戦艦大和の最期、伊藤整一海軍大将、
今度の帰省の時、戦艦大和の第二連合艦隊(沖縄戦特攻出撃)の司令長官だった伊藤整一海軍大将の墓、大牟田市、岬、も訪ねる予定です。
大牟田に、伊藤大将の墓があったこと、改めて、感激します。
海軍連合艦隊司令部は、横浜慶応大学の日吉の下の地下壕にあり、10年くらい前に見学もしました。その地下壕で、大和の最期を受信したことも聴きました。
護衛戦闘機隊の零戦の中に、伊藤整一大将の長男の伊藤叡(あきら)中尉もいて、空から大和の最期、父の最期を見とどけたと伝えられています。
最後の戦艦大和の艦長は有賀幸作(長野県伊那郡出身)、海軍中将
その時の連合艦隊の総司令長官が伊藤整一海軍大将でした。
大和は、昭和20年4月7日.鹿児島、坊の岬沖で沈没しました。

