日常の中の感動、雪の予報の日の朝に、
今夜から全国的に雪が降るらしい、そんな時、正岡子規の歌を想い出す。 「幾たびも 雪の深さを 尋ねけり」病床に臥せる子規を想う。
昨日の朝、TVでチラッと、中国の農村の共働き出稼ぎ家庭の留守児童の報道を見た。子供達の言葉、「おもちゃも洋服も欲しくない。お母さんとお父さんに会いたい」、・・・・・・・・。
一昨日、2月1日にガンで逝った会社の先輩の通夜(前夜式)に、逗子の教会に行った。讃美歌320番は、1912年タイタニック号が沈む時、最後までバンドマン達が演奏し、皆が歌った曲だったと、初めて知った。「主よ みもとに近づかん、登る道は十字架に、」
昨日の朝、会社へ行く途中、地下鉄のホームで、白い杖を持った若者が地下鉄の出口に迷っていたので、彼を案内して地下鉄出口まで行った。「エスカレーターです。」「乗ります。」「降ります。」「階段です。」「段差があります。」、地下鉄の出口に出て、交差点前で別れる時、「大丈夫です、大丈夫です」と彼は云って、私の手を振り切った。 本当は大丈夫じゃないのに、大丈夫だという言葉に、私は、両親のことを想った。大丈夫じゃないのに、大丈夫だというのは、仏様の言葉。「自分のことはどうでもいい。貴方自身のことを考えなさい。」・・・・、私は、何か沈んだ気持で、会社へ向った。
沈んだ気持になったのは、神への懺悔と感謝と、自分への口惜しさだったのだと想う。
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