« 磯村尚徳キャスター講演会、チュニジア大使館 | Main | 「沈黙」は世界へ 、 »

February 05, 2017

満州の語り部、立川市役所にて、

昨日、立川市役所で戦争体験を語る会で満州開拓団の子供であった田中信子さん(78才)の話を聴いた。

田中信子さんは父親が新潟から満州開拓団で満州に渡り、満州開拓団で初めて生まれた子供だった。終戦の時6才だった信子さんが見た地獄や光を、私は引き込まれるように聴き入った。

匪賊が村を襲った時、畑の茂みに皆で逃げ込んだが、見つかり、母は撲殺されました.叩いて殺されましたとおっしゃった。6才の信子さんも右腕を二股の槍で突かれた傷跡を見せて下さった。お父さんは、終戦の直前に召集、そのままシベリア抑留。

逃げることで命をつなぐ日々の苦しみ。

そんな悲惨な体験の中、収容所で、井戸の水汲みを手伝った時の、人に役立つことの喜びを感動的に語って下さった。

引き揚げ船の中で亡くなった人は、藁ムシロに包んで、船尾から海に滑り落とした水葬の哀しみ。

舞鶴上陸前日に、船で出してもらったご飯と海苔の佃煮、小さなミカン。信子さんは、あの時の歓びを想い出すために、今でも海苔の佃煮がいつも冷蔵庫にあると云う。舞鶴に上陸した時の桟橋の木の欄干の優しさを愛おしく、信子さんは、今の舞鶴の桟橋の写真を大事に持ってらっしゃった。

「日本人は中国で悲惨な体験をしました。中国の人達も日本人によって悲惨な体験をしました。戦争は絶対にいけません」と、田中信子さんは、叫ぶようにおっしゃった。

田中信子さんが体験した満州、またひとつ、私が両親の人生を深く感じることができる。

|

« 磯村尚徳キャスター講演会、チュニジア大使館 | Main | 「沈黙」は世界へ 、 »

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



« 磯村尚徳キャスター講演会、チュニジア大使館 | Main | 「沈黙」は世界へ 、 »