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January 17, 2014

マルコポーロ老師、 三輪・平等寺、16年の托鉢、

三輪・大神神社の隣の平等寺の住職は、丸子孝法老師で、ご自分でも、マルコポーロとか、ちびまることか、冗談でおっしゃっている。私の師事する住職の、親友の様な兄弟弟子の方でもある。

三輪・平等寺は、明治の廃仏毀釈で破壊された寺であったが、地元の篤志家の方々からの土地の提供で復活のスタートを切った。粗末な建物で再建されたが、今の立派な本堂の建設は、現・丸子孝法老師の16年に及ぶ托鉢の賜物であったと云う。

毎日毎日、朝から晩まで各地を托鉢される中で、ある時、ある人から、土地を売ってその代金(2億円)の提供の話があり驚かれたとのこと。 心が動いたが、よく話を聞いてみると、寺を支配されそうでもあったので、丸子老師は、何と、「また、托鉢を続けます」とおっしゃって、お断りされたと云うエピソードを聴いた。

少なくても、人々の想いのこもった浄財の集合体として、本堂の再建をすることに意義があったことも知った。1971年、師僧が他界される時、托鉢してでも本堂を再建せよの遺言通り、16年の托鉢の歳月を経て、色々な工夫もされて、遂に、見事に本堂を再建された。

また丸子老師は、大変研究熱心で器用な方で自身で赤門を再建、また、素晴らしい釈迦像まで描かれている。 かつては三輪山・大御輪寺の本尊であった十一面観音、その十一面観音を、樹齢1500年の檜の一木を用いて再現、本堂に納められていた。

その本堂の前で、1月13日・まだ暗い朝6時過ぎに、住職以下約30人で太極拳を奉納した。丸子老師がお経を唱えられる前で、住職と弟子達の太極拳の光景は、忘れえぬシーンとなった。

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