« 姿で訴える、 | Main | 母の想い出が一杯詰った缶詰のような人、 »

September 14, 2012

最大の聖戦は自分との戦い、

昨日、アラビア語の授業なのに、仏道を学ぶような刺激を受けた。

「ジハード(聖戦)とは、ジュフド(努力)の強調された言葉で、イスラムでは、最大の聖戦(ジハード)は自分との戦いです」と、アラビア語の先生が云った。

イスラムで禁止されたこと(ハラーム)は、皆さんの考え方では、どう捉えますか? 例えば、"地雷注意"の立札を見た時、貴方は、立札に感謝しますか?それとも怒りますか?

何百年に亘り、宗教上禁止されたことは、仏教にも、キリスト教にも、イスラム教にも共通することがある。その教えは、行く先の道に、掲げられた"地雷注意"の立札のように、私は感じた。"地雷注意"の立札に、私は感謝する。

多くの人は、立札を軽視して、多くの怪我をしたことがあると思う。大怪我をした人もいる。

地雷の位置を知り尽くしている人にとっては、その場所に立ち入っても、地雷を避ける術を身につけているかも知れない。それでも、地雷注意の立札からの啓示と、立札への感謝を忘れてはいけないと思う。

「納得(満足)は、朽ちることの無い宝」、「アルカナーアトウ(納得)、カンズン ラー ヤフナー(朽ちない宝)」、即ち、「"少欲知足"のことです」と、アラビア語の先生は、アラビア語の諺まで紹介してくれた。

私は、アラビア語の勉強に行ったつもりでも、仏さまの手の平の上にいることを思う。

|

« 姿で訴える、 | Main | 母の想い出が一杯詰った缶詰のような人、 »

Comments


戦おうとする自分はありますか。

Posted by: 三 聖 | September 24, 2012 at 09:15 PM

Post a comment



(Not displayed with comment.)




« 姿で訴える、 | Main | 母の想い出が一杯詰った缶詰のような人、 »