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May 13, 2014

アダムとイヴの林檎、打撃衝撃、

キリスト教の中の原罪の話に、アダムとイヴが林檎を食べたことの意味が説かれていると云う。

林檎を食べることで、自分の満足や好みが生まれた。利己主義、自己満足、神からの離反が生まれた。言葉を持ち、分別心も生まれ、そこに生と死も現われた。

何故、神は人間に林檎を食べさせたのか? 神は、林檎を食べることで、善悪を区別する自由意思をも、共に与えた。

自由意思がなければ、神に背くことも、死もない。生と死の体験、相対観念は、分別から生まれた。罪と罰に懺悔心が生まれる。懺悔心が無ければ、光の世界には到達出来ない。

林檎を食べたことは、光への導きの"打撃衝撃"であったのだ。神に背かなければ、そのような、輝かしい光の中へは、身を委ねて行ける境地にはならなかった。

キリストの受苦、"受苦"は英語で、Passionと云うことも想い出す。"情熱"と云う言葉と"受苦"と云う言葉が同じだと云うことは、人間の美を歌っている。

「打撃衝撃は、自己を学ぶ暗示なり」と、何度も、住職から聴いている。林檎を食べたことは、打撃衝撃だったのだ。


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