August 06, 2019

貴方の夢は何ですか?と云われても、

あるセミナーで、「貴方の夢は何ですか?」と云う問いを、云われ、はっと、すぐに答えられないことを体験した。

それでも、日頃の禅やインド哲学からの、1分くらいの思考の結果、私は、「苦からの解放」と云うことを想った。

究極的な夢は、「苦からの解放」ではないか?と私は、私の心を整理した。

「苦からの解放」を求めて、「自他一如」の世界が展かれ、「個」が薄れて行く。

「個」として求めるものが薄れて行くプロセス。

心地よい修行の道のり。安らぎへ向かう。





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July 14, 2019

作家・辺見庸さん、今朝の「心の時代」、最も弱き者の視線、

今朝の「心の時代」は、作家・辺見庸さん(再放送)だった。

彼の、最も弱い者の視線は、忘れていたものを想い出させて心を打つ。

社会に根強く潜む優生思想、与死の思想(死刑など)などへの疑問。

存在に意義を付けたり、意義を剥奪したりすることは、宇宙や大自然にに対する挑戦、人間の無知、傲慢さを想った。

不図気付けば、最も弱き者のメッセージの美。大自然の美。宇宙の美。





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April 14, 2019

起きていて熟睡の境地、

昨日は久しぶりの坐禅の会、住職の最近の中国訪問の話なども聴いた。中国では、華南TVの取材も受け、「禅と太極拳」について話されたと云う。

昨日の住職の話は、阿吽(あうん)、サンスクリット語由来の意味に付いて、初めて聴く深い意味を知った。

Aの音「あ」は「起きていること」、すなわち「生」、

Uの音「う」は「夢」、すなわち「維持」

Mの音は「熟睡」、すなわち「死」「破戒」

太極(無分別智、神、真理)とは、これらを超えた世界、すなわち「起きていながら熟睡」の境地。

ずしりと私の心に刻まれる言葉。

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February 12, 2019

禅と太極拳の境地、森田療法との出会い、

昨日は、館山自然村の能忍寺を訪問した米国豪州の精神科医師団7名の座禅体験に同席した。

座禅体験の後、住職は、座禅と太極拳を通じた修行と真理探究の道を、熱っぽく法話した。禅だけでは分からなかった世界.太極拳だけでは分からなかった世界を。森田療法の医師団に紹介した。

通訳は住職の太極拳の生徒、日本在住の米国人32才の若者が務めた。彼の禅や太極拳を伝える英語にも、大変好い刺激になった。

住職の現在の境地が、館山の地から、世界に発信された日。

帰りは、船で帰りたくなり、東京湾フェリーで、浜金谷港から久里浜経由で横浜へ帰った。

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January 27, 2019

自然と人間、

「人間には頭を下げないが、自然には頭を下げる」。都会の生活から無人島に移り住んだある人の短い言葉を知り感動した。

植物学者の牧野富太郎さんの言葉、「朝夕に草木を吾の友とせば、こころ淋しき折節もなし」の境地にも憧れる。

今朝は、朝5時からの「こころの時代」を見て、一日の始まり。

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January 20, 2019

「いつも新しい」、昨日の気づき、

昨日の住職の法話に、阿弥陀は人格神ではなく、永遠の光、大光明、宇宙いっぱいと云う意味と知った。人格神は仏教でも否定していることが、私には心地よく響いた。

人生は一枚一枚の静止画像、過去の記憶と、未来の憶測で、つながっていると見えるだけ。原田湛玄老師は「いつも、いつも新しい」とおっしゃっていたと云う。

昨日見たTV(こころの時代)で作家の辺見庸さんの言葉が染みた。他の苦しみの飛沫と云う言葉。最も弱いものの吐息と云う言葉。

振り返れば、沢山の新しい気づきの数々。

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January 14, 2019

アインシュタインと神、

今年最初の坐禅会は、アインシュタインと宗教について、住職の法話を聴いた。

「宗教なき科学は不自由な足である」「科学なき宗教は見えざる目である」

法則への敬意なくして科学の発展はない。

「神」は、人間の弱さの産物。

聖書は尊重すべきものであるが、それでも、原始的な云い伝えをまとめたに過ぎない。子供じみたものである。

アインシュタインの宗教観を紹介してくれた住職に、新しい刺激を受けた。

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December 10, 2018

肉体と霊魂、生死問題、

西欧と東洋の生死観の差を住職から聴いた。

西欧人は、「人が霊魂を失った」と云う。肉体が主である。

インドでは、「人が肉体を放棄した」と云う。霊魂が主である。

肉体に生きるとは、五感六識に生きること。

霊魂に生きるとは、五感六識を超えた安らぎの存在を知っている人。

私も、肉体を着物のように生きたい。

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December 05, 2018

釈迦の悟りの頃、

12月8日の明け方、明けの明星の頃、ブッダガヤの菩提樹の下で7日間の瞑想の後、釈迦は悟りを開いたと云われる。

今日は12月5日、ちょうど、釈迦が瞑想をしている頃。山の中や各地の寺で坐禅をしている人達がいることを想う。

4月8日は釈迦生誕の日、2月15日は釈迦入滅の日。

釈迦にまつわる日を想い出した朝だった。

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November 02, 2018

臀部打撲症、お尻のエアバッグ、

先日の私の歩行中の原付バイクの追突事故による診断書は、約3週間の加療を要すると書かれていた。

骨折は無しで、会社の仲間たちに話していたら、「お尻でよかった。お尻は自然のエアバッグ。骨に当たっていれば骨折」とか云われて、自分も笑った。

ギャグ好きな私は、「本庶祐はノーベル賞、うちの娘は浦島小、そして私は打撲症」とか、新作を披露。

我ながら、何でもギャグにしてしまう自分にまた苦笑。

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