January 25, 2021

自転1日、公転1生、

よく寝た翌朝は、エネルギーが格別、また雨あがりの快晴の朝は格別。

睡眠は一種の死、死の後の誕生のエネルギーは、みずみずしい。

1日を人生の自転と考えてみる。1生を公転と考えてみる。太陽と云う神の周りを回る。

生と死を繰り返し、生と死の繰り返しこそがエネルギー。

みずみずしい覚醒。

エネルギーを補充するための眠り。

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January 18, 2021

容赦ない学び、寂滅、誕生、

昨日、一昨日は、オンラインで、ガイド協会や、産業カウンセラーの勉強が新鮮であった。これからの時代の交流。

妹へ、小さなぬいぐるみと面白いバッジを送った反応や、長年一緒にやって来たミキプルーンのことで、ガッカリする反応があった。

日々、容赦ないない失望も、容赦ない幸運「想いがけない幸運」もある。

人は、マザーテレサであり同時にヒットラーでもあると想おう。

寂滅と誕生、その時その時の勢い流れに身を任せよう。

容赦ない不運も、容赦ない幸運もある。

随流去。宇宙の力学に従って、宇宙のメッセージを聴きながら生きる。日々新しい。

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January 14, 2021

PCR 検査の数?、 感染者との関係?、私の疑問?

最近、コロナ感染者の数が急増して、社会的な心配がましている。

春頃のPCR検査の数と、今のPCR検査の数は、かなり今は増やしているだろう、 PCR検査数を増やせば、陽性者を感染者として発表する人数も増えるだろう。

陽性でも発症していない人達が増えれば、集団免疫の完成で、コロナは恐くなくなる。

陽性で、発症した人達の人数が大事なんじゃないのかな?

毎日、単に、PCR検査の陽性者を、感染者が増えたと報道して、心配を増幅させるのは???。 と私は疑問に感じる。

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January 11, 2021

ビートルズを聴きながら、

休日の朝、今朝はビートルズの番組をラジオで聴きながら。

高校時代の自転車通学の私、マラソンで優勝した私、交換日記をしていた私、病気で入院留年した私、など、

自分史を、整理してみたくなる。

大学時代の私。

新潟製油所時代の私。

根岸製油所時代の私。

本社勤務時代の私。

アブダビ事務所時代の私。

本社輸入課長時代の私。

LPG業界との出会い。

人生のルネッサンス期、会社早期退職。

禅とミキプルーンとの出会い。

アラブとの縁、再就職。

小さな驚きに満ちた人生の実践。(人と旅)

そして今。

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January 10, 2021

心の時代、牧秀一さん、置き去りにされた心と共に、

今朝の「心の時代」は、神戸震災や東日本震災の仮設住宅や震災復興住宅で暮らすひとり暮らしの高齢者などの人達を訪ねて回るボランティア活動をされている牧秀一さん(NPOよろず相談屋)だった。

社会から置き去りにされて行く人達を放置できないのだと云う。

玄関先で、安否確認だけの訪問では、手助けにならない。ゆっくリ話を聴いてやることで、エネルギーを取り戻すと云う。

物ではなく、人は人によって救われる。

牧さんの話に、聴き入った。

牧さんは、置き去りにされた心の人達を放置できないと云う。

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January 08, 2021

コロナ期、不思議な静けさの訳、

自然災害は、万人に共通して起こる。平等。みんな一緒と云うのは、心を落ち着かせる面がある。

旅行に行けない、家に居なくちゃいけない。など、みんな同じだと、気が楽になることもある。

正月やクリスマスに、何も予定がなくても、みんな一緒なら、気にならない。寂しくないと云う効果は、寂しさの本質を教えてくれる。

自分だけが違うと、自分が考えるところに、寂しさの本質がある。

不自由だが、みんな一緒だから、何か漠然とした静けさもある。

そんなことを感じながら、東京が緊急事態宣言のあった翌日の朝。

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January 07, 2021

想定外だらけで始まった2021年、

想定外なこと、

感染拡大が止められない人間の限界、やはり自然への畏敬。私は、ニンニクを食べたり、感染対策に努力するだけ。

昨日のサウジの行動(単独自主減産)は読めなかった。

在宅勤務や、人の移動がなくても、案外と仕事が回っていることの不思議。労働契約は、形式的な(労働)時間の契約に過ぎなかったことの証拠か?。

人類社会の革命期を体験できる幸運。

想定外なことへの好奇心が、深くなって来る。

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January 01, 2021

今年の私の年賀状、寂滅為楽

私の今年の年賀状は、「寂滅為楽」釈迦の前世、雪山童子の言葉の感動だった。

波が寂滅して大海の安らぎ。

人間の五感六識で感じる「波」が寂滅したら、楽(大海)となる。

大海を感じられたら、「春は花、夏ホトトギス、秋は月、冬雪冴えて涼しかりけり」を味わえる。

小浜の仏国寺の原田湛玄老師の「持たず、掴まず、腰かけず」も連想することも書いた。

そんな、憧れで、2021年の初まり。

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December 31, 2020

いよいよか、2020年を送り行く、

静かな気持ちで、2020年を送る。

これから、どう生きたいか?、自問する静かな時。

大宇宙を想う。この生を受けた不思議に感謝する。

全てが、畏敬に満ちている。

今日の安らぎは、両親との安らぎ。心の中で、私の人生の現状を報告する。

今でしか見えない人生の光景があった。

両親が微笑む。

人生の価値を、人生の味わいを、更に大きく感じながら、大宇宙に、大自然に身を任せて日々を生きる。

明日、目が覚めたら2021年の私、別人のように新しい私。

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December 20, 2020

生きつつある、死につつある、

今日の「心の時代」は、旧約聖書だった。

朝の気功の前、喫茶店で、私のメモしたことを読み返す。

人生を問う自分から、問われる自分に。

過ぎゆかない時間。

幸せの元は、自然への畏敬。

生きつつあるとは、死につつあること。死につつあるとは、生きつつあること。

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