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August 10, 2013

"ありがとう"と云う行き先、そして未来の人の先祖になる、

大法輪9月号は、"死んだらどうなる"と云う特集が組まれていて、医師が考える死後の世界、仏教・キリスト教・イスラム教が説く死後の世界が、紹介してあった。

90歳前後の戦争を体験された方々が、この数年、亡くなる前に合掌されていた姿の写真も何枚か掲載されていて、人の合掌する姿の美しさに、感動した。

薬師寺住職の言葉に、「自分の命のある間だけに光を当てるのではなく、自分が先祖・先人と呼ばれる人として、未来の礎になる。」とあった。 "私は、先祖として未来の人の礎になる"と云う考えに、人間の持つ自己犠牲の喜びの存在を確信した。

奈良の大仏を建立された聖武天皇は、「中今」(なかいま)と云う言葉を遺されたと云う。それは、過去と未来の間の意味であったと紹介してあった。 "中今・なかいま"を生きると云う響きは好い。

読み進むと、東京の香林院住職の言葉に、「"ありがとう"と云う行き先」と云う文章も紹介されていた。

私も想う。どんなに試行錯誤しても、遠周りをしても、私の行き先は、"ありがとう"。


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