« すっぽりと三輪の世界、光の世界、 | Main | 妙好人(みょうこうにん)誕生の現場を往く、奈良・三輪への旅 »

January 15, 2014

3人のお母さん、住職の故郷・奈良・三輪への旅

今回の三輪への旅で、住職には、3人の素晴らしいお母さんがいらっしゃったことを知った。

今、80代の育てのお母さんは、綺麗で矍鑠(かくしゃく)とされて、三輪訪問初日に見学先の酒蔵で、我々を迎えて下さった。懇親会の場にも、住職の妹さん、弟さん達と一緒に出て下さって、直接お話もする機会も頂いた。住職によると、住職が子供の頃、托鉢僧に憧れ、近所の恵比寿神社の縁の下に籠って坐禅していた時、いつも迎えに来てくれたこと、うどん屋さん(万直し旅館)の前の芝居小屋で芝居を見て、よくうどんを食べて帰ったことなどの想い出を聴いた。遠足の日までにセーターを夜なべして編んでくれたことも。

住職が高校を出てすぐ出家された慶田寺の師匠の奥様は、今92才で、この方も元気で、綺麗で、そこはかとない気品が漂うお母さんであった。御詠歌の師匠でもおられるので、呼吸が整ってらっしゃるところも、お元気なことの秘訣の様だった。 35年以上前に56才で亡くなられた丸山英智老師は、住職に大変厳しい修行を課された立派な老師様で、自分が厳しくする分を奥さんには、出家したばかりの若き日の住職に優しくしてやってくれとおっしゃっていたと云う。約45年を経て、また同じ慶田寺で、住職と、寺のお母さんとの対談のシーンは、私にとっても感無量であった。 丸山老師が亡くなって、その後、その墓に、五体投地する住職の姿を今でも、鮮明に想い出しますとおっしゃっていた。

住職が幼児の頃、生みのお母さんとの別れが、住職の無常観の原点だろうと想像しますが、生みのお母さんは、別れの時、桜井駅のホームで、泣いて近づく幼児の頃の住職に、鬼の形相で追い退け、そして、親戚の人に連れられて行く住職の姿を、ホームの陰で、じーっと見続けていたと云うお母さんだったことを聴いていた。このシーンが、住職にとっては、その後の人生の修行の原点となられたと想う。生みのお母さんにとっても、三輪は、その後、我が子が住んだ愛おしい町、たとえ遭うことはできなくとも、密かに何度か三輪を彷徨われたことだろう。もうずっと昔に亡くなられた生みのお母さん、住職はその後、遺骨を抱いて、四国のご遍路参りをされたと云う。

住職には、3人のお母さんがいて、そしてそのお母さんが、今では、宇宙一杯に広がって、いつもお母さんと一緒におられると想う。そんなことに、想いを馳せる三輪の旅でもあった。


|

« すっぽりと三輪の世界、光の世界、 | Main | 妙好人(みょうこうにん)誕生の現場を往く、奈良・三輪への旅 »

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)




« すっぽりと三輪の世界、光の世界、 | Main | 妙好人(みょうこうにん)誕生の現場を往く、奈良・三輪への旅 »