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March 05, 2014

通勤時の"父と子の姿"、

先日、通勤時に、4歳くらいの幼児の女の子が、30代半ばの若いお父さんと手をつないで、駅へ歩く姿を見た。

お父さんが、女の子に、「カレーばっかり食べてるじゃん」とか云うと、女の子はケラケラ笑っていた。女の子の、安心しきった表情、楽しそうな表情が、傍から見れば、人生における親子の幸せのひとときのシーンそのもののように感じた。

女の子は、その時そのものを生きていて、まだ将来への不安や心配事をあれこれ考えることの無い、ただ"今"そのものを生きているように感じた。

お父さんは、そんな幸せそうな表情と云う訳でもなく、ただ坦々とした日常の風景のように感じた。これから会社へ行って、やらねばならぬ仕事もこと、将来のことなど、漠然とした不安を抱えて、通勤している普通の人の心境のように感じた。

女の子は、お父さんと手をつないで一緒に歩いて安心しきっている姿においては、お父さんは神様。お父さんは、神様と思われてるのに、気づかないで、ただ坦々と、普通に不安も抱えながら生活している。そのコントラストが、面白く感じた。何か、気づきの材料に感じた。

私も、神様を感じて、安心しきって生きる瞬間の大切さを想った。

ある時は、お父さんの心境になったり、ある時は、その女の子の心境になったり。


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