神への憧れ、そして誓願の清らかさ、
先日、日曜日、たまたま見たTVでキリスト教の番組で、素晴らしい詩に出会った。それは、星野富弘さんと云う人の詩だった。
"逢いたい"と云う詩、神への憧れの歌なのだろうか。
「遠くて見えないのですか、 近すぎて見えないのですか、小さくて見えないのですか、大き過ぎて見えないのですか、 どうしたら、 何処へ行ったら あなたに会えますか。」
"花忍"と云う詩: 私は、決してゲストにはなりません、いつも誰かに仕える者ですと云う清らかな宣言の歌。
「あなたに会ってから、私は道の真ん中を歩かなくなった。 真ん中はあなたに、私は少し横を歩きます。」
私は、住職の師・原田堪玄老師の発心、「私は椅子になります(決して座る人ではなく)」を、すぐ想い出した。 神・仏性・真理に仕えることは、そんな境地かと想う。