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March 12, 2015

後ろめたさも、仏性への気付き

震災で生き残った時、亡くなった人に対して、後ろめたさを感じる人の話を、よく聴く。

戦争で生き残った人が、亡くなった人へ、自分が生き伸びたことへ、後ろめたさを感じる話もよく聴く。

震災や戦争が無くても、自分が今、生きていることに、後ろめたさを感じられたら、申し訳ない気持ちに覆われ、即ち、自他一如の境地に繋がり、即ち、仏性への気付きの道だと想う。

世界で戦渦に苦しむ人々、衣食住さえままならぬ人々が大勢いることを想うと、今の自分の生活に、後ろめたさを感じることは、修行の入口だと想う。

ただ生きていることにさえ、後ろめたさを感じる力が、人格を向上させる。それは、神へ近づくことだと想う。

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