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September 05, 2012

釜石を歩く、

昨日の朝、09:00岩手・遠野駅でサイクリングの会は解散となり、私は、横浜へ帰る前に、1時間ほど離れた釜石へ向った。釜石駅前から海岸まで、被災から1年半の街を、歩いてみた。復興への足取りも感じるが、まだ、全てが、仮の応急の手当てのような感じもして、震災の深い爪あとを思った。隣町に大槌町があり、宮古へ続く山田線はまだ閉鎖されたままだった。

バス停には、・・・仮設、・・・・仮設と云う行き先の標示、街の至るところにある空地。ビルの壊れたままの姿もまだ。ガラスの割れたままのビル、窓に「かんば」の文字も。

街なかに、"みんなの家、かだって"と云う仮設の休憩施設があり、冷えた麦茶がサービスされていた。若い女性が、パソコンの前で、にこやかにどうぞと、炎天下に歩く私に、挨拶してくれた。沢山の釜石の写真が展示されていて、震災以外の釜石の情景の写真もあった。それらの写真は、見る人を力づけるようにも思った。

釜石港へ続く道の脇には、山もあり、津波避難場所の標示があった。登って見ると、TVの映像で、避難された住民の方々が、この丘の上から、ビデオを撮られていたのだなーとも思った。私は、今その場所に立ち、釜石の復興の様子を見ていることがわかった。

釜石駅へ帰りながら、私は何度も、何度も合掌しながら歩いた。

釜石線は、釜石から花巻へ約2時間のローカル線、夫々の駅には、宮沢賢治に因んで銀河鉄道のエスペラントの名前も付いている。釜石は「ラオツエアーノ(大洋)」、遠野は「フォルクローロ(民話)」、花巻は「チェールアルコ(虹)」、とかである。トコトコトコと走る2輌編成の電車の車窓の田園風景・山々を見ながら、私は、釜石を心に刻んだ。

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