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June 10, 2013

"喫茶去(きっさこ)"、平林寺にて、心の旅

昨日は、一日、この世を離れていたのかも知れない。今朝、起きてみると、"喫茶去"と書いた茶室に飾る小さな掛軸の書、黄色い薔薇の写真など、昨日の心の旅のなごりが目に留まった。昨日は、私は、朝から夜まで、心の旅をしていた。

朝、横浜・磯子の葬儀場に、会社時代に親しかった友人の告別式に参列した。友人には二人の娘さんがいて、彼の歩んで来た人生のスナップ写真が飾られていた。外国からのゲストを連れて、一緒に、鹿児島の石油基地や大阪の製油所に案内出張した時の想い出。お互いに英語の資料を作ったり、一緒に多くの仕事をした時の想い出が蘇る。その当時の彼の私生活の部分を今、知る。遺されたウクレレ。告別式で聴くハワイアンのメロデイー。彼らしい笑顔の遺影、彼との会話に浸る。初めて会う娘さん達が、彼の面影を遺している。

そして、その後、私の魂は、空を一気にとんで、埼玉・平林寺総門へ。武蔵野の大自然の中、禅修行の専門道場を持つ関東の名刹、平林寺。約35名の方々とのグループで、見学させて頂いた。

母が好きだった国木田独歩が描いた武蔵野の香り、そこは野火止用水が流れていた。玉川上水の水を江戸に七分、川越に三分と云われた野火止用水。

平林寺は1375年開山、松平家の霊廟となり、1663年に岩槻から、松平信綱の遺言により、現在の野火止の地に移築されたと云う。寺の裏手に、松平伊豆守信綱の墓も訪ねた。そばには、信綱が平定した島原の乱の供養塔もあり、この地で島原の乱との縁と出合うとは、驚いた。信綱は一揆軍の3倍に当たる12万の軍勢を率いて、一揆軍を全滅させた。私の母は隠れキリシタンの地・長崎の出身。これも、一つの縁だったのだろうと想う。

短くやった坐禅では、若い雲水の方に、想い出にと、警策(きょうさく)をいれて頂いた。寺からのお土産に、"喫茶去"と書いた細い小さな掛軸を頂いた。その後調べてみると、"喫茶去"とは、「お茶でも飲んで行きなさい」と云う意味で、特にお茶を飲んで去りなさいと云う意味ではないと云う。分別をいれず、ただ、お茶でも飲んで行きなさいと云う意味、まさに。「今 ここ」の言葉であった。

参加された人が、懇親会の席で、自分が撮った黄色い薔薇の写真を何枚か配ってくれた。その写真が、私の昨日の心の旅の、締めくくりのお土産であった。

私の魂は、風にのって、昨日は磯子から埼玉方面に,漂っていた。

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