March 06, 2017

初めてのビリヤード、横浜シーメンズクラブ、

昨日は、快晴の横浜、みなとみらいの海岸を、ノルウェー親子に案内した。20代の商社マンの友人も一人加わって、広々とした海の解放感、しばらく4人で海岸の公園で談笑した。

その後、シーメンズクラブのバーラウンジでランチしたら、20代のふたりが、ビリヤードをやり始めた。英語ではPoolと云うらしい。

私も、ノルウェー人の友人も、引っ張り込まれて、私は、初めてビリヤードをやってみた。やってみると、なかなか面白いものだと初めて知った。シーメンズクラブで、外人とビリヤード、ちょっと想い出になる光景。

また、同じシーメンズクラブのラウンジにあるカラオケルームで、英語のカラオケを約1時間半、ノルウェー人の友人の20代の息子が、何と、日本語の曲、「いきもの係」の「青い鳥・ブルーバード」を、たどたどしい日本語で披露にびっくり,

そんな一日を終え、鎌倉・腰越の小さな旅館に彼らノルウェー親子を案内して、昨日の予定は、終了。

今朝は、鎌倉・腰越から、東京へ彼らと一緒に出勤。


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September 22, 2010

負けた方に、感銘を受ける柔道の凄さ

昨日夜、TVでシドニー・オリンピックの時の柔道・篠原選手の決勝の模様が、久しぶりに放送されていた。

世紀の誤審と云われた、審判のミスにも関わらず、篠原選手は、「私は、弱かったから負けた」と言い放った潔さに、改めて感涙。

「勝負は、柔らの道の修業道のための方便」、と考えた嘉納治五郎の精神の高さを、彼は表現してくれたんだと思う。そんな時に、抗議しまくり、わめいては、柔道の精神が泣く。

勝った、負けたと騒ぐことは、時に姑息な感情を生む。全てを学びのための示唆と感じ、修業して行く気概は、修業僧に似て、清々しい。

人生も似ている。世間で考える人生の勝敗のルールに囚われて、一喜一憂する人生は、薄っぺらなスポーツ精神の様なもの。スポーツで有名になっても、人格が最低な人はザラにいる。

全ては、形に囚われては、人格は磨かれない。

形の背後にある、気高いものに気づき、修業して行く姿、それは朝日の様に清々しく、輝いている。

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February 02, 2009

四川地震のエピソード

2008年、5月12日、四川地震はオリンピックの3ヶ月前に発生した。オリンピックのシンクロ9人の選手の中に3人の四川出身がいて、地震のニュースを見た時は、ショックで泣きっぱなしだったと云う。その後、全ての中国の選手も、惨劇のニュースに泣いたと云う。

練習に気が入らない選手に、井村監督は云ったと云う。貴方達は、こんな時に、ボランテイアに四川に行かずに、練習している自分達を責めているでしょう。私には、わかる。と云って一緒に泣いたそうです。

そして、四川の苦しんでる被災者に、オリンピックで頑張って、明るい話題で励まそうよ。と声をかけたと云う。

それが、中国チームの奇跡の銅メダルにつながったことを知った。

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February 01, 2009

絶対絶命の時の覚悟、井村雅代監督

31日、オリンピックの中国のシンクロのコーチ、井村雅代さんの講演を新宿で聴いた。

中国のメダルが期待されたデユエットに失敗し、中国選手団も、意気消沈、落胆したと云う。2日後に迫ったチームの演技を前に、選手の中に恐怖が芽生えた時、恐怖を取り除くために、井村監督は、その2日、選手を一人にさせないようにしたと云う。一人になると恐怖や不安が高まる。そこで、わざと人通りの多い通りで陸上で演技の練習させたりしたと云う。

中国がメダルを取るなら、デユエット しかないと云われたデユエットで失敗した、絶対絶命のピンチの中で、井村監督は、選手の能力をいっぱいに引き出すために、腹をすわらせ、起死回生の覚悟で次の試合に臨んだ。

最後の演技に選手を送り出す時、井村監督は、選手に云ったと云う。「ここは、北京です。貴方達の家です。貴方達の演技をしなさい。」と。

鬼コーチと云われた井村監督。練習した者だからこそ云える、すごい迫力。


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