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August 18, 2015

低賃金肉体労働と高額配当収入、

頭を使って、涼しげに株や配当で莫大な金を稼ぐ生き方に憧れる人も多い。

そんな時、その対極として私の脳裏に浮かんで来るシーンがある。遊び盛りの高校生が、母親がパートで勤める水産加工場にお金をせびりに行った時に見た母親の、長靴、雨ガッパのような黒いゴムのエプロン姿を見た時に、打たれるような衝撃。僅かなお金が教えてくれる人生の感動。暖かくて優しくて、もう何も要らない程の感動を与えてくれる。懺悔と感謝は、人を仏性に導びく。

ガッツ石松さんが、若い頃、上京する日、工事現場で働く母が、汚れた手でポケットから出して渡してくれた、くしゃくしゃの千円札。今でも宝にされていると云う。

ヴァーチャル(仮想)で、稼ぐのは、戦争をヴァーチャルで捉える生き方と似ている。

焼け付くような人生の感動は、ヴァーチャルの世界には無い。低賃金で肉体労働をしても、人生の豊かさで、遥かに優っていることを想う。

貧しさがもたらす豊かさに気づく。

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