと。「内なる生命場(陰陽2力)の秩序性を高めて行くこと」、「いつしか虚空と一体化する、それが養生」など、素晴らしい境地を教えてもらった。

徹底した懺悔は、歓喜となる。口先のごめんなさいじゃない。

古代の聖人の教えは、自分の口で、自分の言葉で同じことを云えなきゃ、何にもならない。自分がその教えに同意するか、その聖人が自分に同意するか、それくらいの心構えが必要。釈迦何するものぞと云う気位の凄さ。釈迦を尊敬するヴィヴェーカナンダ師の言葉である。

釈迦の悟りの、蠟月の接心(12月の初めの1週間の座禅)の後、昨日の住職の言葉から。

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