October 31, 2009

「百万本のバラ」への想い

約20年弱前、アブダビ駐在時代、日本人社会のパーテイーで、ある商社の単身赴任支店長が歌った「百万本のバラ」に、私は、いたく感動した。

最近、阿佐ヶ谷ジャズ・ストリートで小田陽子さんの歌を聴き、百万本のバラの原曲は、旧ソ連のラトビアの、「マーラが与えた人生」と云う歌であることを知った。原曲も素晴らしい。

百万本のバラのメロデイーは、哀しさの中に、瑞々しく、生命が輝いているように私は感じる。

「人生がこんなに哀しいのに、海が余りにも碧いのです。」遠藤周作さんの文章を想い出す。

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June 12, 2009

わくらば(病葉)

昨日、2年ぶりくらいに、故郷の高校の先輩の銀座スナックに顔を出した。ママさんは、律儀にも、2年前のボトルをまだキープしてくれていて恐縮だった。

そこで、隣に座った常連の知人客から、「わくらば」が「病葉」と書くことを、初めて知った。昔流行った、歌謡曲に、「わくらばを集めて♪今日も、川は流れる♪」とかの歌があったが、虫に食われたり、葉が欠けた病気の葉であったことを初めて知った。

ただ「わくらば」と云う言葉の響きだけで、今は、それが、病の身で見る人生を歌っている歌だったことを、しみじみと感じた。歌詞には、「たそがれの水のまぶしさ」とかの言葉も続いていた。

故郷の香りを感じながら飲んでると、昔、母が口ずさんでいた「雨に咲く花」を想い出した。いつの間にか、自然に歌えるようになっている馴染んだ曲。歌詞を、噛み締めながら歌ってみた。

歌詞から、色々な人生に想いを馳せる。



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April 18, 2009

想い出のソレンツアラ♪

東急線・白楽駅の改札そばの商店街のスピーカーから、通勤時間帯にいつも音楽が流れている。

いつか、"想い出のソレンツアラ"が流れていて、懐かしいメロデイーに心動かされ、暫く立ち止まった。

電車に乗るのを少し遅らせても、この曲を聴いていたいと思った。

♪私のソレンツアラ、光に輝く♪。など、小さく密かに口ずさんだ。

ちょっと出遭った音楽でも、人生のチャンネルは、切り替わる。

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January 15, 2009

「北風小僧の歌」の暖かさ

「北風小僧のカンタロウ♪、ヒュルルル、ヒュルルル♪」

この歌が、朝の教育TVの幼児番組で流れて来る。

この歌は、私は母との時間や、娘が小っちゃかった頃の時間を連れて来てくれる。娘が幼児語で歌っていたことをほのぼのと想い出す。

愛しさ、可愛さ、暖かさが、ぜーんぶ入った不思議な歌。嬉しくなってしまう。

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October 08, 2007

横浜ジャズ・プロムナード2007

昨日は、毎年恒例の横浜Jazz Promenadeへ行った。もう10年くらい、私は、このJazz Festival を楽しみにしている。

鬼武みゆきさんのピアノは、10年くらい前に馬車道の小さな老舗のJazz喫茶エアジンで演奏を聴いて以来ファンになった。時々聴いていたCDも、耳に慣れ、自分の心の軌跡の調べになっている。

板橋文夫さんのピアノは、彼の身体がピアノになってしまったような、ピアノの強烈な叫びに、驚かされる。カルメンマキさんの歌と、 ヴァイオリンの大田恵資さんとのトリオは、個性とトリオが、不思議な調和をしていた。荒野に一人立つしなやかなけもの・・・と云うボーカルの台詞が、まさにぴったりのトリオだった。

ヴァイオリンの金子飛鳥さんは、これも、ピアノの板橋さんを彷彿とさせるような、ど迫力のヴァイオリンだった。アルゼンチンのピアノとベース奏者と、パーカッシャンのヤヒロトモヒロさんと、ガイア・クアトロと云うバンドで、これも、彼女のヴァイオリンが、もう身体の一部になってしまっている域に達していることが十分に分かった。

芸術は、命の祭りであることを感じた。

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December 04, 2006

低目の野望?

昨日の夕方渋谷ハチ公前で、女性の阿里耶と云うシンガーが歌っていた。「♪低目の野望・・・♪緩めの目標・・・♪でも、あったまりたいの・・・・」って、オリジナルっぽい、大きなアクションの振り付けで叫ぶ様に歌っていた。

"低目の野望"って言葉に、彼女の持つ若者の迷いや、一所懸命さ、素直さも伝わる。あの大勢が行き交う渋谷ハチ公前で、渋谷で最低はCD8枚は売りたいなーとマイクで挨拶。歌の後、2分くらいして、30代くらいの男性が1枚CDを買った(@1,000円)、私も今日の想い出に2人目のCD購入者となった。彼女は、とても喜んで、歌のどこが良かったですか?と聴いて来た。咄嗟に、"低目の野望って言葉です"と答えた。

"低目の野望"って、何だか、可愛らしい人生観だなと思った。野望って、人生のはしかみたいなものかなとも思った。最近、ハチ公前に設置された、緑色の丸っぽい形の大昔の東横線の車両を見ながら、政治家になって目立ちたいなどの野望を持っていた大学時代の自分が、愛しく想い出された。

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October 08, 2006

鬼武みゆきさん、Jazz

昨日は、横浜ジャズ・プロムナードの日だった。 トップバッターで、12:00から開港記念館の最前列で、鬼武みゆきトリオの演奏を聴いた。私が、7年~8年前に横浜・馬車道のジャズ喫茶"エアジン"で初めて、彼女の清楚なピアノの演奏を聴いた。その後、2002年、私が会社を辞めた年、ファーストアルバムのCDが出た。 よく聴くようになったので、私の人生の節目とかには、彼女のピアノの演奏を時折想い出す。

昨年、ゴッホが晩年を過ごしたと云うフランスのオペル・シロワーズと云う所をゴッホを偲んで旅して作曲したと云う"SunFlower"と云う曲も披露してくれた。毎日を小さな旅ととらえる彼女、そして大きな旅が人生。

横浜生まれの彼女、ある日、山下公園を歩いていたら、雨が止み街中がキラキラ輝いて見えたと云う。その時の感動を"Rain"と云う曲で表現したと云う。

演奏終了後、彼女のセカンドアルバム"Little Journey"を買って、彼女にサインしてもらって会場をあとにした。

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November 24, 2005

雨に咲く花、帰り船

故郷の九州大牟田で、姉と二人カラオケに行って、自分が生まれた昭和25年頃の歌を探して歌ってみた。当時の両親が、良く聴いていた歌がどんな歌だったのかを知ると、両親に逢えるような気がした。

母の歌は、余り記憶が無かったが、姉が、この曲は「母ちゃんが歌いよらしたよ」と見つけ出した曲があった。 それが、「雨に咲く花」(井上ひろし)だった。 ♪およばぬことと諦めました~♪です。そういえば、母が歌っていたのを聴いたような気もする。母の人生にとても大切だった曲。発見出来てとても嬉しかった。

父は、姉達をつれて満洲からの引き揚げ船の上で、日本の島影をみた時の、万感の想いの「帰り船」。父は感慨ふかげに良く口ずさんでいた。

雨に咲く花、帰り船、両親を知るのに、とても大切な曲。そして、すぐに両親に逢える曲。

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October 21, 2005

インデアンの言葉、ミネハハ

インデアンの言葉、"ミネハハ"とは、"母の微笑み"とのことですが、ミネハハと云うコマーシャルソングの女性歌手の方の本格的な歌を聴いたら、凄かった。 "人形のきゅうげつ"とか"石丸 石丸ー" とか "ソフランママ" とかで、聴けばすぐわかる声の方です。

人生観の滲み出る、癒しの美声でした。 例えば 蘇州夜曲、 サトウキビ畑 など。

ステージの合間に彼女が云った言葉を書き留めました。 「50を過ぎたら、お返しをする人生」 「人の為にならなければ、自分の為にもならない。」 とても好い歌手にめぐり会えました。

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October 18, 2005

救援物資、楽器

何日か前、水害の大被害に合ったニューオリンズの被災者が、何を送って欲しいかと問われた時、"楽器"と答えた話が心に残った。 映画、戦場のピアニストを思い出した。 どん底の状態で、何処からか流れて来る、心惹かれる懐かしい調べ。 かすかな、生きる力も、呼び戻す音楽。

水害前年、2004年夏にニューオリンズで買って来たCDをかけてみたくなった。

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October 11, 2005

曇り空にトランペット

10月9日午後は、曇り空のなか、横浜Jazz Promenadeに出かけた。 (午前中は、根強い人気のある リコーのパソコンソフト、My Tool ユーザーの全国大会で沢山勉強して、パッと変わって、一人Jazzの散歩に出かけました。)

今年は、今まで行かなかった、生麦のキリンビアビレッジから始めた。 ビール工場の芝生の上での野外ライブ。 さっきまで降っていた小雨が止み、雨に濡れた芝生とやまぶき色の枯葉の上に、白い椅子。 ビニールを覆ったスピーカーさえも趣きを感じた。 雨空でも、人生の詩を歌うぞと云う意気込み。 "松井イチロー&La Noche"の ラテンジャズです。

雨の合間の曇り空に響く トランペットの叫び。 パーカッションの音にリズムを刻む自分の足。 雨上がりの蛙のように、生命の賛歌を感じました。 それから、赤レンガ倉庫を廻り、夜8時過ぎまで、Jazz の世界に浸りました。 Jazz は命の叫びです。

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September 28, 2005

横浜ジャズ・プロムナード

今年も、Yokohama Jazz Promenade が10月8日、9日と行なわれる。 最近、毎年、運動靴をはいて、色んな会場の演奏を聴いて回る。 Jazz には、何か、魂の叫びを感じてしまう。

数年前、氷川丸船上で、Jazz を聴いた時は、最高だった。 海を見ながら、赤レンガ倉庫あたりで、演奏を聴くのも楽しみだ。 いつか、海外のJazz Festival にも行って見たいと夢見る。

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July 03, 2005

ドイツ室内管弦楽団

数日前夕方、横浜駅で、"みなとみらい線"の券売機の前で、切符の買い方が判らず困っているドイツ人が3人いて、私は声をかけ助けてあげた。彼等は海が見たくて、みなとみらいへ行きたいとのこと。 丁度インターコンチに行く予定の私は、彼等を海のそばのインターコンチネンタルホテル(ヨットの形、1/4円形の形のホテル)付近まで案内した。 彼等は、何と来日中のドイツ室内管弦楽団(German Chamber Orchestra)のコンサートマスターと団員であった。 その日は演奏がなく、海を見たくて、3人で池袋のホテルから出かけて来たとのこと。

彼等が演奏スケジュールを教えてくれたので、私は早速 7/1夜、上野の文化会館に行ってみた。 モーツアルト 生誕250周年 プレ・イヤー オール モーツアルト プログラムであった。 ピアノはブーニンとバリー・ダグラス。 2500人位の客席はほぼ満員。 私が道を案内した彼等が、颯爽と、ステージに現れ、モーツアルトを演奏し始めた時には大感激。 コンサートマスターは第一バイオリン、ほかの二人は第二バイオリン、ファゴットの奏者でした。

演奏終了後、団員がバスに乗り込む時、また彼等と会い、彼らは、私が来てくれたことをとても喜んでくれた。私はサインももらった。 今日(7/3)、彼らはサントリーホール、7/4は宮城県民会館の予定である。

駅のちょっとした出会いから、モーツアルトの世界へ、嬉しくてたまらなかった。

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