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March 03, 2015

加害者の気持になる力、それを神だと想う、

世間では、色々な事件や犯罪が毎日起きていて、大勢の人が、犯人に対して怒りが湧いて来ることも多い。

世界ではイスラム過激派の行為、日本では最近の痛ましい少年の殺害事件など。それらの事件について、圧倒的多数の人は被害者に自分を擬えて悲しみ、大きな怒りを感じる。

全ての人の心の中に、自分の思い通りにしたい気持があり、そうならない時に、極端な人は犯罪を起してしまう。思い通りにならなかった時に感じる怒りを他へぶつけて他を傷つけてしまう。

怒りは、また他からの同じくらいの怒りを誘発して、人間どうしの全面対決に繋がって行く。

加害者と被害者が、共に我が子であると云う苦しみがわかることが、神(仏性)であると想う。

自分が加害者であると気付いている人には、懺悔はあっても、もはや怒りは無い。

怒りを抑えるには、いつでも、自分の持つ加害者の気持を忘れてはならないと想う。

人は、煩悩に於いて、全て加害者であると想う。


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