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August 28, 2013

毎日入れ替わる細胞のように、

最近の藤圭子さんの死について、娘のひかるさんの苦しい心境を想った。精神を病んだ母親に、してあげられなかったことへの無力感。

私も、ひかるさんの心情を想うと、人生の厳しさに、気持が沈んだ。そんな時、私の脳裏に浮かんで来た救いは、人間の細胞が毎日3000億個も入れ替わっていることであった。

病気の細胞も、寿命の細胞も、色々な事情の細胞もあろう。 毎日3000億ものおびただしい数の細胞が死に、また新しい細胞と入れ替わり、人間の60兆の細胞の集合体が維持されている。他の細胞には、多少助けようとしても、どうすることもできない。

そこに、親鸞上人のように念仏を唱えた人もいた。その入れ替わりの光景の無常こそ、命の営みであると道元禅師は説いたと想う。無常は無我に於いて永遠の命たり得る。

私も、何もしてあげられなかったと想う両親に対する想いは、ひかるさんと同じ。

不幸も災難も、選ばれし3000億個の細胞のように、ただ淡々と受けいれる。誰かが、その3000億個にならねば、人間と云う大きな生命は成り立たない。細胞どうし、同じ時期に生きたと想えば、それで好し。

愛する人の死に際しても、「春は花、夏ホトトギス、秋は月、冬雪冴えて涼しかりけり」と、詠える心境を、私は持ちたいと憧れる。

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