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January 27, 2013

道を求めるならば、

道を求めるならば、いずれ問わなければないことがある。

他の苦しみと、身内・家族の苦しみの差。他の苦しみを、自分の苦しみとして、身内・家族と分け隔てなく感じられないのは何故か?

この問題に真正面から、取りまずして、悟りも、解脱もない。修行にもならない。

苦しみからの解放が解脱。執着の度合いで決まる苦しみ。我と他が対立している間、苦しみはなくならない。

昨日の住職の言葉のメモを読み返す。

道を求めるとは、「私が」、「私のもの」が薄まって行くこと。

アルジェリアのテロ事件の被害者の気持になり、次に加害者の気持になる。そして、"人類"へ、"生きとし生けるもの"へ、そして"存在"へ。

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