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August 03, 2012

8月2日と云う日、8月2日の風景

昨日、8月2日、職場のアラブ人が、1990年も8月2日は同じ木曜日だったと語った。私は、イラクのクウェート侵攻の日から22年が経ったことを想った。

当時アブダビにいた私は、それから、数日後、避難劇が始まった日々を想い出した。侵攻から1週間後、アブダビ空港に家族を送り出した時の安堵感は、男として、誇らしかった。当時、あどけなかった小学生の娘は、覚えているだろうか。

また、8月2日と3日は、長岡の花火大会の日でもある。1945年、8月2日は長岡が大空襲にあった日。原爆と同じサイズの模擬原爆を、B29は長岡に投下している。数日後に、広島・長崎の悲劇が迫る大空襲。長岡は、この長岡の大空襲の犠牲者の慰霊のために、長岡の花火大会を、曜日にかかわりなく、8月2日・3日に行う。去年は、前日の大雨で一部市内も浸水する程の被害が出たにもかかわらず、市民は、この日に花火を打ち上げることが大事と、夜を徹して突貫工事で、河川敷の花火会場を設営した。その感動の模様は、映画にもなった。

私は、去年8月3日、この河川敷で長岡の花火を見た。

8月2日は、私の父の命日でもある。父の自転車の後ろに乗り、故郷・大牟田で、街へ行き、夏祭りの花火を見たことも想い出す。今では、私にとって、8月2日は、特別な日となった。

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