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October 06, 2013

入り口は修行、出口は委ねるだけの世界、

「身も、心も、放ちわすれて、仏のかたに投げ入れて、仏のかたよりおこなわれて、これにしたがひ、もてゆくとき、力をも入れず、心をも費さずして、生死を離れ仏となる (正法眼蔵)」、

仏のかたに投げ入れるところまでは、自力でやらねばならない、そこまでが修行。

その後は、もう委ねる世界、時間も空間も超越した世界、全部が許される世界、温かい、神との合一の世界が訪れる。

そして、また、住職は曰く、「死とは、"エゴの崩壊"」。

"エゴの崩壊"は、決して悲しいことじゃない。それは魂が向上する時。光に包まれ、一切が止む。その時、本来世界へ返る。 それが解脱の時。"死"とは"光に包まれること"。

昨日、住職は、"死"は決して悲しいことではないと話をされた。

永遠にして安らいでいる静寂世界から、ちょっと、揺らして矛盾を起し、また静寂へ返る、それが人生。虚空世界に漂う宇宙飛行士のような自分のイメージが湧く。

宇宙に漂う極小の宇宙飛行士。柔らかい光の中でふわふわと、ふわふわと漂う。

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