傘を無くした体験から、
先日の朝、曇り空の日、通勤電車の中で、不注意で、中目黒で電車を乗り換える時、ちょっと高級なステッキ傘を東急電車に忘れてしまった。
この半年、この傘をさすチャンスを楽しみにしていた自慢の傘だったので、気づいた時はショックだった。
それでも、その日の朝から、会社の忙しい業務のことを思うと、気分の切り換えが大事だと思い、スパッと、その失敗を忘れるようにした。又、これが傘でなく、カバンや財布だったらと思うと、人間の平常心の脆さも想った。
忘れ物を東急に問い合せても、先ず傘は見つかるまいと思った。運よく見つかっても、遠くの駅に取りに行かなければならないことなど、手続き、電話のやり取りなど考えると、やはりスパッと忘れて、新しい傘を買った方が賢い判断だと思った。
そして、傘を無くすと云う平凡な体験からも、私は、何を学ぶかを、考えてみる材料にしてみた。
形あるものは、いずれは消える。自分の持ち物も、いずれは消えて行くことも思った。気に入った傘を持っていたが故の落胆。本来、無一物なら苦は無い。
その傘を拾った人に対する想いが出て来た時に、心が軽くなることが出来た。傘を拾うくらいの人なら、先ず、金持ちではあるまいと思った。その高級な傘を手にした時、ラッキーと思って神に感謝したかも知れないと思った。そうなら、私は、その人に幸運を与えたことになる。
私は、その日、コンビニの簡易傘をさし、知らない人に自分の傘を施したのだ。これを、幸せと呼ぶのではないかとも想えて、傘を無くした体験が私を導いてくれた。
(2014年9月21日の記)


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