November 21, 2017

虚空世界からの光、

人生に於いて、ダメだ、ダメだと云う光を貰うのが「苦」、「苦」は虚空世界からの光。行けば行くほど、またゴムのヒモのように、引き戻される。

愛は重力のように、世界に満遍なく満ち満ちている。愛は隙間なく世界を覆っている。

形と名前があったら真実ではない。

先日の住職の法話。

住職曰く、「やっている坐禅はダメだ」「私がやると云う坐禅ではダメだ」。太陽が虚空世界を照らすが如く、、、

そこに私はいない。たが、「ある」世界。

| | Comments (0)

November 19, 2017

神を守る?、議論の果てに、

よくあるシーン、自分が信じる神と他の信じる神のことで議論をしている場面。

その時、神が問う、「私が貴方を救うのですか?」

「貴方が私を救うのですか?」

インドの哲学者、スワミ・ヴィヴェーカナンダは、そんな時、脳裏に黄金の宮殿が現れたと云う。

神(真理)への憧れは深まる。

昨日の住職の話から。

|

November 12, 2017

重力に身を任せるような生き方、

損得善し悪しの統一は無理、損得善し悪しが生じる以前に帰るだけ。

心を整えようとしても無理、心が生じる以前の世界に帰るだけでよい。

親鸞の「委ねる」は、重力に身を任せるような感覚。

人は考えている時、気が上に上がっている。個別にものを分析したりすると、気は上がってしまう。日常、気を下げる鍛錬をする必要がある。世を達観する精神がないと、気は上に上がってしまう。

昨日の住職の話から印象深かったこと。

禅僧が胸の前で指を一本立てるポーズ「一指頭の消息」は、父母未生以前の世界に帰ること。

虚空世界を照らす光を感じること。

| | Comments (0)

October 21, 2017

五感六識において、今ここが最高の幸せと不幸、

思えば、五感六識においては、今ここの感覚の素晴らしさが、いかに、すごいかと感じた。視覚・聴覚・味覚・嗅覚・触覚で、日々の人生を感じること、大自然を感じること、これは、やはり、すごいこと。

不幸においても、幸せと同じこと。

過去も未来も、今ここに比べたら、平面的で一面的で、五感六識で感じる素晴らしさと比べたら、比べようもない。

五感六識の運転をやめるのが、解脱と云う。五感六識から離れて行くことの修行を想う。

そして、修行と、五感六識の世界の両方の世界の素晴らしさを想う。

五感六識の今ここと、五感六識を相手にしない世界のこと、共に、人生を彩る。

| | Comments (0)

October 15, 2017

「生きて今あるは、」、法話、

昨日の住職の法話は、久しぶりだった。

「生きて今あるは」「このことを知るためなり」「このことを歓ぶためなり」

住職が、住職の師の原田湛玄老師に云われて来た言葉。

親鸞上人の言葉「阿弥陀仏は、自然の用を知らせん料なり」(阿弥陀仏さえも自然の働きを知らせる方便に過ぎない。と云う意味に驚く)

ダンマ(神・真理)とは、「あたかも太陽が虚空を照らすが如し」

ただ、ただ、すごい憧れの世界。

| | Comments (0)

September 21, 2017

発達障害当事者の会、

一昨日、哲学カフェでお会いした人と二次会で話していたら、発達障害当事者の会の男性で、名刺をもらって驚いた。

発達障害には沢山の種類があって、ひとつのことへの拘りから社会生活に支障をきたすのがよく言われている症状。驚いたのは、吃音(どもり)も発達障害に入ると聞いた。私も子供の頃どもっていたので、私も発達障害だったんだと想い驚いた。

何かに集中してしまうのは、まさにマインドフルネスの天才じゃないかと気付いて、また驚いた。

マインドフルネスは、心を集中すること。過去や未来に想い煩わされることなく、今、ここに集中して行く訓練。

発達障害は、過度なマインドフルネスじゃないか?と想い、可笑しくなった。

| | Comments (0)

September 11, 2017

昨日を送り、見知らぬ世界の朝、

ベランダから朝の景色を見ながら、見知らぬ朝を想う。

無常を友とするのが解脱、生も死もただの変化。

変わらぬものを想うのが分別、分別は反解脱。

今の身体を廃車にして新車にするのが死と生。

日々も生死を繰り返して、人生があるようにも想う。

地球の自転が日々、公転が人生と云う区切りとか、想像してみる。

今朝は、昨日を見送った寂しさと、見知らぬ世界の始まりがある。

| | Comments (0)

September 10, 2017

太陽が虚空世界を照らすが如く、

昨日の、住職の法話に、親鸞の世界があった。

自然の「自」は行者の計らいにあらず、「然」は、しからしむ。自然とは、ただ「あるべきように、ある」。

「阿弥陀」とは、「宇宙いっぱい」と云う意味。「ある」と「ない」が両立している。

「南無阿弥陀仏」も「宇宙いっぱい」を知る方便に過ぎない。

「太陽が虚空世界を照らしている」

| | Comments (0)

September 07, 2017

苦しみは縦に重ね、喜びは横に並べたら?

苦しみを横に並べると苦しさが増す、苦しみは縦に重ねて、一つ一つ対処して行く。

これは自殺防止の対策のような欄で、新聞で見かけたこと。

確かに、四方八方から問題点が表れると、窮地に陥る。問題点を縦に重ねると云う考えは、楽になる。

喜びなら、横に並べてみると、幸せが増し、自分の境遇に感謝の気持ちが湧くのではないかと想う。

| | Comments (0)

August 06, 2017

滅しても生じ、滅しても生じる、

「滅しても生じ、滅しても生じる」と想えは、年を取ることを忘れる。

日ごろ、終わりや滅することに、怯える生き方が変わる。気楽に、永遠の中に、身を委ねることが出来る。

魂は、仏性と云う中心に帰りたがっている。中心から離れて行くごとに鬼が見えて来る。

人生で出会う鬼、怖いこと、不快なごとは、中心に帰れと云う、神からのサイン。

昨日の、住職の法話のメモから。

| | Comments (0)

より以前の記事一覧