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July 23, 2014

致命傷か、かすり傷か、と云う気づき、

夜回り先生・水谷修さんの24時間体制の命の電話が、東日本震災の時、電話回線もストップして電話を受けれなくなった時のことを、先日の円覚寺の講演の時に話してくれた。

スタッフ達は、一刻も早く、被災地に何か手助けをしに行こうと言ったと云う。命の電話を早く復帰させることも大事だが、この電話に助けを求める若者達は、苛められたとか、死にたいとか、恋人に捨てられたとか、全部自分のことばかりが多いじゃないですか?、被災地は、自分のことより、大勢の他の人の苦しみ、他の人の為に苦悩している人達が沢山いると。

以前、命の電話にもお世話になるような若者達が、自分のことより他を優先するような菩薩の境涯の素晴らしさに共鳴している言葉だった。

自分のことで悩み苦しみが一杯であってもよい、人間誰しもある。それは自分ではどうしようもないこと、それは致命傷に思え、死にたくもなる。

自と他の境界がなくなり、他の深い苦しみが自分の苦しみとなった時、見えて来る光景は一変する。今まで思っていた自分の苦しみが、小さく消えて行き、致命傷であったことが、かすり傷にも見えてくる瞬間である。

私の苦しみは、私自身のエゴの苦しみなのか、他を救わんとしての苦しみなのか、常に自問する。

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