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March 02, 2014

"自由と安らぎ"を求めて、その手段とは?

"自由と安らぎ"を、誰しも求める。

その手段への考え方で、修行度合いがわかるのだろうと思う。

子供でも、どんな未熟な人でも、"富と権力"が、わかりやすい手段になると思うからこそ、大勢の人が、人生で富と権力を求めて、あくせくとして、結局は、予期せぬ失望に終わってしまう。

富と権力を得ても、自由と安らぎは得られないことにいずれ気づく。 また、富と権力が得られなければ、渇望したまま、勘違いのままの人生を終わってしまう。

例えば、住職は、禅の中に、"自由と安らぎ"があると直感したから、若くして出家されたと云う。

禅の世界を究めて行けば、"対象が無くなる"と云う。"名前と形"が消える世界。"他"とは、実は、"名前と形"のこと。

自他が一如であれば、エゴが放棄されれば、自由と安らぎの門が拓かれる。"富と権力"と、"エゴの放棄"とは、まるで正反対の概念。

人生に於いて、富と権力では自由と安らぎは得られないことに気づくか否か、また、いつ気づくかが、充実した人生になるかの分かれ目で、また、精神の成熟度合いを示していると思う。

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