November 14, 2009

ドキュメンタリー「泣きながら生きて」

昨日、会社帰りに、六角橋商店街の小さな質素な会館で、「泣きながら生きて」と云うある中国人家族のドキュメンタリ-を約50人の地元の人達と見た。2006年のフジTV放映のドキュメンタリーに感動した大学生の熱意が、このドキュメンタリーを映画になったのだと云う。11月28日から新宿バルトでロードショーが始まるという。

私は、この中国人の親子の、夫婦の、貧しさと運命とに立ち向かう、健気な清らかな目に、こんなに美しい人生もあるのかと心打たれた。東京で15年もの出稼ぎの夫、上海で縫製の仕事で働きずめの妻、教育を受けられなかった自分達が1人娘の進学に託した夢は、自分はどうなってもいい、この子にだけは十分な教育を受けさせたいと云う、希望だった。

米国留学へ旅立つ18歳の娘さんが、8年ぶりの再会に、24時間のトランジットで成田へ立ち寄った時、1人つぶやいた言葉を想い出す。泣きながら、「私は知っています。どんなにお父さんが私のことを愛しているか」。

親子が8年振りに再会した日暮里駅のホーム、その後、夫婦が13年ぶりで再会した日暮里駅のホーム。私は、その日暮里駅のホームを自分が訪れた時、たぶん涙するだろう。京成電車が成田駅駅に近づいた時、親子の別れ、夫婦の別れのシーンを想い出し涙するだろう。

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September 26, 2009

映画、「余命1ヶ月の花嫁」

9月18日インドへ行く時、シンガポール航空の飛行機の中で、偶然、「余命1ヶ月の花嫁」を見た。

ヒロイン知恵は、乳癌で死期の直前に、恋人へ密かにビデオレターを作っていた。

「私、約束守れたかな?褒めてもらえるかな?今は太郎ちゃんに、感謝しかありません。太郎ちゃん、初めて会った時のこと覚えています。不器用だけど頑張ってるところがすごくカッコ好かったよ。私は、太郎ちゃんが好きです。太郎ちゃんに、ゴハン作ってあげたかった。太郎ちゃんと、もっと話がしたかった。私は、空の上から、ずーっと太郎ちゃんが幸せになるまで、見守っています。じゃーね。イエイー(Vサイン)」

母もガンで亡くした知恵は、一時自宅へ帰った日、父のそばで寝る時、「お父さん、ゴメンネ。ガンになんか、なっちゃって。」とつぶやいた。「知恵、病気が治ったら、何がしたい?」と父が聞くと、「お父さんと旅行、行きたい。」と云った。

私は、涙が込み上げ、機内の隣の席で眠る娘の顔を見ることが出来なかった。

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June 25, 2009

「ゆずり葉」

「ゆずり葉」とは、毎年、季節を彩る木々の緑の葉たちが、前の世代から、次の世代へ受け継がれて行く様を詠っていた。

昨日みた、映画の試写会の題名「ゆずり葉」。ろうあ連盟60周年の記念映画で、会場には多くの聾唖の方々も見えていた。これは、障害者を描いた映画と云うより、「魂が浄化される」映画だった。

人生の試練は、忌まわしきものではなく、限りない感動の隠し味だと思った。

手話の美しさも知った。人生の「ゆずり葉」の緑の輝きも知った。

「お父さん」、「お母さん」、と云う言葉を、心の中でつぶやくだけでも、湧き上がる感動を感じる映画だった。

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December 08, 2008

柔道一直線、吉沢京子さんファンクラブ会合出席

高校時代の友人に案内をもらって、初めて吉沢京子さんのファンの集いに行ってみた。ファンクラブの類は、今まで行ったことは無かったが、懐かしいアイドルに会えると云う願ってもない機会なので、喜んで参加した。

当時、TVで、一世を風靡したアイドルと、30名くらいの会合で、今このように穏かに会える機会が来ようとは、人生の展開を不思議に思う。

芸能界は平坦な道ではなく、色々な苦しみ、葛藤も経験されて来られただろうが、清純なイメージは変わらず、会えて、大変嬉しく思った。

丁度、昨日の朝、TVの新日曜美術館で、米国の画家アンドリュー、ワイスの静かな寂寥とした絵の魅力について、「自分にとって何が愛おしいか、振れない価値観」があるとゲストの方が紹介されていたが、その様な価値観が、今の吉沢京子さんは、あることを感じた。

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November 05, 2008

208年、赤壁の戦い、そして人生を詠う

先日、映画「レッドクリフ」を見た。日本がまだ詳しい史実が残っていない大昔の時代、208年と云う年代に、中国で繰り広げられた三国志のクライマックスの戦い。何故か、映画を見ていると、そんな大昔ではないように感じた。巨大な敵に挑む戦いをまじかに見て、何故か気持ちが高揚するのを覚えた。

映画の最後に流れて来た歌の台詞が、また感動的だった。

「百の酒杯よりも、月の光に酔う」、何と云う人生の美を詠った言葉だろう。私も、人生に恋し、月の光に酔いたい。

「苦しみは、私の勲章」、これまで訪れた苦しみは、私の人生の勲章。私が戦って来た証の勲章、人生の誇り。

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July 29, 2008

崖の上のポニョ

今日は、会社のアラブ人代表が本社への帰国離日する日。昨日、私は彼に、沢山のお礼の言葉を述べて、夕方オフィスから送り出した。

2年前、私を、石油業界に復帰就職させてくれた。昨日は、私の人生の忘れられない恩人との別れだった。

私は、彼を送り出した日を、将来、想い出す為に、何か印象に残る事は無いかと考えた。それは、見たくて前売りチケットを買っていた「崖の上のポニョ」を見ることだった。終業後、川崎チネチッタへ行き、7時半から「崖の上のポニョ」を見た。ポニョと云う名前の由来は姿が「ポニョポニョしている」からだと云う。

それは、人間の美、生命の輝き、子供の愛くるしさが溢れていて、まさに感動する映画だった。映画を見終わった後、興奮の余り、九州の弟の家へ電話して、姪の小学生の女の子に、"「崖の上のポニョ」はすごいよ。ぜひ見なさい。"と話していた。「ポニョ♪ポニョ♪ポニョは魚の女の子♪」と云う歌も、電話でちょっと披露した。

私の人生で忘れられない恩人の送別の日、「崖の上のポニョ」が想い出させてくれる。

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July 08, 2008

人生の映像ライブラリー検索

年を重ねることは、それまでに体験した、喜び哀しみが、脳への想像力を与えてくれることで、その後の人生に、深い味わいをもたらしてくれる。

色々な体験は、強烈であればあるほど、その後の豊かな想像力の源となる。

良い想い出は、脳が想像するだけで、現実と同じような錯覚を起こさせてくれるように思う。

私は、最近、想像力で、人生の素晴らしいシーンが、時間も空間も超えて、現実のように現れるような感覚にもなる。

脳は、人生の映画のメニユーを沢山増やして来て、人生の映像ライブラリーのようなものになっている。

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June 10, 2008

地球の醜さ、人間の醜さ

昨日試写会で、「闇の子供達」を見た。児童虐待・児童売買・児童買春・臓器売買の実態を描いた映画で、見るにはかなりの勇気が必要だった。ある程度、精神的な力がないと見れる映画ではない。私は、子供達が、人一倍好きだから、余りにも過酷過ぎて、人には余り薦められない映画だと思った。

私は、坐禅で修行している身だから、このようなことは、目を背けてはならないと思って見た。覚悟してみなければいけないと思って、意を決して見た。人間の煩悩の醜さ、巨大さを思った。人生の中で、決して檻から出してならないライオンのような煩悩があることを思った。

地球の醜さ、人間の醜さも思った。宇宙飛行士が、美しく眺めた地球でも、おぞましい人間社会のシーンも存在している。自然や人間も美しい面も見せてくれるが、決して美だけではない。病んだ細胞があるように、地球も人間も、十分に醜い面も持っている。

ただ、病気が快癒することを願って、美しい地球を、人間を思いたい。勇気を出して映画を見て良かった。

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March 19, 2008

日中共同映画「純愛」

昨日、夜、映画議員連盟の試写会で、日中共同映画「純愛」を見た。満洲からの引き揚げ時の悲劇と、その混乱の中で、中国に残留したある日本女性の人生の映画だった。鳳凰山付近から奉天を目指し徒歩で引き揚げる開拓団の模様、当時の中国の農村の模様、すべてが、私の両親の経た人生の映像のように思えた。

製作・主演の小林桂子さんを、この映画製作に、突き動かしたものは何だったのか、私は、偶然見たこの映画に、衝撃を受けた。余りにも過酷な運命にも、最善を尽くして気丈に生きる人生に、そして中国人の優しさににも、当時の両親の体験が頭をよぎり、私の目の前に、両親の人生のシーンが蘇るようであった。

バタン・バタンと、瀕死の状態で転倒しながらも生きて行く、過酷な、哀しい、逞しい、美しい人生が、確かにあった。

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February 19, 2008

「アース」、地球・大自然の映画

昨日、終業後、前から見たかった、「アース」と云う、地球・大自然の映像の映画を見た。

大自然を見たい気持ちは、坐禅を求める境地に似ている。宇宙の摂理を見るようで。

熱帯から南極へ6,000キロの海を泳ぐ鯨の親子。嵐の海では、母鯨も、子鯨も、はぐれまいとして、ヒレで海面を叩きつけて、大きな音を出し、お互いの位置を確認しながら泳いで行く姿があった。

確かに、私も人生の中で、母にはぐれないようにしがみついて旅した時代があったことを想い出した。そして、私も、子供に、鯨のように音を出して、はぐれないように見守った時代もあったことも想い出した。

成人したら、そんな時代が、ほほえましく、また厳しく、哀しく、逞しく思える。そして、大自然の一部を歩んで来たことを思った。

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January 24, 2008

「母べえ」の響き

「母べえ」と云う映画があることを知った。初めて、その「母べえ」の響きを聴いた時、ジーンと来てしまった。

まだ映画もストリーも知らないが、映画を見る前から、もう、家族の母に対する色々な愛着の場面が浮かんできた。

母に対する、尊敬や甘え、安心、ちょっと茶化した愛情表現。

子犬が母犬にじゃれるような愛情表現の言葉。

私には、人生の喜びと悲しみまで、包み込んだ言葉に聞こえる。

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October 25, 2007

医療費200兆円の中の無保険者

世界で最高の医師、医療レベルと云われる米国の医療費はGDPの約15%で、200兆円弱である。世界最大の石油輸出国サウデイアラビアの年間石油収入・25兆円内外と比べて何倍もの医療費を使う米国。

その米国には、約5000万人の医療無保険者がいる。医療関係者が経営第一主義で、先進国では、最悪の弱者切り捨て政策をやっている。米国での医療費は、もし利用すれば、日本の個人負担の約10倍の感覚と云う。

マイケル・ムーア監督の病める米国医療制度糾弾の映画の試写会("Sicko")で、米国の拝金主義医療に驚愕した。貧しい患者を、タクシーに載せてゴミのように貧民街へ捨てる病院、金を持ってるか否かを確かめてしか治療しない医師,病院。病気になったら、例え医療保険に入っていたとしても、家を手放さなければならないほど高額医療費の米国。

カナダ、英国、フランス、キューバなどの国民皆保険の、格安または無料の医療費との対比で、病める米国の医療制度を告発していた。カナダも英国もフランスも、医療は、税金で社会主義的に、安くもしくはただで行っている。

緊急の患者や病人を、最低限人道的に扱えなくては、国家の恥じであると思う。そののちに自由主義ではないか?
お金儲け主義の一番醜い医療制度、医療関係者、保険会社、製薬会社が米国にはあった。

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October 06, 2007

「オリオン座からの招待状」宮沢りえさん

一昨日、会社帰りに、浅田次郎原作、「オリオン座からの招待状」の試写会へ行ってみた。

昭和30年代の古い映画館をめぐる、素朴で、美しい人間模様のドラマだった。私は、「壬生義士伝」以来、浅田次郎の人間描写に、何だかほろりと弱いことに気付いた。

蚊帳の中にホタルを入れるシーンは・・・・もう何にも要らないと思うほど、人生の感動のシーンだと思った。私は、「ホタルの墓」のシーンを想い出した。兄妹で見るホタル、あんな綺麗な人生のシーンは、忘れることは出来ない。

今回の映画のヒロイン・宮沢りえさんは、素晴らしい女優さんになったと思う。痩せてちょっと痛々しいが、彼女の人生の苦難を超えた優しさが滲み出ている。

貴乃花との破談の時は、若い宮沢りえさんにとっては、どんなにか辛かったことだろうと思うが、結局は、彼女は、数段精神的にも人格的にも高いレベルであって、神が救われたのだと思う。

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August 14, 2007

水木しげるさん、城山三郎さんの世界

九州から横浜へ帰ってきた8月12日の夜、偶然つけたTVで、水木しげるさんの戦争体験の番組にくぎづけになった。玉砕の意味する非人間的な組織の暴挙に強い憤りを感じた。

城山三郎さんの番組では、彼の戦争体験を経た、反組織論には沢山うなずいた。「旗振るな、旗振らすな」に彼の人生観が集約されている。戦争体験がもたらした、病的なまでの、組織への警告は、その熱意に打たれる。

このところ、「はだしのゲン」を始め、時節がらか、戦争からみのTVを連続して見た。改めて、戦争回避の努力の大切さを再認識した。戦争から60年を経て、再び、戦争へ繋がる危険水域に突入して行くことのないように、しなければならないと、つくづく思った。

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July 16, 2007

もう一つのワールドカップ

新宿テアトルで、もう一つのワールドカップの記録映画「プライド・イン・ブルー」を見た。6月2日市谷アルカデイアで開催された、三池高校の大同窓会会場で、この作品の中村監督自身から薦められ、前売りチケットを買っていたので、昨日は、どうしても見てみようと思い出掛けた。

知的障害者のハンデイキャップ゚サッカー世界大会を、2006年9月ドイツで取材したドキュメンタリーだった。この大会を2002年たまたま見た中村監督は感動し、世間に知って貰う為に、この映画を作ったと云う。

私が感じたのは、「命の輝き」だった。夏の朝顔の花に乗った水滴、そんな情景を連想する、輝きだった。それぞれに、過酷な運命や、辛い巡り合わせもあるのが人生。それでも、ちょっと、元気を出して、桶の外を覗くように、外を見て見ると、見たこともない、お伽のような世界もあることに気付く。

私は、サッカーは余り見る訳ではないが、手を広げたゴールキーパーは、とてもカッコ好いと思う。守る気概の溢れたゴールキーパーは特にカッコ好い。そして、私は、両親が私の人生のゴールキーパーだったことを想った。

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January 26, 2007

新聞配達を見守るシーン

昨日、"幸福な食卓"と云う映画の試写会を見た。

男子高校生が、自分で働いたお金で、恋人の同級生の女性にクリスマスプレゼントを贈ろうと、新聞配達のアルバイトを始める。毎朝早朝、自分の家に、新聞を配達に来る恋人を、二階の窓からそっと見る日々。

そして、クリスマスの直前に、彼は、新聞配達の帰りに、交通事故で他界する。お互いに、残されたクリスマスプレゼント。彼女が編んだマフラーを入れた袋がそっと、彼女の部屋に残る。窓の外の、新聞配達のポスト付近に目をやる時の辛さは過酷だった。

残された彼女が、それを、乗り越えるのも、家族の力だった。Mr.Childrenの"くるみ"が主題歌に流れ、この曲が直ぐ好きになった。

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January 06, 2007

硫黄島からの手紙

昨日終業後、夜川崎チネチッタで「父親達の星条旗」を見た。そして今朝、雨の中、「硫黄島からの手紙」も見て、念願の二つの映画を見ることが出来、ほっとした。

島の周りを埋め尽くす圧倒的な軍事力の米軍(上陸軍6万、艦船補給軍22万)を見ても、孤立劣勢2万の日本軍は、怯まず、1日でも長く本土空爆を遅らせようと35日もゲリラ戦で持ち堪えた。昭和20年2月末、硫黄島陥落の後、東京大空襲へと進んで行く。硫黄島の兵士が、武士道の潔い死に方ではなく、ただ1日でも長く、米軍の本土攻撃を遅らせようと、地獄のような環境で地を這い、戦ったことを覚えておきたい。2日3日で決着が付くような戦いを、35日も堪えてくれた栗林中将率いる日本軍が硫黄島にいたことを覚えておきたい。

日常何気なく過ごす35日と云う短い日々も、かつて、この様に生命を賭して守ろうとした兵士がいたことを覚えておきたい。日本の平穏な日を1日でも長く、続けられるために玉砕して逝った2万の兵士がいたことを覚えておきたい。そして、自分の送る何気ない1日の有り難さも、幾多の英霊に感謝を禁じ得ない気持ちになる。

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November 21, 2006

「君の名は」

「君の名は」で有名な岸恵子さんの実家は、横浜・白楽との事で、行きつけの白楽商店街のジャズ喫茶のママは、年に1~2回、商店街で、フランスから帰国中の岸恵子さんを見かけると云う話にびっくり。讃岐うどん屋さん、鰻屋さん、など出没されるらしい。

「忘却とは忘れ去る事なり、忘れ得ずして、忘却を誓う心の哀しさよ」、佐田啓二さん(中井貴一さんのお父さん)と一世を風靡した「君の名は」。

私も是非、偶然、商店街を歩く、岸恵子さんに逢ってみたい。真知子巻きで数奇屋橋に佇む、氏家真知子さんが、そこにいると思うと、銀幕の世界にタイムスリップと云う感じだろう。不思議な感覚。

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October 27, 2006

"ひだるか"

昨日夜、下北沢で映画"ひだるか"を見た。"ひだるか"とは九州・三池の言葉で、「ひもじくてだるい」状態の言葉。確かに、故郷で聴いたことがあった。

総資本対総労働の戦争だった三池争議を、その子供の世代が描いた映画だった。弟を大学に出すために、第2組合に入ったヒロインの父。社会や生きて行く為には第2組合的な生き方が求められることが多いのが人生。

指名解雇された労働者1200名を、全国の労働者がカンパして支援したころの炭鉱労働者の主婦達の映像も残っていた。女達も貧しくとも、団結して戦った。ホッパー(石炭出荷施設)の前の攻防に命がけで、2万5千人がピケをはり、1万人の警察官と対峙した。

私は、江戸時代の"天草の乱"のようなものを感じた。労働者が余りにも美しく、哀しく滅びていった。生前、父母に三池争議について意見を聞いたことは無かったが、炭鉱関係者ではなかったが、父母は、まちがいなく第1組合を支持したと思う。私達兄弟姉妹6人を育てた実際の生き方とは違っても。

"ひだるか"は三池以外の土地では、よく「ひもじい」の意味に使われるという。"ひだるか"は過酷な炭鉱労働者が、作業中に疲れて、"腹はすいているのだが、身体がだるくて食べられないような状態"を表現したのだと思う。

監督は、この"ひだるか"感と現代社会を、重ねて捉えている。真剣に生きる、必死に生きることに、人生への愛しさを感じながら、深夜の賑やかな下北沢をあとにした。

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September 07, 2006

「フラガール」試写会

映画「フラガール」は、炭鉱の街、常磐の再生の物語だった。石炭斜陽化、合理化で失業、寂びれて行く炭鉱街の、貧しい女の子達が、街の再生にフラダンスを覚えて、ハワイアンセンターを成功ヘ導く物語。

人生の厳しさ、炭鉱労働者の貧しさ、一生懸命に生きる美、そんなものが混ざってとても良い映画だった。ど素人の炭鉱街の女の子達に、ダンスを教える女ダンス教師が、ダンスに反対し生徒の髪を切ってしまった父親に怒鳴り込んで行くシーンが、好かった。銭湯の男湯の湯船に浸かっている父親に、女教師は洋服を着たまま飛びかかって行く。

人間にとって、怒りは、ろくなものではないと思っていた私には、この女教師の、動物反射的な正義感の怒りには、何か、清々しい美しさを感じた。怒りも、こんなに、美しく表現されることがあることを知った。「一生懸命さ」これが、昭和30年代の美だったんだ。

何気なく、見てみた映画だったが、素晴らしい「人生の映画」だった。

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June 02, 2006

「日本沈没」試写会

「日本沈没」の試写会を見た。巨大な災害の中で、命がけで災害に立ち向かう人間の行動に、日頃忘れていた、真剣に生きる尊さのようなものを感じた。

自然の巨大な破壊は、日本の歴史の中でも、案外多く起きている。ただ、自分の身の周りに、最近起きてなくて、巨大な災害の実感が湧かない人が多いと思う。だが人生には、戦争や、このような災害と云う、避け難い運命に出合う人の方が、むしろ多いのではないかとも思う。

今、自分が生きていることに改めて感謝し、災害が訪れた時のことも考え、貴重な人生を納得いく生き方をしなければと思った。人生を真剣に考えさせてくれる、とても良い映画だった。

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April 06, 2006

昔の映画

九州の姉から、大正生まれの母が好きだった昔の映画(洋画)のことを聞いた。

イングリットバーグマンの「誰がために鐘は鳴る」、ソフィアローレンの「ひまわり」、ダニエル・ダリュの「赤と黒」とのこと。

「誰がために鐘は鳴る」は、私のブログの英語のジャンルでも紹介したことがある。私はまだ、この映画はみたことがない。イングリッドバーグマン とハンフリーボガードの写真のポスターは印象的だ。

全て、3つとも、見てみようと思う。これらの映画が好きだった母の気持を知りたい。

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October 03, 2005

ブラジル移民、ハルとナツの物語り

昨晩、TV で、「届かなかった手紙、 "ハルとナツ"」を見た。 凄い時代の、凄い人生。 別れ別れにならざるを得なかった時の子供の姉妹の気持が、余りにも過酷で、耐えられない思いだった。 生きていく事の、辛さ、逞しさ、自然と人間の美しさが、伝わって来た。 生きるって、生半可な事じゃない。

満洲を夢見て渡った両親の人生を思った。 数十年前、命をかけるような沢山の出来事が起きていたんだ。 私も、命をかけて、泣いたり笑ったりして、ずっしりと、生きて来た証になるような人生を送りたいと思う。

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March 03, 2005

「アレキサンダー」の感想

ペルシャとの戦いの時、マケドニアに栄光あれと大軍勢の前で叫ぶアレクサンダーに、壮大な人生の絶頂期を感じた。 若い時、その様な場面が時折、人生には確かにあるように思う。(私の心の中では、何か思い切ってやる時には、自分を奮い立たせるイメージ作りに役立つ)ただ、東へ東へ、地の果てまで統一を目指したアレクサンダーにとって、一人の人間の深い愛を得ることの方が難しかったのだとの思いも驚きであった。(人の心も果てしない程広く、混沌としているものだとも思う。だからこそ、人を愛することも生命賭けの事業なのだ。)

 

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