弾き語りのシャンソン歌手の逝去を悼む、
この15年くらい、弾き語りのシャンソン歌手、上原英里さんの各地(浅草、藤澤、四ツ谷、草加、神田など)の小さなライブに時々出かけて、いつも、すごい歌手だなぁと想っていた。
最近病気で急に悪化して、亡くなって、ショックだった。
歌の真髄みたいなものまで感じさせてたもらった。
技術を超えた、表現の世界でもあった。
性格もよく、沢山の長年のファンがいた。
何だか、しばらく何か、大きく欠けた感じもする。彼女の人生に感謝し、彼女の旅立を悼む。
この15年くらい、弾き語りのシャンソン歌手、上原英里さんの各地(浅草、藤澤、四ツ谷、草加、神田など)の小さなライブに時々出かけて、いつも、すごい歌手だなぁと想っていた。
最近病気で急に悪化して、亡くなって、ショックだった。
歌の真髄みたいなものまで感じさせてたもらった。
技術を超えた、表現の世界でもあった。
性格もよく、沢山の長年のファンがいた。
何だか、しばらく何か、大きく欠けた感じもする。彼女の人生に感謝し、彼女の旅立を悼む。
たった1日の故郷大牟田の滞在が、こんなに充実するものなのか? 神に感謝する。縁に感謝する。
22日の夜は東京から夜のフライトで福岡入り、大牟田のいつもの清風荘へ投宿、朝一番に、大牟田駅のレンタル自転車を借り、実家の龍湖瀬へ。
次は、子供時代のノスタルジア延命動物園、親しんだアシカのプールにはゴマアザラシが寝そべっていた。
今回お目当ての内田麟太郎絵本博物館、絵本の世界のメルヘンに浸った。娘の子供をイメージして、かわいいお土産の数々。
次に、姉のいる病院に、お見舞い、たった10分しか面会は許されなかったが、流石 姉と弟、目と目で会話して、お互いに万感の想い、泣けた。
夜の部は、地元大牟田の老舗の料亭「新みなと」に初めて入った。大牟田にも、こんな素晴らしい料亭があったのかと驚いた。
公演は、芸術座の有働智章さん、皆美さん親子の最後の競演と題した公演、素晴らしかった。
今朝は、早朝の福岡発0730のフライトで、福岡から東京への飛行機通勤。
こんな、素晴らし一日があるんだと、人生の素晴らしさに感謝する。あらためて、亡き両親に感謝、神に感謝。友人たちとのご縁に感謝。
昨日の小さな驚きを求める私の生き方は、各地を駆け巡った。
朝0930〜1130は竹橋の科学技術館、初めての訪問、子供達に興味がいっぱいになるような、不思議が5階建てビルいっぱいに展示されていて、私も興味いっぱいに眺めて回った。特に宇宙の観測のことは、立体写真の土産も買った。周期律表のTシャツも。
三越劇場は、小唄の発表会。普段見かけない、和服のセレブのご婦人方の姿も見かけたなぁ。小唄の粋は、私も気になる興味。
夕方は、千葉大網の大里総合企画と云うイベント会場で開催の、お笑いショー劇団の公演。よく笑ったなぁ。お笑い大好き。
横浜への帰宅は2230くらいになったが、我ながら、行動する私に、乾杯。友人達との、縁に感謝する。
昨日は、2歳下の妹と、何十年振りかと感慨に耽りながら、小田原お堀端コンベンションホールで、ジャズライブのひとときを過ごした。メンバーは、大ベテランのリジエント級のジャズ演奏家達。譜面無しで、盛り上がる圧巻のジャズ演奏。
幼児の時から、よく遊んでいた妹、最近、初期の認知を、本人からも告白され、家族からも、メモを沢山持たされての、小田原駅前での、待ち合わせだった。
だから、会話は、今までと違って、時折、用心気味の会話を心掛けた。
ひまわりや、いそしぎ、黒いオルフェ、ヴオーカルの鈴木史子さんの、歌声は、会場でぜひCDを買いたいと想った。昨日、妹と二人で聴いたジャズの想い出だから。
長い、それぞれの苦難の人生を経て、二人並んで聴くジャズだった。そんな感慨が私にはあった。
最後、アンコールは、「A列車で行こう」だった。いいなぁ。お互いに、妹が先か、私が先か? 人生も、アンコールに応えて、「A列車で行こう」のメロディで、締めくくる日のことも、微笑ましく想った。
幼い頃から、よく遊んだ妹、人生のシーンを想い出しながら聴く、人生のジャズのメロディ。
今日は、初めて、小唄と云うものを知った。
長唄は、歌舞伎とかで出る唄で、小唄は、短い簡単な唄、三味線で唄う。
暖簾くぐって居酒屋の、一人手酌も、身について、酒が女房の旅まくら。
例えば、小唄とは、そんな感じでした。
初雪に降り込められて向島、好いたどうしのさし向かい。
誰に買われて行くとも知らず、博多人形 片えくぼ。
なんか、日本酒が美味しそう!!
昨日は、館山能忍寺から横浜への帰路は、浜金谷から久里浜のフェリーを使った。
久里浜には、友人の自然食の居酒屋がある。(百年の杜)
カウンターで、飲んでいたら、山口百恵ちゃんと同級生と云う人が飲んでいた。
百恵ちゃんは、目立たなかったと云う。バトミントン部。不入斗(いりやまず)の市営アパートに母と子で、住んでいたと云う。
その同級生は、百恵ちゃんの弁当のオカズを貰ったこともあると聞きた。
早速、百恵ちゃんファンの九州の弟や、クウェートの相棒にもメールした。(笑)
正月一日、漫才を聴いたせいか、昨日深夜、ギャグが沢山浮かんで来て、メモするのに大変だった。
そう云えば、昔、結婚当時、深夜にギャグが浮かんで来て、披露して以来、仮面夫婦の道を、歩むことになった。
ギャグ大爆発、自然災害。
しょうがない。
先日行った、サザンオールスターズの桑田研究バンドと云う、モノマネバンドのライブに行った(みなとみらいのハンマーヘッド)。
サザンの歌はすごい。
何かが違う。
私も、ひとり盛り上がる。
会場のレストランのウエイターのセネガル人とも、もう何度か来ているので、いつも言葉を交わす知人。
たまには、サザンの歌を聴いて、日々の生活にアクセント 。
昨日は、旅モードから一変、激変する石油ビジネスに切り替えも、心地よかった。
オフィスのアラブ人と、経済産業省に出かけて面談。日本政府も、現在のエネルギー価格の高騰に懸念、諸策を検討協議中。
会社帰りは、赤坂で、ラテン音楽のライブに出かけた。
バンドは、ノーチェックバーナと云う、有名な老舗のバンドだった。(石原裕次郎のレコーディングは、殆ど、このバンドが担当したと云う)。
音楽の素晴らしさを、味わった。
人生の諸縁に感謝する。
昨日の夕方、浅草でのシャンソのライブの前、時間調整で、ビートたけしのゆかりの店「捕鯨船」に入った。
アルコール無しで、鯨の野菜炒めなど食べた。
捕鯨船は、ビートたけし、萩本欽一、渥美清など、若い時の出没場所だったと云う。
店の全ての雰囲気が、私は、感慨深い。
笑いと人生は、私に取って、甘ーい人生の味わい。会ったこともないが、心の中で、ビートたけし、萩本欽一と会話できる場所。