« 何が神に転じたのか、 | Main | 同窓会のエネルギー、その示唆するもの »

September 20, 2012

病院の待ち合い室にも、「ブッダの言葉」が、

先日、会社の近く(虎ノ門)の眼科のクリニックに、初めて行った時、待ち合い室で、たまたま手にした雑誌が、徳間書店の「ブッダの言葉」と云う完全保存版(700円)の雑誌で゙あった。

ブッダのことが特集されていて、待ち合い室で、のめりこむようにその雑誌に目を通した。

早速、書店で、注文して、取り寄せ、今、私の手元に、一冊の「ブッダの言葉(完全保存版)」がある。

私の、意図しない日常の行動、行為にも、お釈迦さまの手の平の上にいることを感じた。

今朝、不図、雑誌をめくると、次のような言葉があった。

「他人が怒ったのを知って、それについて自ら静かにしているならば、その人は、自分と他人と両者のためになることを行なっているのである」

「汚れのない心で、一つの生きものさえも慈しむならば、それによって善が生じるであろう。生きとし生きるもの全てを、心で慈しむならば、多くの功徳を積むことになる」

|

« 何が神に転じたのか、 | Main | 同窓会のエネルギー、その示唆するもの »

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)




« 何が神に転じたのか、 | Main | 同窓会のエネルギー、その示唆するもの »