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September 09, 2012

真理を求め餓鬼禅、そして真理を求めずただ坐る世界へ、

真理を求めるのは、真理と私が別れている証拠。

自分に欲求がある間は、それは餓鬼禅。

私の受け皿のある坐禅は、餓鬼禅、素人の禅、方便の禅。

真理と私が一体化していれば、もはや真理も求める必要も無い。

真の坐禅は、私なき坐禅。

昨日、住職から、三祖大師・信心銘、太田洞水老師の話から、真の坐禅の境涯を教えて貰った。

ただ、修行の行きつく境地の、圧倒的ちからに、驚嘆する。

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