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先日、粟島に一緒に旅したアンリ神父は、「神父」と呼ばれたくないとの本心を、新鮮に聴いた。
「神父」と呼ぶことで、人間関係が固定化され、自然な人間関係を阻害してしまうと云う。
「さん」付けで呼ばれることが、アンリ神父は好きだと言った。
私は、長年、アンリ神父には、「さん」付けで呼んで来てよかったと、胸をなで下ろした。
October 26, 2021 in 心と体, in 日記・コラム・つぶやき, in 社会 | Permalink Tweet