幼児の「おじちゃん、バイバイ」、伸び伸びと生きるとは、
昨日、東横線の電車の中で、母親と幼児3歳くらいの女の子。座席に後ろ向きに座り、外の景色をキョロキョロ、そして、電車の駅では、ホームにいる知らないおじさんに対しても、「おじちゃん、バイバイ」と、声をかけている様子が、何とも愛苦しかった。
私が、声をかけられた知らないおじさんの方だったら、どんなに、また嬉しい気分になるだろうと想像した。
「おじちゃん、バイバイ」、初めて出遭って、親しみを込めて、「おじちゃん」と声をかけて、そして「バイバイ」。ただそれだけのことなのに、どんなにか、一日が和むことかと想う。幼児にしてみれば、好奇心一杯の外界に見える人間に対する親しみの表現。
「バイバイ」は、別れの言葉なのに、何て、前向きな、出遭いの歓びの言葉に響くのだろうかと驚いた。出遭ったことの歓びが圧倒的に大きくて、「バイバイ」の響きには、別れの哀しみが無い。
また遭えれば、それは凄いけど、もう遭えなくても、その出遭いだけで、十分過ぎる幸せ。出遭いの歓びを想い出せば、もうそれだけで圧倒されるならば、別れに哀しみの痕跡が消えて行く。
幼児の「おじちゃん、バイバイ」の声に、出遭いの幸せを学ぶ。


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