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May 22, 2013

湯布院の生き方の学び、TPP交渉勉強会にて、

大分・湯布院は、日本が高度成長時代にも大型施設の温泉の道を選ばず、寂れていたが、小さな旅館の趣きと自然の光景を残すことに生き残りをかけて、その後、大人気の温泉地になった。

観光バスや大宴会場などない。自然の光景を壊す大きなビルもない。朝決まった時間の食堂の朝食ではない、個人が組み立てる個人旅館の似合う旅館・温泉地、湯布院。

昨日、会社帰りに、プレスセンタービルで、TPP交渉に関する政治家(民主党・篠原孝議員・長野)の講演(勉強会)を、友人の紹介で、たまたま覗いてみた。その時に、私の脳裏に浮かんで来たのが、湯布院の生き方の対極にあるのが、"TPP交渉、グローバル化"なのだなと直感した。

グローバル化とは強者の論理の印象がある。日本では、大規模店を規制する法を廃止してから、効率の好い、全国展開の欧米型大規模店が、日本の小さな小売店を駆逐して、地方商店街は見るも無残なシャッター通り化してしまった。狭い日本で、買い物難民を生み出すような、郊外に巨大なスーパー・コンビニを作る必要性があったのだろうか? という問いかけに、グローバル化の恐さを想う。

地域に合った生き方で、貧しくても、世界に取り残されたって、好いではないかとも想う。零細な、小さな小売店の姿が、とても懐かしく愛おしい。

TPP交渉は、交渉経過・内容は詳細は公開されない(公開すると国内に混乱を招き、交渉にならない)性質のもので、国民的議論になり切れないのだと云う。合意内容に反対するかしないかは、最終場面の結論(批准するかしないか)の時に国会で議決されるものだと云う。

経済の国境を無くす動きの日本、失おうとしているもの、得ようとしているものは何なのか、これは個々の人の人生観にも関わる問題。改めて、ことの重大性と、問題意識を喚起された思いであった。

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