「いつも新しい」、昨日の気づき、
昨日の住職の法話に、阿弥陀は人格神ではなく、永遠の光、大光明、宇宙いっぱいと云う意味と知った。人格神は仏教でも否定していることが、私には心地よく響いた。
人生は一枚一枚の静止画像、過去の記憶と、未来の憶測で、つながっていると見えるだけ。原田湛玄老師は「いつも、いつも新しい」とおっしゃっていたと云う。
昨日見たTV(こころの時代)で作家の辺見庸さんの言葉が染みた。他の苦しみの飛沫と云う言葉。最も弱いものの吐息と云う言葉。
振り返れば、沢山の新しい気づきの数々。
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