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November 06, 2012

人間にもストレス・テストを、その後の原子力、

原子力施設のストレス・テストと云う言葉はよく聞くが、その原子力を動かす人間のメンタルな面のストレス・テストも大事なことを思う。

先日、ドキュメンタリー映画「三池」の映画終了後、熊谷博子監督と、内閣審議官を退官したばかりの下村健一氏(元TBS)の対談を聴いた。

震災の時、原子力発電の未曾有の危機に際して、日本に、誰一人、原子力のあの危機に対する、適切な対応能力を持った専門家がいなかったことが露見した。重要な場面では、何を聴いても、答えられない東電、何を聴いても、次に何をすべきか答えられない原子力専門家達。総理大臣から、アドバイスを求められても、目を逸らす専門家達。

唯一、原子力専門家と称せられる人達が云ったのは、「爆発は起きない」だった。爆発の模様をTVで見た専門家は、アーと云ってうずくまった。

日本には、能力的に原子力を扱える人も、組織もなかったのだと思う。

今から日本は、謙虚に人間の能力の現状と限界を想い出すべきではないかと思う。

今や、現実には原子力と共存している世界、未曾有の危機に瀕した時、社会には、特にリーダーには、ストレスに耐えて、適切に処理する力が求められている。

今や、原子力に関わる人間にも、一般の国民にも、ストレス・テストが必要であると思う。

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