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September 25, 2012

サウジ・ナショナルデイ・レセプション、

昨日夜、サウジアラビアのナショナルデイのレセプションがホテル・オークラであった。私は、毎年参加しているので、また今年も、何となく、恒例行事のように出かけた。

サウジに関係する各社の社長・役員なども多く、また政界など、色々な人と会って、仕事の話などするのも楽しかったが、今年は、何故だか、私の心の中に、偉い人と話すことが、ちょっと軽く、ミーハー的で、あまり興味が無くなっていると思った。

政治家も多く、鳩山由紀夫氏、枝野大臣、公明党党首など、何故か、デヴィ夫人も見かけた。ミーハーの人が、ツーショットの記念写真など撮ってると、私は、下を向いてしまいたくなる境地だった。

恒例の大使、政治家の挨拶を聴き、ちょっとアラブ音楽に、アブダビ駐在時代を想い出し、今年は、早目に会場を後にした。

ちょっと、第三者的に眺めると、このようなレセプションも、人間の表面的な、部分が際立ち、滑稽にも見える。

人間の内面とともに、外の景色は変わる。

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Comments

>人間の内面とともに、外の景色は変わる。

そのとおりですね。

他のコメントもさせていただました。
どうぞよろしくおねがいします。
合掌低頭

Posted by: 三 聖 | September 25, 2012 at 04:24 PM

> じっーと、どこかで、そばで、そんな自分をみている存在がいる。それは、時間も空間も超越しているような存在。・・・

時間も空間も超越している、存在未生以前の本来とは何?。
みる自分もみられている自分もない。

Posted by: 三 聖 | September 25, 2012 at 04:57 PM

>最大の聖戦(ジハード)は自分との戦いです

戦おうとするから(「自分」を対象として不変の実体と認めることになり)、結果、「自分」が立ちあがります。
釈尊の6年は「自分対自分」の戦いです。
ついに刀折れ矢が尽き戦えなくなった。
結果、戦いが止んだのが良かったんです。
2つに分かれていた「自分」がひとつになった。
戦う「自分」がもともとなかった、もとこのとおり。

Posted by: 三 聖 | September 25, 2012 at 05:19 PM

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