ホルムズ海峡、今後の展開、
日々の展開に、予期せぬ、対立の新たな局面を、観ているようです。
これが、現実の世界史の現場だとも感じます。
これからの展開を、自信を持って予想することは、競馬の予想紙並みのようにも想えます。
日々の展開に、予期せぬ、対立の新たな局面を、観ているようです。
これが、現実の世界史の現場だとも感じます。
これからの展開を、自信を持って予想することは、競馬の予想紙並みのようにも想えます。
昨日、今日と日経ホールで国際LPGセミナーが開催された。
ホルムズ海峡閉鎖の継続中の気がきでない状況の中、落ちつかない気持ちのままで参加した。
イランはイスラエル、アメリカを支援する国々の中東諸国の大使館の閉鎖を要求、そうしないと、それらの国々の原油輸出のタンカーのホルムズ通過を認めない発言のニュースに驚いた。
今回のイランへの大規模攻撃は、イランを硬化させている。
事態は深刻なまま。
今回のセミナーで、今回の紛争前の世界のLPG情勢は、わかったが、これからの展開を、色んなシナリオを想像してみる。
ホルムズ海峡を閉鎖したら、各国のエネルギー輸入の量や価格に影響がてるのは当たり前。
中東からの航海日数(日本は20日)次第。
淡々と危機対応をすればいいのにと想う。
対応をしてるのか、してないのか?、曖昧な社会。
野球のWBCの話題も、注目をそらす現象。
世界史的事件も、こんなふうに進行したのかもしれないなぁ。
OPECは4月から増産を発表したものの、現在のホルムズ海峡事実上の封鎖の現状からは、中東産油国は、船積みできず、寧ろ減産を強いられるような情勢と想う。
ホルムズ海峡封鎖は、長引くと、更に、一気にエネルギー価格の高騰の可能性を懸念する。
そんなにことも想いながら通勤する。
不図、ブログを想い出すと、今年はまだ、ブログ書いてなかった。
1/14になり、何が驚きだったか振り返ると、1/4の館山への旅、海紅豆から観る富士の綺麗だったこと。
仕事始めは、原油やナフサ市況の分析も順調に進んだ。ベネズエラ政変には驚いた。今進行中のイランの大規模デモも新たな政変の予感。
年賀状の長年の友人達との、久しぶりの懇親会のアレンジも進めている。
Chat GPTの威力には、仕事のはかどりに驚き。
活き活きとページをめくる2026年の日々。
最近、自分が携わって来た仕事、石油の貿易について、石油各社担当も、産油国の担当も、大きく欠落している知識の部分が大いに心配になることがありました。
国際的な油濁条約の義務、無過失でも世界の油濁事故補償について、条約締結国で、受け取った輸入者がその量に応じて拠出金を払う制度。
もうひとつは、どこの国にもある国内内航船業界を保護する制度、国際的な大船会社の国内転送事業への参入を禁止する制度。
最近、産油国が日本の石油基地(沖縄や喜入)に備蓄する時、油濁条約の拠出金の支払いを理解するのに時間を要した。
また、沖縄や喜入から原油を払い出すのに大きなオーシャンタンカーで払い出すこのは内航業法違反になるからその、例外適用の申請をしないと大型船での転送ができないこと。
とにかく、産油国も、日本の石油会社の担当の理解不足振りにも、驚いた。仕事が引き継がれていないのは、昨今の風潮かもしれない、
一昨日、昨日と、熱海に、山口先生(能忍寺住職 禅の師)の太極拳のグループ(15人)の旅行に私も合流して、新しい体験だった。
今回は山口先生との会話から、ウパニシャッド哲学、ヒンズー教、仏教、ヴェーダンダ哲学など、歴史的つながりを、整理することができた。
結局はウパニシャッド哲学が根底にあり、全ての元になっていて、ヒンズー教が生まれ、ヒンズー教の二元論派が主流で今に至ること。
ヒンズー教の一元論派がヴェーダンダ哲学として、禅に入った。
仏教も、ヒンズー教の一形態であるように整理しました。
ヒンズー教とカースト制の関わりについて、初めて、ちょっとしたヒントも得た気持ちがした。(古代から多くの、全ての人に仕事を割り振ることの形態に、カーストは役立ったかもしれない?と云う見方)
宗教は二元論がわかりやすい、広がりやすい。キリスト教も二元論的。
一元論の安らぎは、現実の生活、人生には、わかりづらいし、広がりにくいように想う。
そんなことを、思考するきっかけとなったことが、今回の山口先生との語らいであった。
戦乱の17世紀の英国の哲学者 トーマス ホッブスの思想をあらためて知った。
自然状態に於いては、自分の生命を守るために他者を攻撃する権利(自然権)がある。
その自然状態の残忍な闘争を防ぐために、暴力を使う権利を政治権力(国家)に委ねて、国民と国家の社会契約が成立する。
国家は決して軽視するものではない。
国家があっても戦争はあるが、国家がない状態は、更に悲惨な残忍な世界になってしまう。
パレスチナ、ウイグル、クルドなど見ればわかる。
国家は、大事にしなければ、ジヤングルに放り込まれるようなものだと想う。
パレスチナにも早い国家成立を祈る。
先日のパレスチナ人の詩に触発されて、調べてみると、
パレスチナ人の人口は、ガザに220万人(内160万人は難民)、ヨルダン川西岸は350万人 (内90万人は、難民)、
他に世界中に約600万人のパレスチナ人がいると云う(外務省)
イスラエルは、約900万人の人口、アメリカにいるユダヤ人は約500万人いると云う、世界中では、ユダヤ教徒は、約1500万人。
イランは、人口約9000万人。
これらの人達が、お互いを
抹殺せんとばかりに争っている。今回のパレスチナ人の人の詩は、対立を煽らない穏やかな境地を私は感じた。
旧約聖書に、パレスチナは、ユダヤ人の土地と書いてあることが、イスラエルの過激な行動の正統な理由と云う。
イスラエル人の中にも、ユダヤ人の中にも、融和派や反戦派がいることは救いです。
今朝のニュースで知ったガザのパレスチナの人の詩(英語)
わたし流(詩的)に訳してみました。
私が死んだら 、貴方は生きて下さい。
そして伝えて下さい。
私のことを、
私の持ち物を売って下さい。
そして少しの布とひもを買って下さい。
(尾っぽのある白い布を作って下さい)
ガザの子供達が見上げて空に天国が見えるように、
炎の中に残されたお父さんを待つように、
誰にもサヨナラを云わないように、
お父さんの肉体にもサヨナラを云わないように、
君自身にもサヨナラを云わないように、
凧を見上げて下さい。 君が作った私の凧を見上げて下さい。
空高く上げて、
そこに天使がいて、愛してくれていることをちょっと感じて下さい。
私が死んだら、希望が生まれて、
そんな話をして下さい。