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January 28, 2013

乙武洋匡さん、金子みすずさんとの共鳴、そして無我へ、

1998年の「五体不満足」で500万部の大ベストセラーを書かれた乙武 洋匡(おとたけ ひろただ)さんの講演を昨日、読売ホールのミキ健康セミナーで聴いた。四肢欠損の障害をもって生まれてこられ、力強く生きておられる姿は、世界中の多くの人々に勇気を与えている。

小学校教諭もされた乙武さん曰く、「ジクソーパズル」のようなクラスにしたいと思ったと。一つ一つは、何の役にも立たない、出ぱったり、引っ込んだり、それを繋げれば、一枚の美しい絵になるような、そんなクラスにしたいとの想いだった。

彼は、金子みすずさんの詩「私と小鳥と鈴と」を紹介してくれた。「私が両手を広げてもお空はちっとも飛べないが、飛べる小鳥は私のように地面を早く走れない・・・・みんな違って、みんないい」。 金子みすずさんの歌を、こんなに、また耀かせてくれた人はいない。二人は時代は違っても、同じものを見たのだ。私も、心の中で、その場面に加わりたい想いだった。

東日本震災に対し、彼は、何かをしたいと想ったが、障害者では、何もできない口惜しさ、足手まといになるだけの現実に心が沈んだ。子供時代から、障害者だから、何か普通のことをしても褒められたことは、内心、下に見られていると云う卑屈な想いもあったと云う。

しかし、彼は、自分の障害者のそんな想いを忘れて、2011年5月、仙台の球団・楽天イーグルスと、西武ライオンズの開幕試合の始球式にボールを投げたのだ。彼は、電動車椅子を降り、四肢のない身体で、グランドで、残った膝までの足を使ってマウンドに駆け寄り、腕からちょっとだけ残った小さな手の部分を使って、何と、何メートルも、バッターに向ってボールを投げたのだ。その時のビデオを見て、会場は静まり返って泣いた。 その時のTVを見た人は、日本中が泣いたのではないかと想う。世界中も。

彼は、その時、自分の障害を嘆く心も、自我も消えたのだと想う。東北の被災された人々に、何か役に立ちたい想いが、四肢のない身体を、何万人の前にさらけ出し、あの障害のある、小さな腕に残った手の部分でボールを投げきったのだ。 こんな場面に出遭えた私の仏縁に感謝し、思わず合掌した。

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