« 弟家族の横浜観光の一日、東京滞在のシーン、 | Main | 庄屋さんの家で民話を聴く、 »

August 12, 2012

波が大海に気づくまで、

毎年、夏に聴く蝉の声、その蝉は、一週間で死んでしまうとは思えないように、永遠を歌いあげているかのようにも聴こえる。まるで読経の声のようにも聴こえる。

蝉は、誕生・維持・破壊の一巡のサイクルが人間より短いだけ。蝉の一生は、短いけど、永遠性を奏でるのは何故だろうと想う。

誕生、維持、破壊と云う姿・形は違っても、情報は同じ。変化しているように見えるが、それは幻。

変化しないものには、過去・現在・未来もない。幻は真実を見ると消える。

波は生じて滅する。大海は生じたり滅したりしない。"樹木と種子"、"波と大海"。即ち、種子と大海は同じ。

そんなことを、昨日の住職の話を聴きながら、メモした。

そして、意外な言葉を聴いて、大海のすごさを直感した。

「大海とは、哀しみの心です」と。大海は波に対して哀しく想う。放っておけない。大海は、一切の波が、大海に気づくまで、哀しく想う。それを"菩提心"と云う。


|

« 弟家族の横浜観光の一日、東京滞在のシーン、 | Main | 庄屋さんの家で民話を聴く、 »

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)




« 弟家族の横浜観光の一日、東京滞在のシーン、 | Main | 庄屋さんの家で民話を聴く、 »