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December 13, 2013

星空の冴える冬の日、友人の想い出、

昨日、アブダビ時代の友人の商社マンの通夜に春日の伝通院(臨済宗・妙心寺派)に参列した。現役の商社マンらしく、大勢のビジネスマンが集まった。

彼と、2人で、7月4日昼、愛宕山のレストランTで、会食したのが最後の会話となった。昨日初めて、膵臓ガンを患っていたことも知った。50代で独身で、温厚なナイスガイだった。喪主のお母さんの姿が痛々しかった。

昨日の夜は、冬の星空が冴えて綺麗だった。

彼と最後に会食した7月4日の私のブログを、再び見てみた。

それは、"温もりたなびいて、NHK小さな旅、茨城県・太子町・蛇穴村"の記事で、彼とのお別れの日の想い出の記事となった。

「日曜日の早朝、NHKの "小さな旅"は、私の大好きな、心休まる番組である。先日、茨城県・奥久慈・太子町・蛇穴村と云う山の谷間の、過疎の村(住民34軒くらい)の風景や人々を紹介する番組を見た。店は一軒もない。山を切り拓いて、食べるだけの食物を育てて生活している。

久枝さんと云う一人暮らしのお婆さんの家の倉庫には、15000本の薪(マキ)が積みあげられていた。お爺さんが、亡くなる前から、久枝さんが何年も、困らないようにと、毎日毎日、山から、薪を背負って集めて来てくれていたものだと云う。

久枝さんは、薪を毎日焚いて、生活しているが、お爺さんに貰った薪が減って行くのが寂しくて、自分もお爺さんの真似をして、僅かだが、山から薪を背負って持ち帰り、その薪の山を補充していた。

そんな久枝さんと、同じ集落の仲良しの住民の人たちの語らい。八溝山を眺望する斜面の畑の光景。

集落から、煙がたなびく。人の温もりが、空にたなびいていた。」


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