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September 25, 2013

長崎、ハルピン、信州、母のゆかりの地、人生の巡礼の旅、

満洲引き揚げ者どうしで再婚した父母は、それぞれの死別した配偶者のことは、生前、余り語らなかった。

母は、長崎の京泊の半農半漁の村を19歳くらいの時、飛び出して、満洲・ハルピンへ単身渡った。そのハルピンで知り合って結婚した人の故郷が、長野・下伊那郡。当時、多くの人が長野から満洲へ渡っていた。

平谷村は人口500人くらいの小さな谷あいの村、今では道路も整備され、"ひまわりの湯"という温泉施設も観光客を呼んでいる場所。治郎坂峠を越えると阿智村、阿智村には、満蒙開拓団記念館が今年春にオープンしていた。

母の前夫は、結核で終戦の前年から信州の病院に入って、母の引き揚げ後、死の直前に母と長野の病院で再会している。母は長崎へ引き揚げ後、すぐ、夫の実家を訪ね、病院の夫を見舞い、子供の満洲での病死を報告したという。当時、私の母が見た、悲しみの山々の情景を、私は初めて見た。

稲の香り、田んぼの香り、道には、バッタ、カマキリ、田んぼの水路の水音、神社。遠い昔、母に連れられて行った長崎の実家の空気も感じた。

2007年の初めてのハルピンへの旅も実現し、そしてやっと実現した今回の信州・下伊那郡への旅。

長崎の隠れキリシタンの村、満洲・ハルピン、そして今回の信州、私は、母の人生を、もう映像で蘇らせることが出来る。

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