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February 07, 2013

中国の恩人のこと、

数日前、上海に単身赴任中の友人から旧正月のお祝いのカードが送られて来て、「日中関係は色々報道されてますが、上海は平穏です。楽しく元気にやってます。」と書いてあった。

昨日の朝、雑誌社で働く知人から来たメールは、中国の一般の人達の間で、日中軍事衝突への準備の話だった。日本にいる中国人も実家から、近く紛争を懸念して、何度も早く帰って来いと言われて辟易している話などであった。

1990年8月2日、イラクのクウェート侵攻の時、アブダビにいた私は耳を疑った。現代で、私の身近に、野蛮な戦争などあり得ないと信じていた。ロイターの報道に愕然とした。私は、戦争は学校で習っただけで、身近なことと思ったことは無かった。その時、現実の戦争を身近に感じて、私は学校で習ったような平和で穏かな現代には、生きてはいないと思った。そんな現代もないことを初めて知った。

人間のエゴ心が渦巻く社会や、国際社会に於いて、野蛮な争いは、油断すると火の手のように拡大する。それを防ぐ勇気ある智恵が要る。今はそんな時に差し掛かりつつあることを思う。

中国にも、日本にも好戦的な人は当然いる。敵対する感情を吐き出して溜飲を下げる人もいる。世論もそれに喝采する人もいる。それを憂う人もいる。

私は、満洲から両親が無事に引き揚げて来ることができた時、助けてくれた中国人の方のことをいつも思う。日本の侵略に対する復讐に荒れ狂う中国の状況の中で、引き揚げる日本人をかくまってくれたり、手助けしてくれた人がいる。父の手記に出て来る、袁さんという人のことを思うと、何とお礼を云っていいかわからない。中国人の大海のような優しさに涙する。

日中衝突の懸念が出て来る度に、私は、両親が出遭った中国の恩人のことを想い出す。そんな昨日は、私の母の誕生日でもあった。そして、私の師である住職の誕生日でもあった。

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Comments

昨晩夜のNHKテレビニュースの中で、神田外大の興梠教授は「日中経済交流の復活と尖閣を自国のものにすることが、矛盾なくあるのが
中国」とコメントしていました。
中国の尖閣への戦略は、衝突を起こし、日中の世論が沸き立つことにより、領土問題あり(日本政府はなし)に先ずすることでしょう。衝突はありえます。
米中覇権争いの中で、日本は大事なポジションにあります。前回戦争の入り口のような二元論に陥らないことでしょう。一部の国民が
、二元論を超えたしたたかな考えと行動を示す時機だと思います。

Posted by: 能忍寺でお会いした者 | February 07, 2013 at 12:16 PM

コメント有難うございます。

放っておくと、衝突に発展する事態を防ぐために、両国内部の過激勢力を抑え込む国民の世論の力が問われていると思います。

Posted by: life artist | February 07, 2013 at 08:23 PM

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