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August 31, 2015

五木の子守歌

最近、住職に紹介して貰った「南の島に雪が降る」と云う映画の中で、森繁久彌が唄う五木の子守歌の場面をビデオで見せて貰った時、衝撃が走った。明日は、玉砕と云う兵士達の前で、にわか仕立ての舞台の上で、森繁中隊長が貧しい子守娘の姿で五木の子守歌を唄ったのである。

私の母や姉達がよく口づさんでいた唄、子供だった頃、田舎の風景がどっーと浮かんで来て胸が、熱くなった。

その後、改めてこの唄のルーツをしらべて見て、また衝撃が走った。

熊本の山間・五木村は平家の一族が住み、隣村に源氏から派遣された「よか衆」に搾取監視されて、農奴として一生を終えた被差別部落の人々の哀愁歌であった。

娘は小さい頃から、子守役の奉公に出され、その時の哀愁を唄ったものだった。

「おどま盆ぎり盆ぎり、盆から先やおらんど、盆が早よ来りゃ早よ戻る」「おどま勧進(乞食)勧進、あん人たちゃよか衆、よか衆よか帯よかきもん(着物)」「おどんがうっ死んじゅうて、誰が泣いてくりゅか、裏の松山、蝉が鳴く」「おどんがうっ死んだら、道ばたいけろ、通る人ごち花あげる」

なんだか、この唄を口づさむと、かぁちゃんと会った気がする。


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August 30, 2015

地べた目線、

地べた目線と云う言葉を初めて知った。 北島三郎さんのことを表して新聞に書いてあった。

決して上から目線にはならないと云うことか、よい響きの言葉だと想う。

そう云えば、蟻の目線は、地べた目線だろうと想う。 蟻から見える光景はどんなだろうなど想像してみる。

キリンの目線、馬の目線、ライオンの目線、蟻の目線、カラスの目線、魚の目線、色々考えると、人間の私が、特殊に思える。

真夏の暑さも、地べたにいる蟻の体感温度はすざましいだろうと想う。

私も地べたに寝そべって、眺めてみたくなる目線。

地べた目線、色々な想いが、想像が、ドンドン広がる言葉だった。

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August 29, 2015

50%幸せ、50%不幸、

人生では誰しも、50%の幸せと50%の不幸を持っていると想う。そう創られているのだ。

それを、精神が故障した人が、どちらかに偏って見てしまうのだ。

常にある50%の不幸に学び、気合いを入れて貰って、50%の幸せに息抜きをさせて貰い、お祭りをやる。

それは人生へのエネルギー。人生のアクセルでもあり、ブレーキでもある。アクセルもブレーキも人生の運転には共に重要。

自分が50%幸せで、50%不幸に気付く力は、神様の手の内に気付く力、なぁーんだと、神様と顔を見合わせて笑う力。何があっても大丈夫の力。


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August 28, 2015

今日から天城山 坐禅合宿 2015年夏、

毎年恒例の伊豆・天城山・坐禅合宿、私は、春と夏に、必ず行くことにしている。 今日から、2泊3日の道場生活。

山中で、早朝4時起床、真っ暗な内から坐る。 起床はいつも夜明け前が好い。 日々、新たな生命を感じるには、夜明けの徐々に明けて行く明かりを感じるのが一番。

山中の夜明け前の起床は、日常の生活に、ちょっとしたメリハリを付ける。

ボンヤリと、大自然に、自分を委ねて時を過ごしてみようと想う。

特に深いことは考えず、煩わされずに、"生きてもいない、死んでもいないように"、ただボンヤリと。

そうすれば、いつしか、何でもないことが輝き始める様な気がする。

そうすれば、いつも人生は旬。 いつも前後裁断された新鮮な時が広がる。

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August 27, 2015

食べて治す、

医学の祖・ヒポクラテスは、手術より薬、薬より食べて治す医療の大切さを説いた。今月は、食べて治すことについて調べてみた。

―「健康診断の気になる結果を食べて治す」クロワッサン特別編集2015・9・25―

1、高血圧改善
(1) 減塩= 酸味(レモン・すだち・酢など)、スパイス、ハーブなどで工夫・減塩する。
(2) 食物繊維摂取=小豆、アボガド、納豆、ごぼうなど、おから、干し柿など。
(3) カリウム摂取=昆布、ほうれん草、モロヘイヤ、春菊など。

2、 低ヘモクロビン改善
(1) 葉酸摂取=アスパラガス、ブロッコリー、ほうれん草、小松菜、もやし、キャベツ、イチゴなど。
(2) 鉄分摂取=カツオ、マグロ、ブリ、あさり、がんもどき、厚揚げ、鶏レバー、牛赤身など。
(3) ビタミンB12 摂取=さんま、牡蠣、イワシ、サバ、シャケ、たらこ、ししゃも、など。

3、脂質異常改善
(1) 不飽和脂肪酸摂取=オリーブオイル、亜麻仁油、紫蘇油、アジ、イワシなど。
(2) 飽和脂肪酸はダメ=バター、チーズ、ベーコン、豚肉、鶏モモ肉(皮付)など。
(3) 食物繊維多い食品摂取。
(4) アルコール、甘いもの控える。

4、高血糖改善
(1) 動物性脂肪や、塩分(たらこ・イカの塩辛・福神漬け、生ハムなど)控える。
(2) 食物繊維摂取、 主食は、玄米が好い。

5、高尿酸値改善
(1) 酒は控えめ。
(2) タンパク質摂り過ぎ注意、プリン体食品注意。
(3) 水分を多く摂取する(但し、スポーツドリンクはダメ、プリン体多い)。

6、 肝臓機能低下改善
(1) 肝臓に貯まった中性脂肪を減らすには、低脂質・高タンパクのものを。
(2) ダメージを受けた肝臓には、ビタミンB1,B2,B6(大豆・枝豆・鶏レバーなど)を。
(3) 肝細胞再生にはタウリン、魚介類(牡蠣、イカ、あさりなど)に多い。 以上

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August 26, 2015

心の中の登場人物、

人生は、必ずしも現実を生きてはいないと想う。

心の中の登場人物は、現実とは関係なく、自在に登場している。生死も距離も関係が無い。

世界は、その人が心の中で会っている登場人物で成り立っている。

どんな人と心の中で会うのかが、人生を決めている。

ふと、そんなことを想う雨の日の朝。

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August 25, 2015

ベランダに仰向けに横たわるアブラ蝉の亡骸、

今朝、目が覚めるとベランダにアブラ蝉が仰向けになって死んでいた。

よくぞ私の家にたどり着いてくれたと想った。

蝉は私の子供時代の想い出そのもの、いつも蝉に、心がドキドキするロマンを感じる。私が蝉が好きなことを知って、蝉が私のそばに近づいてくるようにさえ想う。

昨日、夜、道で仰向けに死んでいる蝉を見つけ、近くの茂みに移してやった。

いつの間にか秋、夏は終わりましたよ、と蝉に伝えて貰っている気がする。思いっきり鳴き、力の限り鳴き、バタンと仰向けになって死ぬ蝉。

潔く、まるで、母の人生のように想う。ベランダで潔く仰向けになって死んでいたアブラ蝉を、たまらなく愛おしく抱く。

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August 24, 2015

田端文士村記念館、芥川龍之介、

昨日、初めて、田端文士村記念館を訪ねた。

芥川龍之介が、幼い息子、比呂志と交わした会話を、思わずメモした。

僕は、ネズミとなって逃げるから。→ぢゃ、お父さんは猫になるから好い。→そうすりゃ、こっちは熊になってやる。→ぢゃ、虎になって追い掛けるぞ。→何だ虎なんぞ、ライオンになりぁ何でもないや。→ぢゃ、お父さんは龍になってライオンを食ってやる。→(少し困った顔をして、突然)僕は、スサノウノ尊になって退治してやるから。

親子の会話が、思わず、耳を立てたくなる。

私も幼い娘と交わした会話など想い出した。

田端文士村記念館が想い出させてくれた人生の何でもないが、大切なシーン。

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August 23, 2015

道元禅師と、親鸞上人の境地、

身も心も放ち忘れて、仏のかたに投げ入れて、仏のかたより行われて、力をも入れず、心をも費やさず、もて行くとき、生死を離れて仏となる。

道元禅師が親鸞上人に語った境地とされ、自力も他力も、行き着くところの同じ安らぎを表した言葉だといわれる。

手放し、委ねる世界に、私は無く、私が神と一致した静寂、喜びと楽の世界が広がっている。

難行苦行は入り口、無理することは、ほどほどで好い。

委ねる世界は、結果は神のもの。

昨日の住職の言葉から、大きな宇宙の理を感じながら、休日の朝。生きることは、仏を証明して行くこと。

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August 22, 2015

日比谷入り江、日比とは海苔を採る器具、

最近、江戸東京博物館で、ガイド協会のガイド研修を受けた時、徳川家康が江戸に来た頃、日比谷は海で、入り江だったことを知り、驚いた。

その後、私も調べてみると、日比谷の"日比"とは、海苔を採る、箒を逆さにした様な器具であったことも知った。まさに日比谷は海だったのだ。

それを、神田の山を切り崩して、埋め立てたのだと云う。 お茶の水の山之上ホテルのそばの山も切り崩されたのだと云う。

そこに家康の地元から来た人も住み、駿府から来た人の住む、駿河台としたとのこと。

江戸の浮世絵、江戸百景の情景が拡がる。


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August 21, 2015

「旅」のメリハリ、 「日常」のリズム、

五官六識で感じる世界は、環境が変われば一変する。

小さくても旅すれば、新たに生きてる様な、瑞々しさが蘇る。 旅は生命の光を観ること。 私は観光と云う言葉の語源に大変ロマンを感じる。 旅は人生のメリハリ。

日常は、規則正しく、リズミカルに毎日を送りたい。

毎朝、同じ時間に起きて、同じ時間に新聞を読んで、朝食を摂って、同じ時間に出社して、同じ時間に退社して、同じ時間に就寝のリズム。 毎朝、読経でもしたら尚、リズミカル。

「旅」のメリハリ、 「日常」のリズム。 宇宙の理にかなっているように想う。

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August 20, 2015

神経質、不幸の代名詞か、

エゴの面積を少なくするのが修行で、エゴを捨てて行き、延いては、全てを神の領域として受け入れるのが安らぎ。

神経質とは、気になることが多すぎて、自分の思い通りにならないことにイライラしてしまう人のこと。

周りに、思い通りにならないことが多いことは、自分が主役で生きていること。

自分は決して主役にならず、他へ奉仕して生きるのが安らぎ。

"自他一如"、エゴの対極にある力。 それは仏性。 宇宙は、その力で成り立っている。

神経質は苦しいと想う。 神経質では、安らいだ人間関係も構築できない。

安らぎは、好き嫌いを超え、他を認めることにあるのだから。

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August 19, 2015

クジラの息継ぎの時のように、

幸せは、時折、ちょっと訪れるだけで十分。

通常は、不幸でもなく、幸せでもない、何でもない時間かも知れない。

あるいは、苦しい、大変な試練の時間かも知れない。

それでも、たまに、幸せを感じる時間が、ちょっとだけあれば好い。

クジラが、息継ぎに海面に上がって来るように、ちょっと、幸せを味わって、また海(通常)へ潜って行く。

クジラの汐吹きは、クジラの息継ぎの時。

ちょっと、息継ぎをすれば、大きく息を吸いこんで、また海に戻って行く。

幸せも、時折、ちょこっとあれば、それで十分。 大半は、何でもない時間や、不幸の時間でも好い。

クジラが、大海原で汐を吹く勇姿を想いながら。


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August 18, 2015

低賃金肉体労働と高額配当収入、

頭を使って、涼しげに株や配当で莫大な金を稼ぐ生き方に憧れる人も多い。

そんな時、その対極として私の脳裏に浮かんで来るシーンがある。遊び盛りの高校生が、母親がパートで勤める水産加工場にお金をせびりに行った時に見た母親の、長靴、雨ガッパのような黒いゴムのエプロン姿を見た時に、打たれるような衝撃。僅かなお金が教えてくれる人生の感動。暖かくて優しくて、もう何も要らない程の感動を与えてくれる。懺悔と感謝は、人を仏性に導びく。

ガッツ石松さんが、若い頃、上京する日、工事現場で働く母が、汚れた手でポケットから出して渡してくれた、くしゃくしゃの千円札。今でも宝にされていると云う。

ヴァーチャル(仮想)で、稼ぐのは、戦争をヴァーチャルで捉える生き方と似ている。

焼け付くような人生の感動は、ヴァーチャルの世界には無い。低賃金で肉体労働をしても、人生の豊かさで、遥かに優っていることを想う。

貧しさがもたらす豊かさに気づく。

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August 17, 2015

私は、手におえない楽観主義者だ、ガンジー、

最近私は、ガンジーの言葉で一番感動し、ガンジーの優しさと、強さを感じる言葉に出会った。

インド独立のきっかけとなった塩の行進、彼は非暴力の強さを説き、人間に備わった強さを信じて行動した。

そして、彼はこう云った。

私は、手におえない楽観主義者である。私は、人間に本来備わった非暴力を実践する力を信じていると。

ガンジーの精神は、キング牧師、マンデラ大統領と、引き継がれて、人間を涙でくしゃくしゃにする程の感動と力を与えている。

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August 16, 2015

今、云っておかなければ、と云う想い、終戦に因んで、

昨日は、午前中、新宿で、終戦に因んで、満州の映画「ソ満国境・15才の夏」を見て、午後、小田原の妹の家に泊まりに来た。

昨日も妹の家でも、沢山の戦争記録番組で戦争体験者の話に聴き入り、深く戦争のこと、人生のことを想った。

今まで、語りたくなかった戦争体験談を、90代になって、今語っておかねばならないと云う使命感で語ってくれる人達に、私は神々を見る想いだった。

今日は、妹と二人で、29才で病死した姉の墓参りに行く。姉は満州から幼児の時、引き揚げて来て、結婚して間もなく赤ちゃんを遺して病死した。

今日、私は、6人兄弟の長男として、姉の墓参りに行く。両親から託された気持ちも感じながら。

両親が話したくても、話し出せなかった戦争体験談を、私は今、想像の世界で聴いている。まるで、自分の人生のように身じかに感じる。

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August 15, 2015

お盆の頃、夏祭りの頃、途中下車の小さな旅気分、

昨日、世間はお盆休みのムードの頃、私は、会社帰りに、小さな旅で、東横線・新丸子駅に途中下車してみた。

商店街には、提灯が灯り、神輿を担ぐ掛け声が響いていた。

私も最近まで、何度も自宅の町内の神輿を担いで来た。掛け声が懐かしい。

ちょっと天気は小雨も降って、私は小雨に濡れて歩いた。それだけのことなのに、それだけで、もう旅気分。

最近、会社のアラブ人が、お盆のことを、「うどん」と云って、私を笑わせた。外人には、「お盆」と「うどん」は似ているのだろう。すごいギャグネタも仕入れた。

穏やかに、2015年、お盆の頃。


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August 14, 2015

「白洲次郎と云う生き方」、宝島社

先日、書店でちらっと見て、すぐ買いたくなった雑誌には、白洲次郎の生き方が特集されていた。

戦後、吉田茂の側近として、日米講和条約締結に辣腕を奮って、その後、さらりと政治の表舞台から去った男の美学。

「役得でなく、役損だ」と偉くなる人を、戒めた言葉が、素晴らしいと想った。

「金を儲けるのは、一代でできる。 金を失うのも一代でできる。 だけど、金の使い方を覚えるのは三代かかる」とは、お金に振り回されない、確固たる価値観のある生き方、品格を感じた。

白州次郎・正子夫妻が住んだ町田の武相荘に、今年始めに訪れた。白州次郎が眺めた庭や、過ごした書斎など、彼の空気を感じた。

白州次郎と云う生き方は、確かに、人生は芸術と想わせる。


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August 13, 2015

浅草民謡酒場、イタリア人カップルとの出会い、

昨日は、会社帰りに好奇心の旅で、初めて、浅草の民謡酒場、追分を訪ねてみた。

畳の香りの新鮮な座敷にステージがあり、エネルギッシュな若者達が、民謡や津軽三味線を披露してくれて、期待した通り、素晴らしい空間だった。

58年続いて来た店とのことで、年配の常連客も多いようであった。両親が生きていたら、是非連れて来たかった店、私も早くこの店を知っておきたかったと想った。

途中、その民謡酒場に、何とイタリア人のカップルが、旅行雑誌を片手に入って来て、私の隣の席に案内された。

ちょっと話かけたら、大変盛り上がり、お互いに名刺を交換、記念写真も撮るくらいに。私がイタリアに来る時は、是非連絡下さいとまで云われて、大変楽しい出会いであった。

津軽三味線の音色、民謡の響きの持つ安らぎを感じながら、横浜へ終電近くの帰路についた。

これも、人生の小さなブラリ一人旅の醍醐味。自分の旅心に乾杯。

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August 12, 2015

人生の失敗、余りも高い授業料、それでも神と共に歩む道、

人は誰しも、振り返れば、人生で、大きな失敗がある筈だと思う。

その失敗の度合いで、一生、償いの気持ちを持って生きて行くこともある。

人は、全て気づかない内に、被害者にも、同時に加害者にもなって生きているものだと想う。

過去の自分の加害者的行為への深い懺悔は、自分が被害者になった時の慰めにもなる。加害者への慈悲にも繋がる。

自分の大失敗、大きな過失がもたらした苦しみからの学びが、その後の人生の羅針盤となって導く。

神に与えられた苦しみに導かれ、感謝に満ちた道を歩んで行けば、安らぎへの世界に入って行ける。

自分の人生の大きな失敗でさえも、神に励まされながら、神と共に歩む道。

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August 11, 2015

"夏休みの友"、小学校時代の宿題ノート、

"夏休みの友"と云う、小学校低学年時代の夏休みの宿題帳が、何故か、夏の入道雲を見てると想い出される。

毎日の天気の記録、天気のお日様マーク、雨の傘マーク、毎日記録しておかないと大変だった。

夏の真っ盛りには、いつも、セミ取りの竿、ハエ取り紙(とりもち)、朝からけたたましく、ワシワシワシと鳴くクマゼミの声などを想い出す。

学習雑誌の付録に、蝉とか昆虫用の注射器とかもあって、昆虫に注射していたり。

つくつくほうしの鳴く頃は、夏休みが終わりに近づき、悲しかった。

宮崎駿のアニメの画面の様に、私の子供時代の田舎の夏の情景が浮かんで来て、ほのぼのとすることもある。


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August 10, 2015

喜びから、安らぎへ、

「私が」の想いを、薄めて行くのが修行。

喜びには、「私」がある。

安らぎには、「私」が薄らいで、消えている。

喜びは、偏っている。

安らぎは、両極に偏らず、全てを包み込んでいる。

喜びと安らぎの差を、住職の法話から学んだ。

安らぎとは、「春は花、夏ホトトギス、秋は月、冬雪冴えて涼しかりけり」。

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August 09, 2015

貴方はお母さんですね。カーリー神に、

カーリー神は、ドクロのネックレスをして、手には生首、極悪非道の権化。

そのカーリー神に対して、住職は、「貴方はお母さんですね。」と思うと安らぐ話をしてくれた。

観音様を拝むのは、誰にでもたやすい。

怖くておぞましいカーリー神を拝むのは、なかなかできない。

住職は云う。この世界を表しているのがカーリー神。全ては、母のイメージになる。

カーリー神を見ながら、「貴方はお母さんですね。」と、言えば、私は、涙し、光に包まれる想いが、浮かんで来た。

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August 08, 2015

気になることの内容が幸せを決めている?、

人それぞれに、気になることの内容が、その人の人生の充実や幸せを決めているように想う。

例えば、たまたま見た昆虫や、海辺で見た魚、ヤドカリ、クラゲなどにも、自然の調和や素晴らしさとして、気をとられたら、"今ここ"を生きてるように想う。

一切の名利には囚われないで、自然を愛でて、好奇心一杯に生きてる証拠。

会社の業績も、学業の成績も、人間関係の悩みも、それは、人生の名利、打算、人生の勝ち負けに拘って、振り回されていること。

ぼんやりと、クモの巣を眺めてその造形に感動したり、花の形や色に感動したり、朝日や夕日に、感動したり、それが何かに役立つとか、何もない、ただ"今ここ"の安らぎ、輝きだと想う。

自分の財産、地位など、名利にまつわる煩わしいことは、本来仏性である人間の気を散らし、充実や幸せから遠ざけさせてしまっているのではないかと想う。

カブト虫をじっと眺めたり、小鳥を眺めたり、周りの全てを愛おしく眺める力を、幸せと呼ぶのではないかと私は想う。


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August 07, 2015

"観察者"であったり、"当事者"(参加者)であったり、

"観察者"は、人ごとのように色んなことを、評論、評価を下させる。

"当事者"(参加者)の場合は、全てが自分のことだから、一刀両断には、善悪とかつけられない。

人生は、観察者として生きることが多いから、腹がたったり、悔しかったり、 哀しかったり、嬉しかったりもする。

怒ったり怒られたりしている当事者として生きる時は、哀しかったり、嬉しかったりするが、双方の当事者になれば、腹が立ったり、怒りに狂うことはない。

そして、全ての当事者としての自分を、観察する時は、もはや、観察者と当事者が一体となって、神(宇宙)そのものの安らぎだと想う。

人生は、観察者の部分を減らして、当事者の部分を増やすことが成熟であり、安らぎであると想う。


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August 06, 2015

母の満州逃避行、 引き揚げの頃の苦難、

「盗みたる玉菜に塩をまぶしつつ、いずこで食べるか、胸がときめく、」

満州からの脱出の逃避行の時の母の作を、正確ではないかも知れないが、生前、母から弟が聴いていて、最近、私に話をしてくれた。

この句を知った時、私の心は、絶句し、そして涙した。

当時の満州の情景が浮かび、母の過酷な人生が浮かび、生きてくれた母に感謝した。

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August 05, 2015

会社帰り、弟と新橋、

九州から東京に単身赴任中の弟と、たまには一杯と、昨日、会社帰りに新橋で待ち合わせて、二人で飲んだ。

弟は、営業の仕事は大変そうで、多少疲れているように見えたが、私の、ギャグでどんどん、本来の弟になって、お互いに、周りを気にせず、大牟田弁で笑わせ合った。

母の真似してみたり、父の真似してみたり。

子供時代のように私が弟をからかっても、今では、逆に兄の私をからかい返したり、プロレス技でもかけたいくらい楽しかった。

まるで、そばで、母が微笑んでいるような安らぎがあった。


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August 04, 2015

横浜でもクマ蝉の声、今年初めての梨、

昨日、朝、出勤途上、横浜で、西日本にしかいないと云われたクマ蝉の声を聴いた。

暑い西日本しかいないと云われたクマ蝉が、最近は関東地方にも現れるようになったと云う。

九州の夏は、早朝から、クマ蝉の"ワシワシワシ、、、"と云う、割れんばかりのクマ蝉の声がする。

九州の実家を想い出す懐かしい声。 裏山の梨畑から、山々にこだまするように聴こえていた、クマ蝉の声。

今年初めての梨も昨日食べたなー。

夏は、父と母の命日、葬式の時は、クマ蝉の声が、お経のように聴こえていた。

クマ蝉は、大きくて、透明の羽、オレンジ色の腹、子供の頃、捕まえたい、憧れの蝉だった。

ワシワシワシワシ、、、、 いつしか、私も、両親のように、夏の蝉の声に送られて行く日が来るだろう。

同じ、夏のクマ蝉の頃に。

そして、蝉の声は、人生の励ましの声でもある。

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August 03, 2015

歩き方で年齢判別機械、 お台場・日本科学未来館、

7月中旬、日経新聞記事で、お台場の"日本科学未来館"で、大阪大学の、歩き方の研究施設が半年間、設置されていることを知り、自分の歩き方は遅くタラタラして心配なので、早速トライしてみた。

体験者が6メートル位の区間を数回往復する間に、カメラで、歩幅、腕の振り、歩行速度、背筋の状態、体形などを分析し、年齢を割りだす。

普段の歩き方を、テスト用に、キチンと颯爽と歩いてみたら、何と年齢が32才と出て、あらららー、まだこれは研究途上の機械なのかなーと、若すぎて、頭を傾げてしまった。

腕の振りが少ないと、若い人の特徴に捉えることもあるらしい。

いずれにしても、最近、歩き方は、筋肉を鍛えて、少し改善の方向であるが、科学未来館(毛利館長)、訪問の好い想い出になった。 想い出すと、顔がニンマリとする。

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August 02, 2015

野球応援、人生の節目節目に、

先日、都市対抗野球(7月18日ー29日開催)の応援に東京ドームへ出掛けた。 日本石油の新入社員の頃、若手の頃、野球の応援にはよく行ったものだった。 女子社員はチアガール。

職場にも身近に野球の選手がいて、都市対抗野球と、若い頃の会社生活の想い出が一杯あった。 当時の職場の仲間も、偶然会えて、言葉を交わすのも楽しかった。

球場で、鮮やかな緑の芝、華やかなグラウンド、応援団の声援をみていると、まるでその頃に戻った様に感慨に浸った。応援歌は、"日石日石カルテックス♪"。

そう云えば、大学時代は、神宮の早慶戦で歌った、"若き血♪"。 新宿、日比谷公園噴水などで飲んだなー。

1965年( 昭和40年)、私の中学生の頃、夏の高校野球で、地元の大牟田・三池工業高校の初出場・初優勝には、故郷の街が、歓びに沸いた。 私が、高校の校内大会で3000メートルで優勝した大牟田記念グラウンドのそばに三池工業高校はある。

人生の節目節目に、野球の応援の想い出があることに気づいた。

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August 01, 2015

武蔵小杉の想い出に浸る、人生の"心遺産"の場所、

川崎市民ミュージアムは、等々力球場のそばにあり、武蔵小杉からバスで約15分の場所にある。

この夏、終戦70年の記念映画を、何本か見に行った時、バスの通る道が、街並みが、風景が、娘が幼かった頃を想い出して、感傷的になった。

武蔵小杉には、以前に勤めていた会社の大きなアパートがあって、娘が育った場所。 沢山の想い出がすぐ浮かんできて、胸がキューンとなる。

私の人生の、想い出一杯のゆかりの地。

大牟田、日吉、新潟、上大岡、武蔵小杉、アブダビ、新子安、東神奈川、白楽、私が暮らして来た、それぞれの場所を想う。

すぐに、そのときの気持ちが、心の中に呼びだせ、その時のシーンも、鮮やかに想い出せる。

その時々に、瑞々しい人生のシーンがある。

思い通りにならなくとも、全てが、自然の力学(調和)だったのだと想う。 それが自然の営みだったのだと想う。

武蔵小杉は、私にとっては、特別な場所。 私の人生の"心の遺産"に認定する場所。

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