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July 24, 2015

"無門関"、禅の魅力、

この10年位、毎年、鎌倉・円覚寺の夏季講座へ出て、足立老師、横田老師の法話の中で、"無門関"の話を何となく、聴いて来た。

最近、世田谷・龍雲寺の正眼セミナー(20日)で、山川宗玄老師からも、"無門関"の話を聴いた。

その後、"無門関"に改めて興味が湧き、48の公案を、全て、さらりと読んでみた。

"無門関"は、中国宗時代(1200年頃)に編まれた禅の公案集で、言語の発生以前に思考を遡らせない限り、理解不能とかも云われている。

わからないやりとりが、何か、深い意味を秘めて、理解できなくても、自分で、思考をめぐらすことで、楽しめ、また学べるようで、大変魅了される。

時々、住職から聴いて来た数々の言葉が、"無門関"のやりとりに通じると想った時は、凄い発見と感動であった。

例えば、竹を見て、和尚曰く、「これは何ですか?」。 その時、竹と云ってしまっては、名前に囚われ過ぎ、また竹と呼ばないとなれば、名前を無視したことで、現実生活を生きていけない。

「さぁ云ってみろ」と、和尚に答えを迫られる。 さぁどうするか?

→そんな時のことなのか、住職が、時々、「○○に似たもの」と、よく云っておられたことを想い出した。

一元世界と二元世界を行ったり来たりするには、「○○に似たもの」、これは、素晴らしいと想う。

初めて、無門関の深くて、もどかしい、不思議な魅力に気づいた。無門関を考えることは、素晴らしい修行だと想う。

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