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December 09, 2013

落語にさえも仏性を教わった日、

昨日、お釈迦さまが成道(解脱)された日、私は、朝の気功の練習の後、午後、落語を聴きに横浜にぎわい座に行った。落語を聴きに行っても、結局、お釈迦さまの手の平の上だったなーと感じる日だった。

林家たい平さんの独演会で、大笑いしようと思って行ったのに、「芝浜」と云う演目に、笑うどころか、感動で泣かされてしまった。

長屋の貧しい魚の行商の夫婦の物語。 酒の飲みすぎで魚行商の仕事を怠けるようになった夫が、ある日、海岸で拾って来た財布に42両の大金が入っていたことを、妻は、酒の飲みすぎで夢だと言い張り、真面目に働かせるように仕向けた妻の話。

酒を断ち、立派な店を構える魚屋になった3年後、妻は、拾った財布(42両入り)は本当だったことを告げ、夫が拾った金で益々堕落するのを止め、真面目に仕事するようになる為に、妻が夫をだましていたことを告白する。

寒い日の朝、魚の行商に行く夫が、家にいる奥さんに風邪ひくなよと気遣ってくれた日々の幸せ。この部分が、私には、ぐっと来て、弱い。 早朝から働いていた父のことを想い出して・・・・・・。

だまされていた夫は云う。だまされる自分より、だましていた妻の方が辛かっただろうと気遣う。

立派な魚屋になった今、久しぶりに、好きなお酒を、妻に薦められた夫は、今にもまた酒を飲もうとする寸前、パッと止め、またこれが、夢になるのはイヤだからと結ぶ。

粋な話だなぁと、庶民文化、落語の泣き笑いの芸術の美に酔った。

会場に、たい平さんへ贈られた沢山の花束を、小分けして、帰りのお客さん達に持ち帰って貰っていた。私も、花束まで貰って、まるで、法話を聴いたような気持に浸って帰った。

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