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February 17, 2016

安らぎ、神の世界、

昨日、会社帰り、久しぶりに新宿の哲学カフェに出た。

キックオフトーカーは、人はそれぞれに色々な役割を持ち生きているが自分は世界平和を目指して生きているとの話をしてくれた。

私に振り返って考えると、私は、「安らぎ」と云う言葉で神をイメージして、日々生きていることを想った。私のあらゆる行為は、安らぎに向かうのか否か、それが私の行動指針。

私の安らぎでもあり、全体の安らぎでもある。私が安らぐだけでは駄目で、私も周りを安らがせる存在でなければならない。

法灯明、自灯明、法の灯火、自己の内面の灯火。

その灯火に導かれ、私は、色々な役割を果たして日々生きて行く。

私の友達にとって、周りの人々にとって、あるいは私とでくわした動物や鳥や虫、草花にとって、私は、どう映っているのだろうか?、何十面相にも見えているかも知れない。

それでも私は、微かにも、宇宙探査機はやぶさが発し続ける電波のように、「安らぎ」の電波を発信しながら生きて行く。宇宙にさまよって迷っても管制塔は神。

そんな夢想を楽しんだ。

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